第87話「まずは容疑者の事を知る必要があります」

「じゃあまずは一番初めに店にやって来たケリーについて教えてくれ」

「えーっと、ケリーがウィザードの店を出入りし始めたのはここ半年くらいからですね。そして、ここ三日間、捜査員が常に見張っていました。捜査員の書いた記録があるんで、読みますね」


 ドロシーは紙の束を取り出し、それを読み始める。


「●月×日。晴れ。今日は天気が良かったので、ピクニックに出かけました」

「日記じゃね?」

「山を登っている途中、足を滑らせて崖を十メートルくらい落下しました。そして、落ちた先にジャイアントトロールが三十体いて、一斉に襲い掛かってきました」

「畳みかける不幸」

「トロールたちに襲われ、五か所骨折してしまいましたが、病院のポイントカードがたまり、つまようじセットが貰えたので良かったです」

「全然プラスマイナスゼロに収束してないけど。っていうか、これケリーが体験したことなのか?」

「あ、これはケリーを見張っていた捜査員の日記ね」

「いや、ケリーの情報を教えろよ」

「ケリーもモンスターに襲われたそうですけど、速攻で逃げたそうです。モンスターに追い付かれないように、湖の上をダッシュで逃げたそうです」

「水面の上を走るのか。それがケリーの個人魔法?」

「いえ、ただの特技ですよ」


 水面の上を走れるのがただの特技?

 すると、レオポルドが何でもないように、


「水の中に足が沈む前に次の足を出してしまえば、簡単に水面を走れるぞ」

「いや簡単じゃねーから」


 身体能力がアホみたいに高いやつだったら可能かもしれないが、誰でもできるわけではないだろう。


「じゃあケリーの個人魔法はなんだよ」

「交換能力です。とあるものそれと同等の価値の物に入れ替えることが出来る能力です」

「へー……アポート能力ってところか」

「そうです。色々と制限はありますけどね。変換できるのは同じくらいの価値、大きさのものに限られているし、生き物、食べ物は交換できません。あと、交換したもので商売とかはできないみたいですね」

「……商売ができない?」

「はい。例えば、さびた剣をきれいな使える剣に交換したとします。そしてそれを商品として売り出すことはできないんです。そうしようとしたところで元の使えない剣に戻ってしまうようですね」


 交換能力を使ってお金を稼ぐことは出来ないってことか。


「じゃあ次は二番目に来たモルツの情報だな」

「えーっと、これも捜査記録があるので読みますね。

 ●月◇日。曇り。朝十時、自宅から出てきたモルツの後をつける。向かった先はモルツのなじみの酒場だった。そこでモルツは『メガギガデカ盛り大盛りチョウヤバーイクラーイデカーいステーキセット』を頼む」

「名前のセンスのなさ」

「モルツは自分の背丈くらいある量の肉を骨までぺろりと平らげ、デザートのパフェを頼む。あれだけ食べたのに、全く見た目や体重に影響がないとは羨ましい……」

「あれ、普通に自分の感想入ってね?」

「嫉妬にかられた私はモルツの歩く道に落とし穴をつくる」

「何やってんだよ」

「モルツは私の作った落とし穴の上を狙い通り歩く。そしてかりそめの地面を踏んだモルツは足元から落ちていきます。すると何という事でしょう、モルツの体が宙に浮いたではありませんか」

「昔話口調なのはなぜ?」

「モルツの個人魔法である空中歩行を使い、何事もなかったかのように自宅へと帰っていった」

 

