第146幕 女王の前での御前試合・前
どこかいい加減な男は、アウドゥリア騎士団長に怒られながら、またしまったというようなどこか情けない顔をしていた。
自業自得なのだが、まるで流れるように相手の怒りを買っているその姿は職人のようにも感じる。
「全く……早く名乗れ。相手ももう待ちくたびれている」
「わっかりました!」
言葉だけは一人前のようで、元気よく頷いた後、ようやく男は再び俺と向かい合うことにしたようだ。
「えっと……」
「……俺はグレファ。グレファ・エルデだ」
「お、よろしくな!」
このままだと話は進まないな……と思って俺の方から自己紹介することにしたのだが、満面の笑みで片手を挙げて答えてくれた。
こういう女好きな奴は大抵男を邪険に扱うような気がしたんだけど、どうやらこの男は違うようだ。
嬉しそうにしている姿は、見ていて悪い気分じゃない。
「俺は銀狼騎士団の一人、ジェズ・セイリッドだ。
えっと……俺の相手は、あんたってことでおーけい?」
「ああ、間違いない」
わざわざ自分、俺と交互に指を指して確認してきたジェズにうんうん頷いてやるとにんまりと再び笑みを浮かべて……あれは間違いなく俺を侮ってる表情だ。
「おいおい、大丈夫か? まだ大分若いじゃないか」
「ジェズ、侮るなよ。その少年は勇者を倒していると聞く。
それが本当ならば、かなりの実力だ」
「へえ、そりゃ余計に楽しいじゃないですか」
口笛を吹いて重そうな剣を抜き放ち、軽やかなステップを踏みながら『来い来い』と挑発するかのように左手を動かしてジェスチャーしているが、俺が拳を構えた途端、小馬鹿にしたように鼻で笑ってきた。
「おいおいマジかよ……。
それで俺とやり合おうって? 冗談だろ?」
「馬鹿にしてるけどよ、これが冗談に見えるか?」
笑うのはいいが、あまりこっちを侮ったらどうなるか、少し思い知らせてやるしかないだろう。
「……お互い、気力は十分なようだな。
よし、それでは合図共に戦闘開始だ」
「そんな丸腰で挑んできたこと、後悔するなよ?」
「ああ、そっちこそ、素手の俺に簡単に負けるような無様は見せないでくれ」
互いに挑発し合いながら、薄く笑って間に立っているアウドゥリア騎士団長の合図を待つ。
絶対に負けないような自信を持ってるジェズには悪いが俺の方も負けるつもりはない。
ここで中途半端に負けるってことは、俺の事を言わなかった学校の連中の行為を裏切ることになる。
……のだけれど、かといって本気でやりすぎて、変に期待感を向けられるのもまた困りものだ。
カーターの時は確かにあの時出すと決めた全力を振るった。
が、今回も同じことをしたら、間違いなく面倒なことになる。
下手をすれば危険視されるかもしれない。
ということで俺がしなければならないのは出来るだけ本気を装いつつ、目の前のジェズと互角の勝負をして勝つ……これまた面倒なことだが、やらなければならないだろう。
まずは小手調べだ。身体強化の魔方陣を一気に三つ重ねて展開し、一気にジェズの懐に飛び込む。
そのまま思いっきり地面を踏み込み、力を解き放とうとしたのだが、流石に動きが単調すぎた。
「ははっ、なるほど。動きだけは早いな! だが……それだけだ!」
ジェズは身体強化の魔方陣を五つ重ね、俺の攻撃に合わせるように剣を振るってくる。
このままでは間違いなく彼の攻撃は当たる。
それを嫌った俺は動きを途中で止め、一度飛び退って改めてジェズに相対した。
「流石この国を守る者だけあるな。てっきり軽いだけの男かと思ってたよ」
「遅れた分は実力で取り戻す。それだけさ」
軽くウィンクして余裕を見せてくれているが、今はそれが少し勘に障る。
ジェズはそのままこちらに向かって攻撃を仕掛けてきた。
俺の方も更に三つ……合わせて六つの身体強化の魔方陣を重ね、ジェズの剣撃に合わせるように彼の剣の腹に拳で殴りつける。
ちょうどまっすぐ肩に斬りつけようとしたところに横から衝撃を与えられた彼は一瞬顔をしかめて剣を手放してしまった。
今度はこちらの番だ――!
俺の方は今度こそ懐に入り、右拳を握り殴りかかろう……として、左の拳を斜め下から上へ抉りこむようにジェズの右脇腹に向かって鋭い一撃を放った。
「なっ……くそっ」
慌てて剣を拾ったジェズは咄嗟に両腕を使って、俺の攻撃を受け止める事にしたようだが……その程度で俺の一撃を防ぎきれると思うなよ。
左腕の肘に魔方陣を展開する。
内容は加速する時に足の裏に構築するのと同じ
肘の方でそれが爆発し、俺の左の拳の攻撃が一気に加速する。
ジェズはいきなり拳が早くなってくるのに驚いた表情を浮かべ……腕の防御を貫通させる勢いで与えられた横殴りの衝撃に、足の踏ん張りがきかずに吹っ飛んでしまった。
剣を地面に突き刺すことで、なんとか体勢を崩さずに済んだようだ。
少し頭を伏せていたジェズは笑い声を挙げて再び俺の方に笑いながら顔を上げる。
「なぁるほど。どうやら侮っていたのは、俺の方だったな」
そこにあったのはさっきの余裕に満ちた笑みではなく……戦うべき者を見つけたというかのような獰猛な笑みだった。
……どうやら、ここからが本当の戦いになりそうだ。
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