第32話 攻略完了:ヨナタン・ヴァルナル・ボレリウス宮中伯
「お久しぶりです、殿下。最後にお会いしたのはアガタ侯爵夫人のサロンでしたかな?」
ハイテンション男は見た目もハイテンションだった。簡単に言うと、チャラ男。
なんでこの世界でホストみたいなスジ髪を見ないといけないんだろう……。
カラコンを入れてるみたいな濃い茶色の目はびっくりするほど大きくて、鼻筋は細くて高くて、そこに満面の笑み。
スーツは妙に細身で、シャツのボタンは二番目まで止めてない。
うん。これは完全にテレビで見たことがあるイケメン人気ホストだ。
「さあ。よく覚えてないわ」
「なんという、つれない薔薇よ!だが薔薇はそれでこそ美しい!唯一の高貴なる孤高!」
台詞までホストとかもうどうしたらいいのか。こんな人種、周りにいなかったからわかんないよー。
「……とりあえず落ち着いてください」
「そのお言葉、まるでやわらかな花びらのよう……。
風が心地よい気候です。庭園の散策などをともにしてくださいませんでしょうか?お変わりになった殿下とゆっくりと話をさせていただけませんか?どうぞ、殿下の美の崇拝者の願いをお聞き届けくださいませ」
ダメだ。全然落ち着いてない。とりあえず刺激しないようにしよう。
でも、こんなでも、マジェンカがヴィンセント並みの権力者だって言ってたし……。
……マジェンカ、人違いしてないよね?
「……わかったわ。ただ、騎士の護衛がつくけれどかまわないかしら?」
「もちろんです。美しい薔薇を手折ろうとする不届き者は多いもの。殿下の身のご安全のためならばいかなることでも」
※※※
イルダールの選んだ騎士を護衛に付けながら、私とボレリウス宮中伯は王城の庭園を歩いて行く。
「最近、殿下は帝国の軍備について気にかけていらっしゃるとか」
「誰に聞いたの?」
「聞かずとも皆が知りたい話は伝わるもの。帝国守護騎士団の手練れのアルビン・リンドバルとマティアス・セーデルヴィスト、どちらも一刀に切り捨てたとか」
「切り捨ててません!切り捨ててませんから!木剣での模擬試合に勝っただけです!!」
「承知しております、殿下。しかし往々として話は面白い方に流れていくもの。しかもあのたおやかな黄薔薇姫が騎士をやり込めたとなれば、それくらいのことは覚悟なさらなければ」
「あの、一個だけお願いがあるんですけど……」
「なんでしょう?殿下の願いならいかようにでも!ええ、悪魔に魂を売れと言われても……!」
いや、それたぶん買い取り拒否されます。
「その、殿下っていうのやめてください。エーレンで充分です」
「なるほど。きちんと黄薔薇姫エーレン様と呼べと」
「黄薔薇姫もいりません……百歩譲ってエーレン姫でお願いします……」
「謙虚な方だ。いつの間にその薔薇はこれほど美しく花開いたのです?」
ダメだコイツ……。
私がそう思った時、不意に、ボレリウス宮中伯のホスト風の表情がひどく真剣なものに変わった。
「それと……いつの間に隠していた棘をお出しになることに決めたのですか?」
え、どういうこと?!
「わかりますよ。俺にも。こんな風に振る舞っていれば俺の頭の中身などないものだと思われる。その分、みんなべらべらと喋っていくんですよ。賢い人間には話しづらいことをね。だから、あなたが急に動き出したときに、俺と同じような人間かもしれないと思った。
愚を装いながら時流を見極める。それは、あのルツィア様が女帝の座から滑り落ちたとき、何が起きるか知っていたからだ」
「ボレリウス宮中伯……」
もう、そこにはホスト風の表情はかけらもない。
真面目で、どこか憂いを帯びた顔。まるで別人みたい。
「どうぞ、ヨナタンと。ヴィンセントのことを呼ぶように。俺もあなたを黒薔薇姫と呼ばせていただきます」
「知り合いなの……ヴィンセントと?」
「知り合いも何も。若すぎる身で爵位を継いだ同じ境遇の者同士、王城を離れれば良き友です。ヴィンセントの父母は早逝、俺の父は……脳病で廃位とそこだけは違いますが」
「お気の毒に……私もお父様に何かあったら耐えられないわ。迷惑でなければお見舞いをさせて」
「姫……本当にお変わりになりましたね。今までのあなたならば狂気の血を引く忌み子として、俺とは目も合わせてくださらなかった。
これが、本物のあなただったのか。ヴィンセントの言うことは本当だったのだな……」
最後の一言はたぶん独り言だった。中空を見つめる遠い目でぽつりと吐き出された言葉。
「ヴィンセントからあなたのことを聞き、協力を求められたとき、どこかで疑っていました。すべて、あなたの即位を貴族たちに納得させるための茶番ではないかと……失礼、あのような親を持つと嫌な男になるようです」
「いいえ。ただ疑うだけじゃなくて、ちゃんと確かめに来てくれたあなたは誠実だと思う。違う?」
「俺が……誠実……。策謀で帝室を支えてきたボレリウス家の俺が……」
ヨナタンの大きな瞳がさらに大きく見開かれた。
そして、何かを抑えるように深呼吸を何度か繰り返す。
「あなたの美しい瞳は美しいだけではないのだな。いや……美しいからこそ本質を捉えてくださるのか……。どうか俺もあなたの戦陣の一端に加えてください。ルツィア様がなさろうとしていることは許されることではない。宮中伯としても絶対に止めねばならぬことです。
ただ、残念なことに俺は武に優れた人間ではないので、宮廷内での工作を担当することが主になりますが……」
「ありがとう!ヨナタン!」
強そうな味方がまた増えたのが嬉しくて、私が思わずヨナタンの両の手のひらを握り締めると、ヨナタンの頬がかすかに赤くなって、ぷいっと横を向いてしまった。
……やらかした。
これ、絶対「フ」のつくアレだ。もう「フ」しか口に出したくないくらいのアレだ。
もしかしてフラグの神様って祟り神かなんかじゃないだろうか……。
「俺が戦う理由が、本当は、あなたという身も心も美しい薔薇を守りたいからだと言ったら……笑いますか?」
視線を私に戻したヨナタンが聞く。
「いいえ。光栄に思うわ」
だってうっかり笑いますなんて言ってアルビンみたいに「自害」が出てきたら困るし……。
「光栄!この忌み子の俺にそうとまで言ってくださったか!ならば俺もボレリウス家のすべてを使ってあなたの信頼に応えましょう!」
うん……ありがとう……。味方が増えるのはすごく嬉しいです。でも。
私はひきつらないように気を付けて笑顔を作りながら、フラグの神様に祈っていた。
お願いです。次こそは権勢値のみを上げさせてください……。
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