第105幕 その後の生活

「おにいちゃん、今日も決闘? 大変だねぇー」

「あまり他人事みたいに言わないでくれ……俺もこんな事になるとは思わなかったんだから」


 あれから数日……いや、それなりに日数が過ぎた辺りだろうか……。

 ことの発端はルットとの戦いが終わり、俺が放った言葉が原因だった。


 結局シエラと同室のまま……というのがよほど悔しかったのか、恨めしそうに俺を見る男たちの視線が多かったせいで思わず――


『シエラとの同室に文句があるやつはかかってこい! 俺が負けたらすぐにでも別の部屋に移ってやる!

 来るものは拒まない。放課後なら、誰の挑戦も受ける!』


 なんて言ってしまったせいでそれから毎日放課後は決闘タイムと化してしまっていた。

 一日で十人ぐらい相手をすることになるもんだから……大分うんざりしてきてしまったのだ。

 ……なんで俺、あの時あんなこと言ったんだろう。


 普段、あまり後悔することは少ないと思っていたのだが、これほど後悔したのは久しぶりかもしれないな。


「でもあのときのおにいちゃん、格好良かったよー。

 シエラちゃん……だっけ? 彼女を守る騎士みたいだった!」


 そんな風に屈託もない笑みをこっちに向けると『違う』とは言い切れない。

 困ったことに周囲の連中も同じようにみたのか、シエラと俺の仲をもてはやしかけていた。

 そこにシエラが――


『私とグレファはそんな関係じゃないから! 大体彼はちっちゃい子にしか興味無いんだもの!』


 なんて言ってくれたものだから俺は幼女趣味のある危ない人物に見られてしまいそうになった。

 なんとか弁明することは出来たが、それからしばらくは『幼い子が好きな変態趣味』の男として噂になって頭を抱えることになってしまったのだ。


 いや、シエラは悪気があったわけじゃないのはわかってる。

 俺と彼女は本当になにもないし、変に恋仲だと騒ぎになるのも面倒くさい……そう思っての言葉だったんだろうが、全く選んでくれなかった結果、そんな風な噂が立ってしまったというわけだ。


 確かにエセルカは小さいが……あいつはギリギリ幼い子供、ではないはずだ。ないはずだよな?

 いや、人っていうのは外見も大事だが、肝心なのは中身だ。


 現在ではそういう噂もすっかりと収まって、少しずつではあるが決闘の人数も減りつつある。

 だからこうしてミシェラと話す余裕も少しはあるというわけだ。


「あ、グレファさん、今日もお疲れ様!」


 今日も今日とて決闘場に向かう俺の目の前に現れたのは……ルットだった。


「あー、ルット先輩だー」

「ミシェラ、今日も君はグレファさんの付き添いかい? 好きだねぇ」


 決闘が終わった次の日から、何を思ったのかルットは妙に馴れ馴れしく接してくるようになった。

 初めて会った時のように敵対心を漲らせてるわけじゃないから別に構わないんだが、顔をぶん殴って頭を打ってしまったからだろうか? と思わざるを得ない。


 俺のことを『グレファさん』と呼んで慕ってくれているし、ミシェラにもそれなりに会話してくれるようになったからある意味プラスだと考えられるだろう。


「ルット先輩は今日はどうするの?」

「僕は今日は遠慮しておくよ。ちょっと用事もあるからね」


 相変わらずキザっぽい立ち居振る舞いをしているが、敵対してなかったらこうも嫌な感じがしないもんなのか。


「ルットの奴、本当に変わったなぁ……」


 そのまま軽く片手を上げて立ち去っていくルットを見送りながら、思わずぽつりと呟いてしまう。

 それだけこの彼の心境の変化が意外だったというわけだ。


「ルット先輩は良くも悪くも実力主義者だからねー。ほら、早くいかないと遅れるよ?」

「あ、ああ」


 ミシェラに急かされるように腕にまとわりつかれて、若干邪魔くさくなるけど……まあいいだろう。

 これが女の子ならもっと良いんだけどなぁ……とか一瞬思ったんだが、すぐにエセルカの顔が脳裏にちらついて、なんだか彼女に申し訳なく思ってしまった。



 ――



 放課後、訓練場に行くと、相変わらずそこは賑わっていた。

 またちょっとげんなりするほどの数がわいわいしているけど……これはまた大変そうだ。


 なんて考えていたら目の前に一人の男が躍り出てきた。

 薄緑色の髪に同じように薄い黄色の目の俺より少し低い――大体セイルと同じくらいの背丈をしていて、筋肉質な体つきをしている男だ。


 青い制服を着ているところを見ると、A級の生徒のようだな。


「あんた……グレファ・エルデだよな」

「あ、ああ」


 ちょっと声を低くして言っているが、今度は一体何のようだ? またシエラの事について文句があるのか? と思っていると、その男は満面の笑みを浮かべていた。


「俺はレグル・ディセル! あんたに頼みがあるんだ!」

「頼み?」

「ああ、頼む! 俺を弟子入りさせてくれ!」


 ……なんだか、セイルと似たような展開になってきたな。

 だが、こういうまっすぐな視線を向けられるのは悪い気分ではない。


 その熱心な態度に若干気圧されるように一方後ろに下がると、更にその分詰め寄ってきてしまう。


「ちょ、ちょっと待て! 少し落ち着け」

「あ、わ、悪い。ついあんたが目に入っちまったからさ」


 後ろ頭を掻きながらバツの悪そうな顔をしているが、その目には暑い――じゃなかった熱い目が宿っている。


 さて……どうしたものか。

 もう少し彼から話を聞いてみて判断したほうが良いかも知れないな。

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