第31幕 学園長のお願い

「君がグレリア・エルデ君、だね。

 私はアルトラ・ウィズメイ。このアストリカ学園の長にして、ジパーニグで知伯の爵位を頂いている者だ」


 丁寧な挨拶、そして身分が下であってもまっすぐ見つめるその視線。

 そして何より、その爵位を冠する人が目の前にいると言う事実に俺は驚いた。


 知伯――正式名称では知識伯。

 ジパーニグには侯爵という爵位は無く、代わりに辺境伯が侯爵と同等の爵位なのだが……知伯というのはその辺境伯と同等の地位を持っている爵位なのだとか。


 これを冠する貴族は、必ずある事象に精通していなければならない。

 それはつまり――【英雄召喚】に対してであり、この爵位を持っているものは【英雄召喚】を行うための人員であることが絶対条件なのだとか。


 そしてウィズメイ家は数々の優秀な魔道士を輩出してきた名家。

 今のジパーニグの魔法や【英雄召喚】は、ウィズメイ無しでは語れないと言われるほどの家で、知伯と呼ばれる爵位は彼らのためだけに作られたとまで言われている程だ。

 王家や他の貴族なんかも彼らを公爵とほぼ同等の立場であると認識しており、特に当主であるアルトラは歴代随一の魔法の使い手らしい。


 というか……そんなこの国でも国王に次いで力を持っていると言っても過言じゃない人物が、なおさら俺に何のようなんだ?

 不審がってる俺に対して、警戒を和らげて欲しいとでも言うかのように困ったような笑顔を浮かべる姿すらどこか威厳があるような気がしてきた。


「はは、そう固くならないでほしい。これでも私は君に感謝しているのだよ? おかげで子飼いの者を失わずに済んだ」

「子飼い?」

「吉田子爵のことだよ。彼には私の領地の一つの管理を任せていてね。

 今回、彼の息子が起こした問題……随分と頭を悩まされたが、なんとか息子へのお仕置きだけで済んだのだからね」


 ああ、なるほど。これで納得がいった。

 アルフォンスがそれなりに権力を振りかざしているのは父親の権威があってではなく、その上司がアルトラ知伯だったからか。

 ある意味親の七光りも良いところだな。


「アルフォンスもこれで随分絞られることだろう。私からも、礼を言わせて欲しい」

「は、はぁ……」


 あの時は結構心のままにやっていたような気がするんだが……まあ礼を言われることは悪いことじゃないし、それはいいんだが……もしかして要件ってのはそれなのか?

 なんて思っていたらようやく本題にはいるそうで、さっきのどこか柔らかい印象を抱く笑みから一転。

 きりっと引き締まった真剣な顔つきになってきたものだから、俺も思わずより一層表情を引き締めてしまう。


「それではそろそろ本題に入ろうと思うのだが……グレリア君は魔王について今どれだけ知っているかい?」

「……アンヒュルの中でそう名乗っている者がいることくらいは」


 確か一年くらい前だったか。他の国に魔王を名乗るアンヒュルが出現したという噂を聞いた。

 具体的な活動はしていないようだが、アルトラ知伯が言うのであれば本当なのだろう。


「うむ、今は大した被害も出ていないが、いつアンヒュル達が勢いづいて攻めてくるかわからない。

 後々起こるであろう事態を重く見た国王によって【英雄召喚】が行われた」


 ……【英雄召喚】。

 してはいけないのはわかっていたのだが、やはりあまりいい気分にはならない。

 顔に出ていた俺を、アルトラ知伯はさほど驚いた様子もなく話を進めてきた。


「君の気持ちもわかる。召喚と言えば聞こえは良いが、半ば無理やり連れてきているのだからね。

 だからこそ君なら彼らとも普通に接することが出来るのではないかと思っている」

「つまり、召喚された英雄達と行動を共にしろ……と?」

「そういうことになるな」


 勝手に召喚しておいて俺の方に放り投げるというはちょっと無責任が過ぎるんじゃないだろうか?

 あまり納得できないのだけど、やはり顔に出ていたようで、アルトラ知伯はため息をつきながら首を左右に振っていた。


「なんでも私の一存で出来ることではないのだよ。

 そして国に属している以上、それに従わなければならない。責任ある立場だからこそ、動けないこともあるのだよ」


 俯いたその顔からは上手く表情が読み取れない。

 確かに上に立てば立つほどしがらみにとらわれるもので、アルトラ知伯もそれ相応の苦悩を抱えているのだろう。

 しっかし上の方の考え方がよくわからない。彼らは一体何を思っているのだろうか?


「それに行動を共にしてほしい……と言ってもずっとではないのだよ。

 他の国から召喚された英雄達が一堂に会する……『勇者会合』が終わるまでの間、だ」

「勇者会合?」


 聞き慣れない言葉だが、その後のアルトラ知伯の説明はだいたいこうだ。

 最近の英雄達は女性が喚ばれることもあるそうだから、勇者と呼ばれているのだとか。

 昔の女性の英雄が「女に雄はないだろ」と苦言を呈したことがきっかけらしい。


 それで各国の勇者たちと上層部が交流するための会合が近々行われるそうだ。

 彼らは準備に忙しく、勇者達にかまってあげられないからこそ、先んじて旅をしてもらい、英気を養ってもらおうと画策。


 仮にも【英雄召喚】で呼ばれた勇者たち。非常に強力な能力を持っているそうだが、やはり護衛は必須だろうということで学園一の強さを誇る俺に白羽の矢がたったというわけだ。


 ……なんとも迷惑な話ではあるが、外の世界を見てみたいというのは俺も同じだ。

 結局、その話を俺は受けることにした。ただし、自己責任で構わないからエセルカとセイルを同行させることを条件にして。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る