第29話「ディスカッション」

「あ、事情聴取終わったんだ」

 マリアの膝の上でいつの間にか寝ていたレオは、あくびをしながらそう言った。

「いや、事情聴取のパートって話が長かったり、展開が単調とかで、ついつい読み飛ばしがちになるんだよね」

 と言い訳するようにレオが言う。

「何の話だよ」

「え?推理小説とか読まないの」

 意外そうな表情でこちらを見てくる。というか、トイプードルってこんなに表情豊かなのか。

「あんま読まないな。せいぜい名探偵○ナンとかかな」

「そうなんだ。『名探偵』っていうから、推理小説とかに詳しいのかと思ったよ」

「『名探偵』って言っても、なりたくてなったわけじゃないし……で、お前は何か怪しいものとか変わったこととかなかったか?」

「ううん、特には。ずっとジョンソンさんの近くにいただけだし」

 ジョンソンさんの近くにいたのは、なにかとご飯をくれるかららしい。


「で、結局犯人は館の中にいる人だよね?外部の犯行……泥棒とかの可能性はないよね」

「ええ。そうですね。館の周りなどを細かく調べていますが、それらしい痕跡はありません」

 レオが誰ともなく聞き、それにホーソンが丁寧に答える。

 ホーソンは、事情聴取を俺たちに任せ、その間部下の人から細かく経過報告を聞いたりしていた。

「いまさらだけど、魔法とかって使われてないよね?魔法でも使えば、塀とかも乗り越えられると思うんだけど」

「その可能性は捨てていいと思うわよ。そもそもこの街中で魔法なんて使えないし、もし使えたとしても超高レベル冒険者とかが多少使えるだけでしょうし、魔法を使った痕跡も残るでしょうし」

 というマリアの答えにホーソンもうなずく。

 まあただ、館の中にある、日本で言うところの家電製品的なものの動力には魔力等も使われている。魔法とか魔力とかその辺の話はややこしいので、今この場で考える必要はない。

「それで、犯行があったとされる時間は、四時から七時で、その間アリバイがなかったのは、グレッチェン、ルドルフ、フレッド、ローレンスだね。一応ベティーも犯行は可能っていうことになるのかな」

 これまでに分かっていることを簡単にまとめるレオ。ここで、

「そういえば、トウマとマリアちゃんはその三時間ってアリバイはあるの?」

 今更な質問をしてきた。ホーソンも全く尋ねてくる様子はなかったけど、それはやぱりマリアに遠慮してたんだろうか。

「さっきも話にあったように、四時から五時まではダイニングルームでベティーさんやローレンスさんと一緒にいたわね。そこから七時まではトウマと一緒に図書室にいたわね」

「そっか。まあ、犯人とは思ってないけどね。主人公とヒロインが犯人っていう感じで意外性を出すなんて安直だしね」

 とレオが訳の分からないことをいう。


「そういえば、結局何か盗まれたものとかってわかりましたか?」

 ちょっと気になっていたことをホーソンに聞いてみた。

「それなんですが、一応部下たちが確認したところ、何かが盗まれた形跡があったようです」

 聞けば、シリーズものの本のうち、一巻だけ抜けていたり、箱に入っているタイプの本で、中身がないものがあったそうだ。

 盗まれた形跡があるのはいずれも本だった。

「もしかして、あの離れのなかにあるもの全部調べたんですか?」

「ええ。五人ほどの部下が丁寧に調べてくれました。一応、何か隠された手掛かりがないか、床に散乱したもの以外の、本棚等にしっかりと陳列してあった本などもめくって調べてくれたそうです。それで、その本の中に、暖房器具のリモコンが入っただけのものがあったのですが、これは元からリモコンが入っていたのでしょうか?手前の部屋にもリモコンが置いてありましたが」

「ああ、そうですよ。手前の部屋の暖房器具は、その部屋のテーブルの上に置いてあるリモコンで作動して、奥の部屋の暖房器具は、その本の中に隠してあるリモコンで作動するみたいです」

 という俺の説明にホーソンは納得してくれたみたいだ。


「誰が犯人なんだろうね。動機ってなんなのかな」

「動機なあ……それは犯人に聞いてみないと分からないな」

 魔王城の事件とかも、別に動機については全く考えなかったし、今回もそういった方針で行こうかと考えている。

「例えばさ、ルドルフが犯人なら仕事上の不満があったとか」

 ぱっと思いついたことをレオが言う。

「フレッドとかローレンスが犯人なら、珍しい本とかその辺を手に入れるためとか」

 ちなみに、全員の手荷物検査みたいなことは今の段階ではできていないため、盗まれたであろうものがどこにあるかは分かっていない。

 そもそも犯人に盗む気なんてなく、カムフラージュのために適当に本をくすねた可能性だってある。

「グレッチェンもマニア的な観点から犯行に及んだ可能性も捨てきれないけど、何となく彼の性格的にそれはなさそうなんだよね。だったら、パーカーさんを目の敵にしている、悪徳不動産の連中の送り込んだ刺客っていう方がありそうだよね」

 レオはそんなことまで言っている。いくらなんでもその設定はないだろう。


「にしてもよくしゃべるな」

 事情聴取の時は寝ていたくせに、起きてからこれでもかとしゃべっているレオ。

 捜査員でもなんでもないただの犬なんだが。

「まあね。ほら、推理ものって何気ない会話から事件解決のひらめきを得たりするじゃん。だからこういうおしゃべりも重要だと思うんだよね」

「それは私も本で読んだことあるわ」

 マリアがレオに同意する。っていうかどんな本だよ。

「だったら、なんで犯人は扉を開けっ放しにしたのかを考えたほうがいいんじゃないか?」

「そういえばその謎がありましたね。みなさんに聞いてみても、誰も自分がやったとは言いませんでしたし、パーカーさんがやった可能性も低いみたいですし」

 とホーソンが同意する。ちなみに、開けっ放しになっていた扉は拭き取られていて、指紋は消されていた。

 離れの中については、今日離れに入った人の指紋が至る所にあり、犯人のものを特定するのは難しいらしい。また、凶器などの手掛かりや、離れの中の扉も同様にきれいに拭き取られていた。


「じゃあトウマは何か考えがあるのかしら。扉が開けっ放しだったことについて」

 マリアにそう聞かれ、俺は少し固まってしまう。

「いや、まだそんな考えはまとまってないんだが……それと、なにか見逃してることがある気がして……」

 そう言ったまま、俺は少し考えこむ。

「どうしたの?」

 レオが不思議そうに俺に尋ねてくるが、それには答えず考えを進める。

 マリアはそんな俺の様子にピンとくるものがあったのか、黙ってその様子を見守っている。


「そろそろ考えがまとまったかしら」

 長いこと考え込んでいた状態から戻った俺に、マリアが少し期待を込めた目で見てくる。

「……ああ、たぶん犯人が分かった」

 俺は静かにそう告げた。

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