第15幕 月夜の魔人

 俺は実力トーナメント後の祝いの言葉やら、色々かけられながらの夕食後……歩きたい気分となった俺は満月の綺麗な夜の中をのんびりと散歩していた。


 この学園は基本的に校舎内に入らなければ夜も自由に出歩きすることが出来る。

 それはちょうど月が花畑を照らし、どことなく幻想的な雰囲気の中を楽しみながら歩いていた時の事だ。

 俺はそんな月明かりの中に佇む少女の姿を見た。


 白銀とも呼ぶべき髪。まるで綺麗な花のようなその姿は、数々の美しさを表現する花々の中にあっても一際輝いて見える。

 しかしその澄んだ空色の目は、憂いを帯びているような……寂しくも冷たい、そんな印象を抱く瞳だった。

 花々と共にいて尚、孤独の中に佇む姿に自然と目が離せなかった。


「……誰!?」


 俺の視線に気付いたのか、鋭い眼光をこちらに向け、敵意を剥き出しにしてきた。

 今までの儚げな姿が嘘のように憎しみに満ちた目。まるで全てが自分の敵だとでも言うかのような視線。

 誰と問われれば、一応自己紹介をすべきだろう。


「俺はグレリア。グレリア・エルデだ」

「グレリア……グレリアですって!?」


 ――瞬間。憎しみなんてものを超越したような怒りが俺の方に向けられる。

 まるで仇敵に出会ったかのような、長年の恨み積もった怨敵……とでも言ったような目を向けられて戸惑ってしまう。


 当たり前だ。俺はこの少女のことを一切知らない。少なくとも村でも学園でも出会ったことはない。

 町には学園に入ってから一度も出たことがないし、接点は全く無かったはずだ。

 だとすれば……間違いなくこの少女は俺のの方に反応しているということだろう。

 それしか考えられない。


「どうした? そんなに俺の名前が気になるのか」

「この世の理を知らないヒュルマが……!」


 ヒュルマってなんだ? と聞こうと思ったんだが……その前に怒り狂った様子で腰に携えた剣を抜き放ちその切っ先を俺に向ける。

 殺気が辺りに充満し、ただ事では済まないだろうと感じた俺が身構えたと同時に――それは放たれた。


 まるで引き絞った矢が放たれたの如く素早い突進。エセルカのその突きより尚洗練されていて、比較にならない程の動き。

 俺とあまり変わらない歳のように見えるが、これだけの攻撃を繰り出せるとは……果てしない殺気を向けられても尚、その素晴らしい一撃に見惚れてしまい、じっくりと観察してしまった。


 その一挙手一投足、その身体の動きや、剣筋なんかも。

 生まれ変わって初めて見る多少なりとも訓練を積んだ剣さばき。それがまた白い容姿と相まって美しく見えた。


「何……!?」


 しかし少女の方は俺のその様子を見て侮辱と受け取ったのだろう。

 余計にその顔を怒り色に染め上げ、より一層動きに磨きをかけ、右手で剣を、左手のひらで魔方陣を構築――魔方陣!?


「これは……」

「ヒュルマの脆弱な魔術とは違う、本物の魔法を見せてあげる……!」


 これはまずい。至近距離であんなに起動式マジックコードを構築されては、間違いなく周囲の花畑に被害が出る。そんな事になったら俺が何を言われるかわかったもんじゃない!

 ……仕方ない。不可抗力だ!


 俺の方も対抗して起動式マジックコードを構築し、魔方陣を形成する。相手が炎で範囲系の構築を取っているため、こちらもそれに合わせる。その上で相手を抑え込めるほどの大きさで魔方陣を作り出した。


「なっ……!」


 驚いた少女が剣での攻撃をやめ、ひとっ飛びで俺との距離をとって放った炎の波に合わせ、俺は水の竜巻を中心に発動させる。

 俺に向かって放たれた炎の波は、水の竜巻が吸い上げるように巻き上げ、それを消し去ってしまった。

 久しぶりに使ったが、我ながら上出来だ。ちょうど相殺しあえる範囲内で魔法を放つことも出来たし、ここのところは未だ衰え知らず……いや、神に直接転生させられたからか、以前よりも遥かに効率よく魔方陣を展開することが出来た。


 そこからどう動くか見ようと思ったのだが、そのまま少女の方は驚いた表情で動きを止め、戦う気力を失っていたようだった。

 さっきまで見せたあれだけの殺意は嘘のように消え、呆然とした表情を浮かべたかと思うと、そのまま剣を収めてしまった。


「……貴方、同胞? グレリア様の名前を使うなんてことするのは不遜だけれど……魔方陣を扱うヒュルマなんて聞いたこと無いし……人騒がせなことはやめてよね」


 何を一人で納得してるのかは知らないが、そのヒュルマってのがなんなのか知りたい。


「で――」

「それじゃ、私行くから。貴方もあんまりここに居るべきじゃないよ? ここがどんなところか……知らないわけないだろうしね」


 そのまま興味を失ったのか、まるで憑き物が落ちたかのような顔でそのまま穏やかな顔つきでそそくさと帰っていってしまった。


「……おーい」


 結局何も聞けずじまいだったが一体何だったんだろうか?

 少なくとも、俺の知ってる魔法を使っているようだったが……一体この世界に、何が起きてるんだろうか……?

 それにグレリア様……ここには俺以外にも同じ名前の誰かがいるってことなのか……?


 魔方陣による魔法があることには安心したが、それ以上に謎が増えていくのを感じ、彼女の立ち去った場所をいつまでも眺めていた――。

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