第190幕 歴史の闇

 ミルティナ女王はラグズエルを裏切る。

 それをはっきりと意思表示をした、という事は彼女も一切引く気はないということだ。


 幼い容姿ながらも上に立つ者としての威厳に溢れ、堂々としているその姿に俺は圧倒される。

 それは一から這い上がるように積み重ね、あらゆる人の想いを背負った俺とはまた違う……常人では決して持ち得ない、全てを背負うと決めた高貴なる者の証だった。


「ラグズエルに反旗を翻す……それはつまり、その後ろで糸を引く存在とも相対するということになる。

 それをわかっての発言でしょうか?」

「……くくっ、黒幕の存在か。

 そなたは果たしてそれを本当に信じておるのかな?」

「いると確信しております」


 思わず少々圧倒されてしまうほどだったが、俺の方も一歩も引かない。

 もしこれが本気であり、全て真実を語っているのだとしたら……これは互いの覚悟を確かめ合う儀式になりうる。

 嘘であるならば――いや、それを考えるのは先でもいいだろう。


 仮にどうであれ、俺がやるべきことは一つ。

 覚悟が決まっているのであれば、例えどう転んだとしても道を切り拓くのみだ。


 そして黒幕の存在についてだが……ミルティナ女王は知らないだろうが、所々変わってしまった勇者たち。

 記憶を弄る、ラグズエルという男の存在。

 そして、ヒュルマの国の王たちがしてきたであろう暗躍……。


 様々な情報を考えれば、この世界の裏から表を支配している存在がいることくらいわかる。


 俺自身がはっきりと強気に出ている事に満足したように得意げな顔で鼻を鳴らしていた。

 ……が、それも一瞬で元の真面目な顔になる。


「確かに黒幕は存在する。

 そしてそれは魔人と人が争い合っている原因でもある」

「魔人……アンヒュルとヒュルマが……?」

「ふふっ、のう? なぜわしらはこの平和を享受していると思う?

 人の国では我らをアンヒュルと妬み、侵略から守る為に勇者を喚ぶ。

 魔人の国では彼らをヒュルマと蔑み、英雄が転生してその身を守る。

 一つの事象を見るならばそれは正しかろう。

 しかし、そこに歪みが見える」


 どこか皮肉げに言っているように紡いでいるが、相変わらず年寄り臭い思考というか言動だ。

 しかし、彼女が何を伝えようとしているのかおおよそ検討がつく。


 そしてそれは、俺がこの国とヒュルマの国を行き来したからこそ感じた歪みに対する答えでもあった。

 今まで抱き続け、それでも考えることを避けていた事だった。


「不思議に思わぬか? 我ら魔人と人の歴史は、闘争により紡がれてきたと言っても良い。

 人を侵略する魔王という存在を討滅するために勇者は召喚される。

 ふむ、しかしわしはただの一度たりとて人の国に兵を差し向けたことはない。

 はっきりと、我が名を賭けて断言しよう。

 グランセストは人の国と定められた場所に侵攻したことは全くない」


 公式の場ではないにせよ、そこまでの強い口調で女王が語る事はまずない。

 俺を他国の要人と見立てて話しているのかと思うほどだ。

 確証を提示されなくても、その力強さと堂々とした振る舞いには説得力がある。


「……しかし、現に魔人が人の国に対して敵対行動を取っているではありませんか」

「散発的……であろう?

 当然だ。仮にも表では争っている体裁を取り繕っているのだぞ?

 全く何もない、というのはその争いの歴史に疑問を持たせることになる。

 それならば何故、向こうの王たちは勇者を中心に軍を構築しない?

 魔王や魔人を滅ぼそうと動くのであれば、その方が遥かに効率が良かろう」


 ミルティナ女王が言った事に関しては、確かに俺も思っていた。

 確かに魔人と比べれば人は弱いだろう。


 魔方陣と詠唱魔法……その差は如実に現れる。

 だが、彼らにはあの遠距離攻撃が行える道具がある。

 あれは並の魔人に対処できるものとは思えない。


 それに……以前、グランセストで人の兵士に襲われたことがあった。

 あれはそう、『グラムレーヴァ』を手に入れた時の事だ。

 カーターと交戦したときですら、派生の道具を扱っていた。


 あれをまとめて勇者と共に進軍するだけで魔人の国は防戦を強いられる可能性が高い。

 転生英雄がどれだけいるかは知らないが、たかだか一つの国が五つの国がを相手に……しかもぐるりと周りを囲まれ、敵国は全て一つにまとまっているような状況で今もなお滅びていないということこそがおかしい。


 ミルティナ女王の話を聞けば聞くほど、俺が抱き続けていた違和感は膨れ上がっていく。

 それはもはや留まる事を知らず、疑念は確信に変わっていく。


「人は科学と呼ばれる異世界の学問を用いて様々な道具を生み出している。

 銃もその一つ。

 全ての国にある程度の配備がなされており、軍事国家であるシアロル帝国では、通常兵装にそれが組み込まれておる。

 わかるか? この意味が?」

「つまり、貴女は……こうおっしゃりたいのですね?」


 俺は一度心を落ち着けるように言葉を区切る。

 ゆっくりと、冷静に物事を考える時間はある。


 ミルティナ女王は俺が言葉を口にするのを待ってくれているし、なに、頭の中で整理するくらいであればそう時間はかからない。

 しかし、彼女の言葉をまとめるのならば――それは唯一つ。


「魔人も人も、根っこ――支配している者たちは同じであり、戦っているフリをしている……と」


 慎重に、かつ大胆に。

 一つの結論を口にする。

 ある意味夢幻ゆめまぼろしに――妄想に近い暗躍論。


 だが、それは張本人の……黒幕の一人足りうる女王本人の頷きと笑みによってはっきりと肯定された。


 考えるのを避けていた最悪の悪夢。

 ――俺たちは、踊らされていたに過ぎないのだと。

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