第152幕 単独での乗り込み

 セイルと別れた俺は、しばらく訓練学校から離れるための準備を始める。

 最初は学校長に事情をぼかして休学届けを提出することを考えたけど、今面倒なことになりそうだからやめることにした。


 誰かを助けに行くっていうのに率先して面倒事に巻き込まれるなんて馬鹿げている。

 どうせいつバレても一緒なら、後回しにしておいてもなんの問題もないだろう。


「……グレ――グレリア、どこに行くの?」


 軽く持っていく物の確認をしていると、シエラがいつも以上に真剣な表情で俺の方に質問を投げかけてきた。

 その様子はとてもじゃないが誤魔化すことが出来そうには思えず……本当のことを話すことにした。


「今日、セイルと会った」

「セイル……!? ということはくずはにも?」

「いや、くずはと一緒には来てなかったな」

「そう……でもそれなら私にも教えてほしかったのに……」


 ちょっとむくれるようにいじけるシエラだったけど、男があんな情けない姿、そうそう誰かに見せられるわけがないだろう。

 それは俺が、精神的にぼろぼろな姿を見せられるほど信頼されている証拠でもあるのだろうけど……。


「悪いな。セイルもお前に合わせる顔がなかったんだろ」

「……グレリアにはあるのに?」

「そういうもんだ」


 微妙に納得出来なさそうに少し頬を膨らませているけど、深い溜め息をついて『セイルだし、仕方ないよね』みたいな呟きが聞こえてきた。

 あまり格好悪いところを見られたくない……そういうことを理解するにはシエラにはまだ早かったというわけだろう。


「それじゃ、セイルがエセルカの場所を教えてくれたってこと?」

「大体……だけどな。だから俺も動くことにしたわけだ」


 だが、正直行き先にはかなり悩んでいる。

 ソフィアの言うことを信じるならば、エセルカはアリッカルにいるだろう。

 セイルもアリッカルの首都に連れて行かれそうになったと言っていたし、可能性としては断然こっちの方が高い。


 だけど、もしアリッカルにいなかったら……考えられるのはジパーニグに連れて行かれたかもしれない、ということくらいだろうか。


 俺の勘はエセルカは既にアリッカルにいない可能性が高いと告げている。

 ソフィアとカーターの……二人の勇者がエセルカはアリッカルの首都にいる、と俺に触れ回る時点で罠を張ってるとしか思えないのだ。


 勘を信じるべきか、今持っている情報を信じるべきか……。


「グレリア、聞いてる?」

「……あ、悪い。考え事をしていた」


 気づいたらシエラが上目遣いで、むっとしたように眉をひそめて俺を軽く睨んでいる。

 どうやらずっと話しかけてくれていたようで……どこに行くか考えていて、全く聞いていなかった俺に対し怒っているようだった。


「……もう! で、私も行くから、いいわよね?」

「駄目だ」

「……随分とはっきり言ってくれるじゃない」


 俺の明確な拒絶にシエラは予想もしていなかったというように目をぱちぱちさせて、余計に不機嫌そうに睨んでくる。

 だが、何をされても今回の件にシエラを関わらせる気はなかった。


 相手は一国……下手をしたら俺ですら命を賭けるような状況に陥るかもしれないだろう。

 そんな中に誰かを守りながらエセルカを探して……彼女を救出するのは相当困難だ。


 以前、魔王との戦いの時に似たような状況があったが、あれは本当に死にかけた。

 そう何度も経験したいものじゃない。


「シエラ、はっきり言うぞ。

 今回、勇者以外とも戦うことになるだろう。

 それこそ、国全体を敵に回すかもしれない。

 そんな場所に……お前を連れてはいけない」

「……それは、私が弱いから?」

「……そうだ。今までくらいの戦いなら、最悪お前を守りながらでも戦う事ができた。

 きつい言い方をするが、勇者と渡り合える力を持っていないシエラには荷が重すぎる」


 シエラはそのまま辛そうに俯いてしまった。

 拳をぎゅっと握りしめて、震えて……見ているだけで心に刺さる物がある。


「しかた……ないよね。わかってる。私、あなたみたいに強くないから。

 多分……ううん、絶対足引っ張っちゃうよ」


 あはは、と笑いながらシエラは顔を上げた。

 涙混じりの笑顔……だけど彼女は、さっきまでの弱々しさをもってはいなかった。


「シエラ――」

「いいの! 何も言わないで……。

 あの勇者との戦いの時も私、何も出来なかったし、本当は心のどこかで安心してる自分がいる。

 エセルカを助けに行かなきゃなんないのに、死ぬかもしれないって思うと、体が震えるの。

 だから……『今回』はグレリアの言う通りにしてあげる」


 それだけ言うと、シエラは俺の隣で保存食を袋の中に詰めるのを手伝ってくれた。


「せめて……これくらい、手伝わせてね?」

「……ありがとう」


 俺はシエラに酷な事を言ってしまっただろう。

 本当に悪いことをしたとは思っているが……こればっかりは例え辛辣な態度を取ったとしても譲るわけにはいかなかった。


 なんだかんだ言って、俺はシエラのことが好きだ。

 妹のように大切に思っている。


 そんな彼女を……みすみす死地へと赴かせるなんてことは、出来るはずもない。

 生きているからこそ、見えることがある。


 明日があるから、人は成長することが出来るのだから。

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