第88話「消え失せた男の問題」

「そういえば、ウィザードは特にこれと言って個人魔法を使えないでいいんだよな?そうでなくても常人離れした身体能力を持ってるとか」

「いや、そう言う事はないな。獣人の血を引いてはいるが、これと言った特殊な能力はないぞ」


 たしかホッキョクグマの獣人の血を引いてるんだったな。


「監視の目のあるこの店内からウィザードはいかにして消えたのか……この謎はなかなか難しいわね」


 マリアが決め顔で考えているが、あんまり解く気はなさそうだ。


「で、どうだ?こういう時はどうするんだ?」


 そしてはなから考える気のないレオポルドが俺に丸投げする。


「……まあ、可能性を考えていけばいいんじゃないのか?

 まずその1。ウィザードは一人でこの店から抜け出した。

 その2。客の中の誰かがウィザードを店の外に連れ出した。これについてはさらに細分化できる。

 2-1。客の中の一人がウィザードと協力して店の外に出る。

 2-2。ウィザードを無理やり店の外へと連れ出す。これはウィザードの生死を問わない。

 その3。客の中の一人がウィザードを殺害。その死体をこの店の中に隠す。

 その4。客の中に犯人、協力者はおらず、全く別の人間が外部からウィザードを店の外に連れ出すのに協力した。

 その5。外部の人間が誰にも見つからないように店内に入り、ウィザードを店の外へと連れ出す。これはウィザードの生死を問わない。

 ……こんな感じかな」

「なるほどな。……可能性4と5についてはないと思うな。そもそも、俺たちがここを見張ってるのは秘密事項だし、外部にばれる、っていうことも考えにくい。もちろん、内部に協力者がいるっていうことも含めてな。そもそもウィザードを誰にも見つからないように店の外に連れ出すメリットが分からん。ただ、今日店へと入った三人については別だ」

「別って?」


 マリアが首をかしげる。


「つまり、店の中で何かいざこざがあり、犯人は誤ってウィザードを殺害してしまった。だから、できるだけ人の目につかないように死体を処理した……だから今のような状況になってるかもしれない、ってことだろ?」

「そうだ。三人以外の人物が店内にこっそり入ったとは考えにくいし、そもそも事件関係者の中でそう言ったことができそうな人物が見当たらない」

「じゃあ残るは可能性1、2、3、だな。ただ、可能性1にしろ、2にしろ、考えることは単純だけどな。まず、この店内にウィザードはいないという前提になる。ということは、この店内から外に出るには二種類の方法しかない。正面の扉から外に出るか、裏口から外に出るかだ」


 屋根や床、壁に秘密の抜け穴などはないことはあらかじめレオポルドたちが確認している。


「正面の扉は魔法石と捜査員の監視があり、裏口は内側からチェーンがかかっていて、しかも雨でぬかるんだ地面。崖の上にも人がいて、何らかの方法を用いて足跡を残さないようにしても見つかる可能性が高く、その先の橋で小人に見つかってしまう」

「……ねえ、無理じゃない?あと可能性としては個人魔法を使ってどうにかすることだけど、三人の個人魔法でどうこうできそうにないんだけど」


 早くも諦めムードのマリア。もうちょい粘れよ。


「まあ、確かにそうですよね。モルツの空中浮遊の個人魔法を使えば足跡の問題はどうにかできそうですが、チェーンとか監視の目をどうにかしないといけませんし、アッシュリーの幻視魔法も、誰か一人を欺けても他の人たちにはばれてしまいます。ケリーの交換能力で何か使える道具を店内に持ち込むことは出来るかもしれませんが、そういった道具が使われた痕跡はありません」

「というか、この店内からなにか無くなった物とかあるのか?反対に新しく増えたものとか」


 もしケリーの交換能力が使用されていたとしたら、物が不自然に無くなっている可能性もある。


「いや、たぶんないな。小物ならともかく、何か大きな機械とか家具とかが無くなったとは思えない。もしそうなら分かると思う」

「そうか」

「あ、分かった!」


 急にマリアが大きな声を出した。


「なんだ?」

「カードよ!交換能力でウィザードの死体をカードに交換したのよ!ほら、カウンターにたくさんのカードがあるでしょ?あの中のカードの枚数はさすがに把握してないんじゃない?」

「……確かに、カードの枚数までは把握してませんが……」

「お前ドロシーの説明聞いてなかったのか?あのカードは売り物だろ?交換したものを商品として売り出すのは出来ないんだろ?」

「ええ。それに、たとえ死体であったとしても生き物を交換することは出来ませんね」

「そっか。解決できたと思ったんだけど。じゃあ、これはどう。人間を溶かすくらい強力な酸を交換能力によって手に入れて、ウィザードの死体を溶かすの」

「……お前もなかなかえぐいこと考えるな。でも、そんなあぶねー薬品を使えば何か痕跡が残るだろ」

「そうだな。店内、および下水からそんな痕跡はないな」

「じゃあ、コンロとかで死体を炭になるまで燃やしてしまうとか」

「それも同様に痕跡が残りますね。そもそもこの休憩室にあるコンロじゃそんな火力は出ません」

「これもだめか」


 少し残念そうに肩を落とすマリア。


「例えばなんだが、ウィザードがケリーが来たタイミングでいなくなったとする。そしたら、後から来たモルツ、アッシュリーは誰もいない店に入った事になるが、その際に二人は変に思わなかったのかどうか、ってことだな」

「そこまで変な事でもないらしいぞ。俺たちが店に入った時も、ウィザードは奥に引っ込んだままだったしな。呼べば出てくるが、勝手に遊んで勝手に帰ることもよくあるそうだぞ」


 三人とも薬物の売買に関わっているみたいだが、ただ単純に遊んで帰ることもあるそうだ。


「うーん、やっぱりわかんない。ね、トウマは分かった?」

 

 しばらく考えこんでたみたいだが、あきらめたように俺の方を見て聞いてきた。


「……誰がこの状況を作り出したのかは考えがある。まあ、消極的な推理になるけど」

「そうなの?」

「ああ。証拠とかは全くないけどな。で、その“誰が”っていうのを考えついたら、どうやって、っていうのも思いついた。確証はないけどな」

 

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