第28話 戦闘ルート:命を捧げるべきもの

 なんだか気まずい雰囲気になってしまったところに、サキがトコトコと歩いてくる。それから、私にがばっと抱きついて「すごいねぇ、エーレン」と満面の笑みを見せてくれた。

 ……え?どういうこと?


「神器は薔薇姫、いまはエーレンにしか使えないのに、それをみんなに使えるように力を分けてあげるなんてエーレンは偉いよ~。なのになんでそれを言わないの?かっこつけもそこまでいくとウザいよ?」

「サキ……?」

「そうでしょ、エーレン?神器なんか普通の人に使えるわけないのに。このおじさんとお兄さんもなんでわからないのかなぁ?なんか冷たい目してるし、こんな人たちのために頑張るのなんかやめなよ。ぼくとだけ頑張ろ?

 ぼくならきみのこと、わかるよ?」


 私を見上げたサキがぱちんと軽いウインクをする。

 そこで私はやっとサキがしてくれたことの意味がわかった。

 私にとって銃は練習さえすれば誰でも撃てるもの。

 でもこの世界では未知の神器。

 だから私のしたことを彼らは恐れた。

 だからこそ、その神器の管理人だったサキの言葉ならイルダールたちには神託に近い。

 そしてサキだけは、私が本物のエーレンでないことを知っている。

 サキは私がうっかり開けてしまった大きな穴を埋めようとしてくれてるんだ……。

 本当、この小さな美貌の妖精は謎。すごくこどもだったり、今みたくびっくりするほど大人だったり……。


「そ、そうよね。ちょっとかっこつけすぎちゃった」

「それ、エーレンの悪いとこ!」

「だっていちおうお姫様だし……」

「そんなの関係ないでしょー!みんなで戦うんだから、もっとみんなを頼ってよ。

 ね、そうだよね、おじさんにお兄さん」

「サキ殿に言われるのは何か悔しい気がするが、その通りだ。

 ……姫、サキ殿が言っていたことは本当なのですか?姫は何も言わず、我々にその神聖な力を分け与えてくれていたのですか?」

「……ええ」


 嘘は嫌いだけど、ここでイルダールたちの信頼を失う訳にはいかない。

 サキの前で正直に『黄薔薇姫エーレン』と宣言した時とは事情が変わりすぎてる。

 はあ、とイルダールがため息をついた。

 そして、顔をしかめた。

 なんだか、自分のことをひどく責めているような顔だった。


「なんということ……私はもう、なんと言ったらいいかわかりません。真実を告げれば我々が姫を案じて神器を使わないだろうと思われたのですね。貴い……。姫の中にはヤルヴァそのものがある。マティアスが姫のことをヤルヴァの始祖の女神のようだと言っていましたが、今は私にもそう見えます……」


 そのとき、それまで無言で固まっていたアルビンの手からかたりと銃が落ちる。

 あ、ちょ、暴発!

 でも、涙で潤んだまっすぐなその瞳を見たら、そんなことはツッコめなかった。


「私は……そのような深慮にかけらも気づかず……自分が恥ずかしいです……もはや、じ……」

「自害はしないで!お願いだからしないで!言わなかった私が悪いんだから、ね?」


 それから、服の袖でこぼれそうなアルビンの目の水分を拭く。


「男が泣くのは親が死んだときと敵に勝った時だけ!いい?!」

「……はいっ。このような自らの些事のために、姫のお手で涙を拭っていただけるなど本来あってはいけないこと。

 次こそは姫の怨敵を打ち倒し、喜ぶ姫の手で涙を拭っていただきます!」


 直立不動になったアルビンが、開会式の宣言をするみたいにびしっと声を上げた。

 いや、そこまで言わなくてもいいけど……。


「姫、お体に障りはございませんか?我々爵位を持たぬ平民などのために姫がそこまでなさらなくても……」

「え、全然平気だから。あと100人でも200人でもサキが複製を作ってくれたら、その人たちみんなに神器を使わせるわ。私の体は戦うためにできてるの。こんなのたいしたことじゃない」


 これは本当。

 お父さんに剣を鍛えられて、オリンピックに出たくて射撃の練習もして、はたからみたら地獄みたいに見えたかもしれないけど、私は楽しかった。

 だってやればやるほど結果が出るんだよ?強くなれるんだよ?

 こんなに楽しいことはないよ。


「不敬を承知で申し上げます。……あなたのような皇族、貴族の方とははじめてまみえます。私がいくら武勲を上げようと所詮は平民。ヤルヴァのための駒として散っていくのは当たり前だと思っておりましたし、それを誇りにも思っておりました。けれどあなたは___違う。

 私ははじめて、本来仕えるべき主君を見つけた気がします」


 イルダールが私に跪いた。


「不祥、イルダール・スティグソン、この命をヤルヴァではなく、あなたのために捧げます。どうぞ、お受け取りください」


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