 モルツの個人魔法は空中歩行なのか。すると横で聞いていたマリアが顔を輝かせ、


「空中歩行ってことは、裏口のぬかるんだ道の謎が解決しちゃうんじゃない?」


 と言った。


「いや、確かに足跡の心配はしなくていいだろうけど、崖の上にいたグループ、もしくは橋の工事をしていた小人たちの目はごまかせないだろ」

「あ、そっか。誰も何も見てないって言ってるもんね」


 俺がそう言うとマリアすぐに納得した。


「そうですね。姿を消すような道具、魔法が使われていれば痕跡が残るので……」

「それじゃあ最後のアッシュリーについて教えてもらおうか」

「はい。それじゃあ読みますね。

 ●月△日。晴れ。彼女の家に泊まっていたアッシュリーは昼すぎに彼女の家を出てきた。深夜まで家の明かりがついていたが、夜遅くまでトランプでもしてたのだろうか」

「いや、違うだろ」

「彼女の家を出たアッシュリーは帰り際、果物屋へと寄った。そこでブドウとスイカを買った。晩ご飯はカレーを作るつもりなのだろうか」

「いや、違うだろ」

「果物屋へと寄った帰り道、自宅近くで若い女性がアッシュリーへと駆け寄った。その女性は『会いたかった~』などと言い、アッシュリーの腕に抱きつく。すると、その後ろからアッシュリーの彼女が鬼の形相でやって来た。彼女は二人に詰め寄り、アッシュリーはそれに気づき顔色が変わる。そして女二人が激しく口論を始めた。三人で行く旅行の行先でも決めてるのだろうか」

「いや、絶対違うだろ」

「そしてアッシュリーはそのまま女性二人にぼこぼこにされましたとさ、めでたしめでたし」

「めでたしではないな。で、結局アッシュリーの個人魔法については分からないままだし」

「アッシュリーの個人魔法は幻視魔法です。他人に実際とは違う景色を見せる魔法です。ただし、見せれる相手は一人だけで、魔道具などの道具はごまかせん」

「へー……」


 アッシュリーの個人魔法を使えば、ウィザードの店を見張っている人の目を欺いて脱出することは出来るように思える。しかし、張り込んでいた捜査員は二人一組であり、どちらかに幻を見せてももう一方は普通の光景になってしまう。また、裏口に出たとしても、崖上にいたのは五人だし、橋にいた小人たちも一人ではないから、幻視魔法を使ったとしても全員の目は欺けない。

 さらに、ウィザードの店を正面の入口には監視カメラの役割を果たしている魔法石があり、その映像を誤魔化せることはできない。


「うーん……怪しい個人魔法はあるけど、それだけじゃ今この状況を説明できない気もするわね」

「……そうだな」

「他に何か知りたいことは?」

「あー……それじゃあ、この入口にある魔法石の映像が見たい」

「そう言うと思って準備してるぞ」


 レオポルドはそう言って画面を俺たちの前にセットする。


「今日ウィザードが入るところからな」


 映像が再生される。

 映像は店の入口を移しており、出入りした人間をしっかりと移すような構図となっており、少なくとも死角はないみたいだ。

 まず、ウィザードが店の中に入る。その際に小さなかばんを一緒に持っていた。なお、その荷物は店の中に置きっぱなしだった。


 そしてそれからレオポルドとドロシーの二人が店に入る。

 何事も変化のないまま、再びレオポルドとドロシーが店から出てきた。


 その後、長髪の男が店に入る。ケリーだ。ケリーは手ぶらで店に入ったのだが、少し不自然に顔を魔法石から背けていた。


「……顔が映らないようにしてる?」

「ああ、たぶんな。やましいことをしてるから、顔が映らないようにしてるんだろ」


 その後、ケリーが手ぶらで出てくる。

 それからスキンヘッドの男が店へと入る。モルツだ。モルツも何も持っていないみたいだが、ケリーと同様に顔がカメラに映らないようにしている。


「顔が映らないようにしてるが、モルツで間違いないんだよな?別人とかそういう可能性は?」

「いや、それはない。確かに、魔法石の映像だけでは判断できないかもしれないが、店を見張っている捜査員が顔を確認している。そして三人の容疑者、およびウィザードについては自宅から出先まで常に誰かが見張ってるからな。別人と入れ替わっている可能性は考えなくていい」


 モルツが手ぶらで店の外に出た後、小柄な男が店の中へと入る。アッシュリーだ。アッシュリーも他の二人と同様、カメラに顔が映らないようにしている。

 アッシュリーも手ぶらで店に入り、そして手ぶらで店を出た。


「こんなところだな」

「うーん……特にこれと言ってないわね。ホントにどうやってこの店からウィザードは姿を消したのよ?」


 映像を見終わったマリアはそう言った。

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