第30幕 二年の月日
俺達がアストリカ学園に入学してからそろそろ二年は経つだろうか。
吉田との騒動以降、落ち着いた……というか穏やかな日々が続き、比較的楽しい毎日なんだったのだが……ある日の放課後。授業が終わってからすぐのことだった。
「グレリア君、少し良いですか?」
「……構いませんが、どうかしましたか?」
「はい、実は……ああ、グレリア君以外は席を外していただけませんか?」
クルスィこと
どうやら用事があるのは俺だけのようで、興味ありげな顔をしているセイルやエセルカには帰るように促していた。
途端に不満そうな顔をするセイルに、申し訳無さそうな顔をするエセルカ。
「悪い。二人共、またあとでな」
「ちぇーっ……先に帰ってるからな」
「あ、あの、グレリアくん、またあとでねっ」
納得いかないという顔をしていたけど、結局話が進まない、ということで二人共諦めるように帰っていく。
つまり、残ったのは俺とクルスィの二人だけになってしまった。
一体どんな話をしようというのだろうか?
「それでクル――先生」
「今、呼び捨てにしようとしませんでしたか?」
ぐっ……心の中では呼び捨てにしているからか、ついつい。
ギロリと視線をこちらに向けてきたのがちょっと怖い。
「き、気の所為ですよ、先生」
「……まあいいでしょう。グレリア君、学園長がお呼びですので、学長室に案内します」
「学長室?」
この二年間、そんなところがあるなんて初めて聞いた。
結構校舎内を歩き回っていたはずなんだが……。
「はい。平民側の校舎の一番上に開かずの部屋があることは知っていますね?」
「は、はい。確か……何をしても開かなかった記憶があります」
三階の左奥。誰が使ってるのかわからない部屋が一室あった。
特にどんな部屋かどうかも書かれていない上に、扉が固く、まず開けられないことから、いつの間にかついたあだ名が『開かずの部屋』。
まさかそこが学園長の部屋だったとは思いもしなかったけど、それなら納得だ。
あそこは俺達も試してみたけど、びくともしなかったからな。
扉を壊して中に入るというのも手だろうが、それをした場合、まず間違いなくクルスィの呪いが降りかかるだろう。
むしろそれ以上のお仕置きが待っているだろうから、気軽にそんなこと出来るわけもない。
「あれは教職員の持っている魔石をはめ込んだら開けることが出来る仕組みになっているのですよ」
「魔石……ですか」
神の力の残滓である魔力は、大なり小なりこの世界の全てに宿っている。
魔石っていうのはその中でも一際多くの魔力を内包した石のことを指していて、宝石とも呼ばれている。
抱えて持つ程の大きさのものから、小石程度の大きさまで様々だ。
「はい、学園長はお忙しい人ですから、あまり色んな人が出入りされては困りますからね」
「なるほど……だからその魔石を持っている人だけってことですね」
ついでに俺一人だけに知らせたかったというのもあそこが学園長室だということを知られない為……ということだろう。
「はい。そういうわけですから、今からついてきてください」
「……わかりました」
先に歩くクルスィの後を付いていきながら俺は考える。
そこまで人の出入りを制限してる人が、学生の俺に一体どんな用事なんだろうかと。
正直、全く心当たりがない。吉田との件以外、特になんともなかったはずだ。
強いて言えば、学年が上がって再び行われた実力トーナメントで二度目の優勝をしたところだろうか。
今回はセイルが二位で、エセルカは上位には食い込んでいたものの、途中でセイルに当たって負けていたな。
それを見込んで……というのならまだ可能性もありそうだが、だけどたかだか学生同士の戦いで優勝した程度で学園長からお呼びがかかるのだろうか?
謎は深まるばかりだが、いくら悩んでも仕方ないことなのかも知れない。
「グレリア君、つきましたよ」
考え事をしていたせいか、いつの間にか開かずの部屋にたどり着いていた。
相変わらず扉は固く閉ざされており、特に鍵が付いていたり、魔石をはめ込めるような場所は全く見えない。
一体どういう風に開けるのかと思っていたら、扉の取っ手がついてる部分の下側にスライドするする部分があった。
そこにはなにかはめ込むような場所があり、クルスィはそこに魔石を差し込むと、何かが通ったような青い線が走る。そしてそれは……すぐさま収まった。
そのままクルスィが扉を押すとそれまで頑なに閉じていた扉がいともあっさりと開いてしまった。
「さあ、どうぞ」
クルスィに促されて中にはいると、そこには品の良い調度品に、赤いソファと絨毯。来客用の設備が揃っていて、座り心地が良さそうだ。
そして――部屋の奥にある立派な机で作業している男。
白髪で年老いたその姿の中に深い知識を携えた金色の目。
伊達に年を重ねてきたわけではないとでも言うかのような雰囲気をその身に纏っていた。
あれが、アストリカ学園の学園長、か。
俺の姿を見つけたその人は、人懐っこい笑みを浮かべて、俺を歓迎してくれた――。
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