第106幕 憧れの人への志願

「あー……レグル、だったか?」

「ああ!」


 きらきらと輝くような目をこちらに向けてくるレグルの視線がどうにも眩しい。

 ミシェラの向けてくるそれとはまた違ったものがある。


「まず、なんで俺ので弟子になりたいんだ?」

「あんたがルットと決闘した時、俺もあそこにいたんだ。

 最初はルット得意の魔方陣で決まるかと思ったんだけど……それを初見で掻い潜って拳で一撃!

 あの時、ほとんどの魔人があんたが負けることを信じてた。現にルットはそれなりに強いやつだった……。

 それを拳一撃で沈めたあんたの豪胆さに惚れた! だから頼む、弟子にしてくれ!」


 かなり興奮しているのか、相当な勢いでまくし立てて、一気にその頭を地面に擦り付けて頼んできた。

 勢いもあるし、レグルの熱意は十分に伝わってきた。というか伝わりすぎて暑いくらいだ。


「……頼む!」

「あ……ええっと」


 どうにもこういう風に熱意を向けられると断りきれない。

 それでもはっきりと答えきれないのは俺がここに来た理由にある。


 わざわざジパーニグからここに戻ってきたのはグランセストの城に入り込んで情報を得るのが目的だからだ。

 あまり親しすぎる人物が増えるといざ離脱する時に情が残るんじゃないか……そういう懸念が湧いてくる。


 ミシェラや……このレグルだけならまだ行動を共にするということも出来るが、彼を簡単に受け入れてしまえばこれから先、どんどんこういった魔人が増えていく可能性がある。

 さて……どうしたものか……。


「おにいちゃん、どうするの?」

「うーん……そうだ。レグル、お前はミシェラともちゃんと仲良くやれるか?」

「ミシェラって……そこの?」


 顔を上げたレグルは俺の隣にいるミシェラの方に視線を向ける。

 今G級では俺以外にはルットくらいしか彼に話しかけてくる人物はいない。

 A級ともなればクラスもなにも違うから余計にその傾向は強いだろう。


 唯一つ違うとすれば……ミシェラの事を極端に怖がっているのはG級の連中と教師たちだけだということだ。

 ここで決闘するようになってからそれがよくわかる。


 A級の生徒たちの中にももちろん怖がってるやつはいるし、ミシェラのことを遠巻きに見たりもする。

 だが……それは周囲から伝え聞いた結果、そうなったのだとシエラから聞いているし、ちらほらと怖いもの見たさで近づいてくる者もいた。


 出来ればレグルからそういうA級の生徒を後押しして欲しい……そういう思惑も込めて、俺は彼にそういう風に聞いたのだ。


「……」


 レグルは一時の間考え込んでいるようで、ダメかもしれないな……なんてマイナス思考な考えが脳裏によぎった時のことだ。


「わかった! ミシェラの噂は聞いてるけど……思ったより怖そうなやつじゃなさそうだしな!」


 喜んで承諾してくれたレグルの言葉に嬉しそうに頬を緩ませているミシェラを見ると、こっちも気分が良くなってくる。

 思ったより……と言うことは微妙にわかってないように見えるが、そこはおいおいと言ったところだろう。


「よし、ミシェラの方も……まあ、仲良くしてくれ」

「はーい、よろしくね、レグルくん!」

「おお、よろしくな!」


 二人で楽しそうにしているが、レグルの方はついでにちらちらと俺の様子を見ていた。


「わかってるよ……師匠って言っても大したことはできないが、それでもいいな?」

「おう! アドバイスしてくれるだけでも十分にありがたいからな!

 これからよろしく頼む――いや、よろしくお願いします! 師匠!」


 ビシッと背筋を伸ばして元気よく返事をするレグルの横を通り過ぎて、そのまま今回の決闘相手のところに向かうことにした。

 しかしセイルといいレグルといい……どうやら俺と筋肉は切っても切れない関係にいるようだ。


 ま、違うことと言えばレグルとは同室ではない、という点だろう。

 以前セイルと同じ部屋だった時は、朝っぱらから筋トレしている姿を寝起きに見せつけられる羽目になったりもしたな。


 少なくともその一点だけを考えたら今回の弟子取りはえらい違いだろう。

 しかし……セイルは兄貴で、レグルは師匠、か……同じ筋肉が違う呼び方をしているのがおかしくもあるな。


「おい! いつまで考え事してんだ!」

「ん? ああ、すまない」


 しまった……どうにもセイルのことを思い出してしまったせいか、色々と考え込んでしまった。今は決闘相手と向き合っている最中だってのにな。

 俺はあのルットとの一件でどんな相手でもきちんと向き合うって決めたばかりじゃないか。


 例え手を抜くにしても決して油断せず、戦わないといけない。

 あんまり下手なことをすれば、今度こそ右肩だけでは済まないだろうからな。


「頼むぞ、ほんとによぉ」

「悪かった。それじゃ、はじめようか」


 随分と軽い感じで始まった決闘だったけど、最近はこういうのも増えてきた。

 彼らはどっちかというと俺との戦いで自分の動きを確かめているような……決闘というよりも訓練しているような感じで戦いに望んでいる。


 例えるならあれだ。

 大勢の生徒に手取り足取り教えている先生にでもなったような……そんな気分すらしてくる。


 まさか……こいつらも俺のことを影で師匠だとか思ってないよな? ……ないよな?


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