幕間 闇夜の少女
グレリアが一人で祠に出かけ、ミルティナ女王と話し合いをしている時……エセルカはくずはとシエラの二人と一緒に宿で身体を休めていた。
シエラは相変わらずくずはの隣に寄り添い甲斐甲斐しく世話をしていた。
「ねぇねぇ、シエラちゃん。
グレファくんはまだ帰ってこないのかなー?」
「……そうね。
もう随分と時間が経ってるはずだけれど……」
エセルカはふと窓の外を眺め、ため息をつく。
夕方から空の景色は移ろいかわり、既に夜。
月も高々と掲げられており、綺麗に半分に割れていた。
「はぁ……グレファくん、早く帰ってこないかなぁ……。
ね、シエラちゃんもそう思うでしょ?」
「その問いにどう答えても嫌な予感しかしないから、やめてちょうだい」
シエラが髪を丁寧にすいていると、くずはは気持ちよさそうに目を細めている。
相変わらず記憶は戻ってはいないが、それでも彼女は日に日に元気を取り戻していった。
「はい、終わり」
「あり……がと」
「くずはちゃんも結構喋れるようになったね。
この調子だと、そろそろ記憶も戻るのかな?」
どこか楽しいものを見るかのようにエセルカはベッドに寝転がり、頬杖をついてくずはの方を見ている。
「さてね。
でも、グレリ――グレファが魔方陣を発動させた時よりもずっとマシになってるから、もうすぐだとは思いたいかな」
「シエラちゃんさ、よく今までグレファくんの事、周囲に知られずにやってこれたよね。
運が良かったのかもしれないけど、不思議でしょうがないよ」
「そう? 結構わからないものだけど……」
不味いことを口にしそうになる度にフォローして貰っていたのだろう、とエセルカは判断した。
シエラのきょとんとした顔を余所に再び窓の外に目を向けていたエセルカは、何かに気づいたように立ち上がった。
「どうしたの?」
「……ううん。
ちょっと夜風にあたりに行くね」
「い、いってらっしゃい」
エセルカの様子が気になったシエラが声を掛けたが、気にするなというかのように素っ気なく反応を返し、そのまま部屋から出て、宿を抜け、外の――夜闇の世界へとその身を晒す。
昼とは違い、厳しい夜風を少しだぼったい黒のコートが守ってくれる。
本当はもっと自分に合ったサイズを使うべきなのだが、エセルカは自身の体型が年齢よりも幼いことを気にしており、いずれ成長するからという期待を込めてこの大きさを選んだのだ。
どこか楽しそうな足取りでエセルカは人通りの少ない道を歩き、さらに人のいない場所へと進む。
時折歩く速度を緩めるそれは、誰かを誘っている風にも見える。
やがてたどり着いた場所は首都の外に近い郊外。
エセルカは特に何かをすることなく、夜空を眺めたり、思いっきり空気を吸ってみたり……ちょうどよく大きな石を見つけて腰を降ろしたりして時間を過ごしていると、一つの乾いた音が響く。
「くすくす……バレバレだよ」
エセルカが握った手のひらを開くように解くと、カラン、と金属が落ちるような音がする。
小さく細長いそれは、一発の銃弾。
それはたった一発で人を死へと誘う弾であったが、既に魔方陣を展開していた彼女には何の意味もなかった。
続けて響く音はどれもエセルカへと届かず、さっきと同じように次々と地面に銃弾が転がっていく。
「狙撃銃使ってるのはいいけど、少し狙いが甘いんじゃないかな?
外に出てきた私一人を先に殺そうとしてるのはいいけどね」
撃たれた方角はわかるが距離を掴めないエセルカはどう攻撃しようかと思案していたが、狙撃手が撃つごとに別の場所に移動しているのを理解した彼女は良いことを思いついたというかのように笑みを浮かべていた。
敵は諦める様子のなく、間断なく狙撃を繰り返していたが……その攻撃が首都がない方角から飛んできたその瞬間、エセルカは動いた。
「ほら、そこ」
狙撃手がいる方角に魔方陣を展開させ、
それは『闇』『直線』の二つ。
そのまま魔方陣を解き放つと、凝縮した闇の塊がまるで光線のように解き放たれ……周囲を飲み込みながらまっすぐ狙撃手がいる地点を覆い尽くしてしまう。
魔方陣による攻撃の後が痛々しく残る大地を他所に別の場所からの狙撃が再び始まり、エセルカは先程と同じように
しかし……外したのか当たったのかわからないことにエセルカは気付いてしまった。
「……いい考えだと思ったんだけどなぁ。
もういいや。みんな……死んじゃえ」
エセルカは相手をするのに疲れた、というような顔を魔方陣を展開する。
その時に浮かべた少女の笑みは……狂おしいほどに残酷。
やがて彼女の周囲からは闇が溢れ出し、全てを飲み込むかのように広がっていって――
――
首都から少々離れた開けた場所。
そこには戦闘が行われた形跡が散見していた。
木がなぎ倒され、大地が抉れていた。
しかし、肝心の戦闘を行っていた者たちの姿は死体ですら一切なく……月明かりに照らされ、少女が一人、舌なめずりをしながら妖艶に微笑むだけ。
その姿はまるで、闇の眷属そのものであるかのようであった。
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