第178幕 人を書き換える力

 ラグズエルの魔方陣から繰り出された大きな炎球を斬り落として始まった俺たちの戦い。


 接近戦に持ち込んだ俺は、握りしめた『グラムレーヴァ』で斬りつけるのだけれど……こと剣の技術ではラグズエルの方に軍配があがる。

 というかこの男……俺と一緒に訓練していた時よりも遥かに動きが切れている。


「喰らえっ!」

「は、はは、甘いな」


 振り下ろしたその一撃をラグズエルはその手に持つ剣で滑らせるように受け流し、そのままのこちら側に斬りかかってくる。

 俺はそれに一歩遅れて防御に移るけど、弾かれて姿勢を崩してしまった。


「しま……っ!」


 横っ腹に鈍い衝撃が走って、思わず数歩後ずさってしまう。


「く……かはっ……」

「おいおい、どうした? 普段より動きが鈍いじゃないか。

 そんな事でこの俺を倒せるのかよ!」


 よろめく俺をラグズエルは痛めつけるように殴り、蹴り飛ばしてくる。

 彼の右足による蹴りを受け、痛みにうめきながら、なんとか距離を取ってふらふらと剣先を向ける。


 これほどまでに自分がもどかしく感じることはない。

 理由はわかってる。

 それは戦う前にラグズエルに言われた事だ。


『お前、自分の記憶が本当に正しいと思ってるのか?』


 その言葉と共に彼に突き刺された刃が心に突き刺さり、俺を惑わせてくる。

 ラグズエルとはそれなりの期間を過ごした『仲間』……だったはずだった。


 一体どこまでが自分の『本当の記憶』で、どこまでが彼の作り出した『偽りの記憶』なのかわからなくなって……今この場にいる自分すら信じられなくなっている。

 そんな精神状態で、最善の動きなんて出来るわけがない。


 わかっている……だけど……どうしようも出来ないじゃないか!


「くく、ははは! どうした? まさか、このまま負けてしまうのもありかと思ってるんじゃないか?

 人は誰もが傷つきたくない。自分に都合の良い虚構しんじつだけは信じていたくなる。

 だからさ……もう一度、君が僕の仲間になりたいのであれば、喜んで迎え入れてあげるよ」

「黙れ!」


 優しい顔をして俺を誘惑しようとするラグズエルを振り切るようにでたらめな斬撃を繰り出して……いや、もうそれは斬撃だと言うのもおこがましい。

 ただ振り回してるだけの攻撃だ。


 そんなものに目の前の男が当たるわけもなくて……無様に足元を掬われ、地面に倒れ伏してしまった。


「ぐっ……ち、ちくしょう……!」

「はは、セイル、無理するなよ。

 記憶っていうのはな、知性ある生き物にとってとても大切なものだ。

 わかるか? お前の性格・思想・理想・感情……その全てが記憶によって形作られている。

 それを根幹から否定されているんだ。

 動揺して、精神が不安定になるのも無理はない」


 心底楽しそうに冷たく笑いながら倒れた俺の腹を蹴り飛ばしながらラグズエルは話を続ける。

 受け身を取れず、なすすべもなく痛めつけられる俺は、なんとかしようともがくのだけれど……無理な体勢から振るった剣や、何も考えずに作り出した魔方陣が通用するわけもなく、素早く避けられ、再び距離を詰められて蹴り飛ばされてしまう。


「がっ……かはっ……あああっ!」


 俺は『爆発』『炎』の魔方陣を展開して、目の前の地面にそれを叩きつける。

 ラグズエルは舌打ちをしながら後ろに飛び、その間に体勢を整える。


 土煙でむせながらなんとか彼を引き離して、立ち上がる。


「……まだ立ち上がるだけの気力があるか」

「俺は……俺は……っ!」


 負けられない。

 負けたくない。


 ここで、俺が倒れたら……今度こそくずはは手の届かないところに――


「セェイルゥゥ! 愛しい彼女の事を考えているのかなぁ?

 く……くくっ、その想いも俺がお前に与えてやったものかもしれないぜ?

 約束したもんなぁ! くずはと一緒に戦うってなぁ!」

「お前……なんでそれを……!」

「はははっ、俺の力を忘れたのか? 記憶を書き換えるってのはさ、そいつの記憶を見るって事だ。

 お前も感じたんだろ? くずはが覚えている約束が『嘘』だってことがさ」


 愉快そうに笑い……俺のその大切な思い出すら踏みにじっていく。

 傷ついてぼろぼろになった彼女と交わした約束。


 傷つきながら、ふと手に持っている『グラムレーヴァ』に目を落とし、その感触を確かめる。

 これは、兄貴が俺に託してくれた剣だ。


 ……そうだ、俺は何を迷っていたんだろう。

 今ある記憶は真実と虚構が入り混じって……それが本当のことなのかさえわからないのかもしれない。


 だけれどこの剣がある限り――兄貴が俺にくれた言葉は、掛けてくれた優しさは……決して嘘じゃない!


「……礼を言うよ」

「なに?」

「お前のおかげで、自分が本当に何をしなきゃならないのか、思い出すことが出来たよ」


 ふらふらと満身創痍になりながら、それでも俺はまっすぐラグズエルを見据える。

 まだ身体は動く。


 今俺が持っている記憶がどれだけ偽物で、どれが本物なのかなんてこと、正直わからない。

 むしろ全部偽物で……このセイルであるということさえ嘘なのかもしれない。


 だけれど俺は――過去に貰った思い出たちを信じる。

 この『グラムレーヴァ』がある限り、兄貴が俺に伝えたかった言葉や想いは決して嘘じゃないはずだ。


「行くぞ……ラグズエル……!」


 ごちゃごちゃと考えるのはもう止めだ。


 くずはとの約束を守り、兄貴との誓いを果たすために……。

 俺は、俺の信じる思い出たちの為に戦う!

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