第二節 勇者たちとの旅路編

第29幕 英雄召喚

 グレリアがアストリカ学園に入学してから一年が過ぎたある日のこと。


 ジパーニグの首都ウキョウ。

 近代的な文化と中世の入り混じった町並みのルエンジャよりもより近代化が進んだ場所。

 ルエンジャでは貴族と平民の格差を生み出すために敢えて不便に作られているビルの方も、乗ってパネルを操作するだけで板が上下に移動する道具――エレベーターが設置されてあったりする、そんなところだ。


 この世界ではかなり近代的なジパーニグの首都である中央の城にて、国王クリムホルンは決断を迫られていた。


「国王様……」


 周囲で不安そうな顔をしているのは大臣や公爵などの重鎮達。

 更にその後ろに控える兵士たちも皆、一様に顔が固くなっていて、緊張しているように見える。


 それも当然のことだろう。

 この半月前に魔王と思しき力を持ったアンヒュルの出現。

 それに伴いアンヒュルたちの勢力は活性化していたからだ。


 まだジパーニグの方には被害は出ておらず、軍事国家であるシンアロルの田舎周辺と魔法王国のナッチャイスの田舎の方に被害が出始めているという報告が上がってきている。

 このままでは、ここジパーニグの方に被害が及ぶのも時間の問題。

 活気づいたアンヒュル達が攻め入ってきて、国に影響が出る前に対抗策を練り上げなくてはならないのだ。


 最も、それは本音ではないだろうが。

 少なくとも国としての対応は大まか言えばそんな感じだ。


 ……そして、どういった方法を取るかは既に決まっている。

 むしろ最初からこれ以外の選択肢など、存在するのか?

 というほど当たり前な選択――【英雄召喚】だ。


「新たな英雄を呼ぶしかあるまい」


 その一言で周囲の人達の雰囲気は華やいだ。

 自分たちの時代に【英雄召喚】を行い、新たな英雄を呼ぶ――。

 それは一種のステイタスのようなものであり、新たな恩恵を得られる絶好の機会なのである。


 国王の方もそれがわかっているのだが……それ以上に彼は不安になっているたのだ。

 何しろ国内で【英雄召喚】をあつかれる程の使い手は、ちょうど四人しかいない。


 つまり、ただ一人だけでも欠けてしまえば、もしくは一人だけでもついてこれなかったら、その魔法は失敗し、暴発する。

 最悪、他の国に借りを作る羽目になりかねないのだ。

 そういう重圧がのしかかってきたからこその悩んだ表情なのであった。


「魔道士たちの準備は?」

「はい。すぐにでも行動がお超えるように、既に英霊の間にて待機中でございます」


 ゆったりとしたローブを着込んだ初老の男性が臣下の礼を取りながら報告してきたことに。


 ――英霊の間とは歴代の英雄たちを呼び寄せた場所であり、例えアンヒュルから襲撃を受けたときでも避難所として扱えるように頑丈に作られている……いつの時代であっても安心して英雄たちを呼び寄せることが出来るところだ。


 国王は神妙な表情をして頷いた後、立ち上がってバッ、っと手を大きく掲げた。


「それでは、これより【英雄召喚】を執り行う! デンセル、クロンクは私と共に付いてまいれ!」

「「ははっ!」」


 デンセルとよばれた先程の初老の男と、クロンクとよばれた公爵の男は片膝を付いて臣下の礼を取ったかと思うと、国王と共に英霊の間へと向かう。

 そこには既に四人の魔道士が、地面に描かれたの上に立っていた。

 これは召喚陣と呼ばれているものであり、アンヒュルたちの使う魔方陣とは違うものである、と彼らは認識している。


「全員、準備は良いか?」


 四人の魔道士の顔を順々に見回し、それぞれの決意を確かめる。

 その後、彼らはその魔方陣に己の魔力を注ぎ込む。自身が正しいと思っているやり方で。


「王よ、無事英雄はやってくるのでしょうか?」

「わからぬ。失敗した事例も確かに存在するからな。その時は――」


 その時は間違いなく暴発し、魔道士の誰かが命を落とす。

 その言葉を国王はグッと飲み込み、ただ静かに見守ることにした。ここで不吉なことを言ってしまえば、それが確かなものになってしまうと思ったのだろう。


 魔方陣が淡く光りはじめ、その光は徐々に強く輝いていき――魔道士の中でも一番力を持つ、白髪の男性が言葉を紡ぎ出す。


「我らが魔力を捧げることで生み出されし召喚陣よ。我らが願いを叶え給え。異世界よりこの世界を救いし者……今こそこの場に顕現せよ! 【英雄召喚】!!」


 力強い言葉とともに放たれた魔法は、とうとう目が開けていられないほどの強い光を放ったかと思うと……徐々に光が止んで、二人の男女が姿を現した。


 男の方はこげ茶色の髪に似たような目の……若干軽薄そうな少年。一体何が起きたのかときょろきょろ周囲を見回していて、国王の方に目がいくと、不思議そうにはしていたものの、非常に嬉しそうな様子だ。


 対する女の方は夕焼けのような茜色の髪をしていて、短くまとめている。目が少し釣り上がっていて、ちょっと勝ち気な印象を受ける少女だ。

 こっちの方は不機嫌そうな目で戸惑いながら周りを見回していたが、国王たちを見つけた途端、より一層不機嫌そうになる。


「よくいらっしゃいました英雄方。いや、貴方達風に言えば勇者と言えばよいのでしょう。

 どうぞこちらに。ここがどういった場所か、あなた方がなぜここにいるのか……詳しく説明いたしましょう」


 二人が機嫌を損ねないように下手に出る国王に対し、少年はまるで何が起きるのかわかってるかのように愉快そうに。

 少女は不服だが現状を知りたくて仕方なく……と言った様子で案内を受けることになった。


 ――そうして勇者と呼ばれた英雄二人は、新しくジパーニグに迎え入れられることになった。

 そして、これが新しい物語の始まりを告げることになる。

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