第36話「棺のある死体」

 それからまた少し歩いていると、スライムがやって来た。

 今度は右手に持っている剣を軽く振って倒そうとすると、ガキン!と音を立てて、洞窟の壁にぶつけてしまった。

 斬れなかったスライムは再び俺のお腹にクリーンヒットして消えた。


「大丈夫?」

「……ああ」

「一応言っておくけど、こういう狭い洞窟で長剣は向かないわ」

それを早く言ってほしかった。剣を見ると、今ので剣先が欠けてしまった。

「じゃあ、魔法を使えばいいのか」

「んーどうかな。狭いから、魔法が跳ね返って自分たちにかかってくることもあるわね」

「じゃあどうしろと」

「まあ、武器だったら、ナイフとかなら使えるかしら。でもほとんどの武器は使いにくいから、たいてい徒手空拳ね」

 殴る蹴るでやっつけるのか。

「あ、さっきぶつかって消えたスライムだけど、あれは自滅扱いになるから、トウマの経験値が上がるとかはないわ」

 ここのスライムは、盾にぶつかっても消えてしまうそうだが、それも自滅扱いだそうだ。

 それにしても、こぶしや足で攻撃するのは倒したことになるのに、お腹や体の他の部分にぶつかるのは自滅扱いっていう違いはどこにあるんだろう。

 その後も、スライムがでてくるたびに、思わず剣を振ってしまい、そのたびに火花が散る。まあ、慣れた冒険者でも、急にモンスターが出れば、たとえそれがスライムでも思わず攻撃してしまうらしいし、仕方ないんだけどね。



「なあ、洞窟を迷いながら進んでいくのもいいんだけど、いい加減飽きてきたんだけど」

 洞窟に入ってからもう三時間くらいたったが、いまだゴールにつく気配がない。

「トウマが来たいって言ったんでしょ」

「いや、そうなんだけどさ、いい加減疲れたっていうか。そろそろ昼飯も食いたいし」

 そう、思ったよりも迷路だったのだ。

 せいぜい遊園地の小さな子供向けのアトラクション程度の迷路を想像していたのだが、行けども行けどもゴールが見つからず、イライラしてきた。

「で、ちょちょいとゴールまで行ける魔法とかアイテムとかねーのか」

「全く最近の若い子はすぐに楽するんだから」

 と、俺と同い年のマリアが年寄りくさい事を言いながらも、何やらごそごそとアイテムを取り出している。

「まあ、いいわ。というわけで今回ご紹介するのはこれ!これがあればどんな複雑なダンジョンでも迷うことはないわ!」

 やけにテンション高く丸いボールみたいなものを取り出した。

「これを地面において、スイッチを入れたら……」

 マリアがスイッチを入れると、サッカーボールほどの大きさのアイテムがひとりでに動き出した。

 コロコロと転がっていったボールが分かれ道に到達すると、ピタッと停止した。

 少し停止したのち、コロコロと右の道の方に進んだ。

「へえ。こうやって正しい方に導いてくれるんだな。で、これを使う事によるなにか弊害とかは?」

 俺が感心しつつも注意しながらついていく。

「ないわよ。まあ、強いて言うなら……」

 と、マリアの言葉を引き継ぐかのように、

「ラララー♪ラララー♪」

 とボールがいきなり歌いだした。

「こんな感じで歌いだす機能があるくらいね」

 と耳をふさぎながらマリアが言う。

「……ってすげー音痴じゃねーか。なにこの不協和音。あとこんな音を出したらモンスターが寄ってくるんじゃねーの?」

「それは大丈夫。音痴すぎてモンスターも避けていくから」

 ○ャイアンもびっくりのアイテムだ。

「モンスターも避けるって……なんでこんな機能つけたんだよ」

「さあ。それはジョンさんに聞いてみないと」

「誰だよ」

「これを作った人よ。三丁目の肉屋のおじさんよ」

「え、これ作ったの肉屋の人なの?何目的だよ」

 言われてみれば、ボールは「私のお店のお肉は美味しい~」って歌っている。

 全然美味しそうに聞こえないが。

 そんな魂を持ってかれそうな、へたくそな歌を聞きながら、洞窟の最深部にたどり着いた。



「トウマ。この奥がゴールよ」

 洞窟のゴールと言っても、何か強いモンスターが出てくるというわけではなく、例のアイテムをゲットできる棺が置いてあるだけだ。

 ともかく俺は前を転がっているアイテムのスイッチを切り、肉屋のおじさんの歌を止める。

「ん?なんか地面が汚れてるような……血か?」

 奥に進んでいくと、赤黒いものがこすれたような汚れが地面についているのに気がついた。

「もしかしたらさっきのアイテムかも。たまに血とか流すし」

「なんだそのホラー機能。怖いだろ。いや、そうじゃなくて、なんか引きずったような跡だぞ」

 俺たちが向かおうとする先の方にも同様の汚れがあるし。

「たまに宝としてお魚とかあるからね。それを持って帰るときに滴り落ちた汚れかも」

「魚とか入ってることあんの?それ腐ったりしないわけ?」

 この世界の宝箱に入っているアイテムの基準が分からなくなったんだけど。

 百歩ゆずって食べ物はいいが、生ものはだめだろう。

「それは不思議な力で大丈夫よ。それより、見えてきたわよ」

 とマリアが後ろから指さす先には、石でできた扉だった。


 扉を開けると、少し開けた場所に出た。

 と言っても、部屋の真ん中に棺が一つ置いてあるだけの殺風景な場所だった。

「よいしょっと……って重いな」

 さっそく棺の蓋を開けようと、剣を直し、ランプを床において蓋を持ち上げようとしたが、びくともしない。

「ああ、そういった類の棺って開けるのに苦労するのよね。閉めるのは簡単なんだけど。……仕方ないわね。私も手伝ってあげるわ」

 そう言って俺の反対側を持って二人で蓋を開けた。

 ギギーっと重たそうな音とともに蓋が空くと、棺の中があらわになる。

 

 最初に目についたのは、金色の髪の毛だろうか。

 それとも、さやに入っていない、刃こぼれ一つないきれいな長剣や、手入れされた革製の盾だろうか。

 それとも、こちらを見る焦点の合わない濁った眼だろうか。

 ともかく、数秒時が止まった。


 棺の中に入っていたのは、男の死体だった。


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