第155話 夢で夢見る… 弐

「それじゃ、あんたら、観念してなにをするんだか言っちまったらどうだい」

「それは勘弁してくだしんす」

「できあがりんしたらぱあっとお渡しいたしんすゆえ」

「梅、あんたが「ぱあっと」なんて言うと不思議な感じだねえ。ずいぶん明るくなったもんだ」

「山吹どんのおかげでありんす! どのような困難もにっこり笑って乗り越えて来なんした山吹どんを見ておりんしたら、わっちらもそうなりたいと。のう、桜姉さん」

「あい! 山吹どんはもはや、わっちらを拾ってくだすっただけの恩人ではありんせん。わっちらの行く末も見せてくれたお方でありんす」

「だ、そうだよ。ほら、山吹、にっこり笑いな。この子らとあたしがなにを用意してもいつもみたいに笑い飛ばすんだよ」

「笑い飛ばすなぞ、言葉が悪い。わっちは桜と梅にそたあことはしませんえ」

「あたしはもともと口が悪いんだよ。それじゃあ、なにもしないんなら三人とも座敷に帰んな。もうすぐ夜見世だよ」


 お内儀さんに手でしっしっと散らされて、あたしたちは自分の座敷に帰った。

 それからは特になにもなかったけれど……あたしの胸の中は、その晩ずっと、ほんわかとしたものでいっぱいだった。


 そしたまたたく間に時間は過ぎ――。

 ついに、その日が来た。

 あたしが花魁道中をする――巳千歳での務めの最後の日。

 呼出昼三になったあたしを揚げるのは、もちろん土屋さまだ。嬉しいとか楽しみとかいろんな感情でどきどきする心臓を押さえながら、あたしは道中の準備をする。

 今日のためにきっちり結い直した伊達兵庫に挿さるのは、桔梗とわけあった友情の珊瑚の玉かんざし。それに、式部さんのくれた銀のびらびらかんざし。両方を一度に装備するのは初めてで、これマジで背筋が伸びる。

 式部さん、元気にされてるかな……? 引退をお知らせするお手紙には「思い出の君へ」ってお返事をくれたけど……あんなに気持ちのいい人なかなかいないから、大丈夫だよね。

 櫛はもちろん、清右衛門さんの残してくれた青海波の柘植の櫛。青海波の模様が今日の良き日にぴったりじゃね?と自画自賛。

 ああもう、髪だけで思い出がいっぱいで、あたしの喉のあたりがきゅうっとする。我ながら、素敵な人にいっぱい出会えたね。


「それに……」


 おたいさんの婚礼の日の予告通りに徳之進さんのところから来た、鶴の柄の仕掛けと亀甲紋の俎板帯。鶴亀のめでたいコンビはもう滅茶苦茶すごい立派だ。さすが幕府クオリティ。

 しっとりと錆びた赤の絹地には、どん!と分厚く刺繍された鶴が舞っている。その下には小さな鳥籠の刺繍もしてあって……「心変わりがあればこの籠にいつでも来い」って、行きませんから! うち、推しに一途なんで!

 でも……ありがたいな。土屋さまを選ぶって言ったあたしに、徳之進さんはなんの文句も言わず、ただ「めでたし」と言っただけだった。

 徳之進さんがそんなことしないとは思ってたけど……すこし不安だったんだ。徳之進さんが自分の権力を利用して、土屋さまに不利なことをするんじゃないかって。でも徳之進さんはそんなちっちゃな人じゃなかった。ただいっこ頼まれたのは、自分のプレゼントした仕掛と帯を道中で身に着けてほしいとだけ。思い出にするからって。

 ……こんな風に祝福されるの、ヤバい、ちょっと涙が出そう。つか、最近、涙もろくて困っちゃうよ。マジで嬉しいことが多すぎて……。

 そしてあたしは座敷の中をぐるりと見まわす。

 この部屋の中も思い出がいっぱいだ。

 取り組みに勝てるようになった玄太夫さんの手形の色紙、お化け騒ぎのおゆうちゃんがお礼にと仕立ててくれた長襦袢。

 黒頭巾ちゃんもお手紙をくれたっけ。あのあと二度とみせに来なかった黒頭巾ちゃん、偉いぞ。いつもみたいに突然現れた虎吉さんは「二度目の勝負をする前にいなくなるのかい。じゃああたしの勝ちだ」って笑ってたけど、去り際に綺麗な匂い袋をくれたね。袋の柄は忘れな草で……忘れるわけないじゃん! 日本のどこにいても、虎吉さんのこと。

 あたしは背筋を伸ばす。

 小太鼓先生が瓦版をまいてくれたおかげで、今日の吉原には知り合い以外にもたくさんの人が集まってる。

 その人たちにもサイコーにかっこいいところ見せないとね。

 吉原ってこんなにすごいんだぞって!

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