第154話 夢で夢見る… 壱
そんな日からしばらくたって。
あたしはお内儀さんがいつも座っている内所にいた。
「それで山吹、これはうちの預かりってことでいいのかい?」
お内儀さんが純金の火掻き棒を前にしてあたしに聞く。
「あい。わっちの夢の足しにしたく……」
「安心しな。売り払ったりなんて天地神明に誓ってもしないからね。あんたっていう名物お職のいたしるし、巳千歳が廃業するまで飾っておくよ。ほかの品もいい伝手をたどって……」
「ありがとさんでござりんす」
あたしは深く頭を下げる。
お殿さまからもらったものを土屋さまのところに持っていくのは自分的になんとなくNGで、でも売り払うなんてこともしたくない。
そこで考えたのが、巳千歳の名物にしてもらうこと。
それをお内儀さんに提案したら、巳千歳でずっと名物として飾ってくれるってこと以外に、質屋さんで預かるみたいに多少のお金は払ってくれるって、あたし的にめちゃくちゃ嬉しい回答までもらえて……。
だってあたしの夢――嫁入りと自分の夢を両立させる――のためには、ぶっちゃけそれなりのお金もいるから。
「それにしてもねえ……金は邪魔にならないってのに、こんなに意地を通す娘ははじめて見たよ。土屋さまとやらも果報者さ」
「わっちから意地を取ったらなにも残りませんえ」
そう。あたしの意地は、自分で自分を身請けすること! いままで貯めたお金や贈り物の数々があれば、厳しいけれどなんとかできないことじゃない。
土屋さまはあたしを落籍するって言ってたけど、あたしは土屋さまとは最後までお金の絡まない関係でいたかったんだ。
だって、あたしがしてるのは、お仕事じゃなくて恋だから。自分で自分の身請けをして、その自由な体で土屋さまのところに行くの。
それって最高の吉原からのあがり方じゃない?
自分のことは自分で!があたしのポリシーだしね。
その代わり、お内儀さんには一つだけ我儘を聞いて貰った。土屋さまのところに行く前の最後の一日だけ、あたしは呼出昼三に格上げしてもらうんだ。
呼出昼三は、江戸後期のこの時代で花魁道中ができる唯一にして最高の階級。あたしも江戸に来てはじめのころは、問答無用でそれを目指して頑張ってた。でも、土屋さまの事情を聞いてすこし気持ちが変わって……。結局、あたしは今までそのいっこ下の見世昼三のままだった。
でもあたしの夢は吉原ナンバーワンになること。恋とかいろんなこと考えても、やっぱりそれは譲れない。したら、どっちも手に入れるのがあたしじゃん!
あたしが自分で自分を身請けする日、土屋さまも巳千歳に来る。
だから、そのときに――最初で最後の花魁道中、土屋さまに捧げます!
これがあたしの考えた、夢と現実の両立。ナンバーワンになりながら、幸せなお嫁さんにもなるやり方……!
「なにをそんなに嬉しそうに……。あたしゃあさっぱりあんたの考えがわからないね。大事なのは大判、小判!」
「それにまことの人好く心」
「まったく、ああ言えばこう言う。口の減らない娘だよ。それじゃああんたが呼出昼三になる祝いもその日にやるとして……。戻ってくるんじゃないよ、山吹。この火掻き棒、あんたに返すのは業腹だからね」
お内儀さんがいつものむっつり不機嫌そうな顔で言う。
でももうあたしには、その奥にあるものがわかってる。
あたしの夢に協力してくれて、ありがとう、まあむ ふらわあ。
あたしが内所から出てくると、廊下の角からひょこっと顔を出していた桜と梅と目が合う。
「あれ」
「あれ!」
すると、もぐら叩きみたいに二人の頭が引っ込んだ。
え、ちょ!
「お待ち! 二人とも!」
思わず小走りになったあたしは、逃げる二人の襟首をぐいっと捕まえる。
「なにをしておりんす!」
「申し訳ござんせん~!」
「謝らなくてもようござんす。それより、なぜわっちの顔を見て逃げなんした」
「それは……」
「その……」
「二人とも、もう言っちまいな」
顔を見合わせてもごもご言っている二人の前に、あいかわらず不機嫌そうなお内儀さんが顔を出した。
「でも……」
「どうで山吹を出し抜くことなんかできないよ。諦めな」
「わっちら……」
「桔梗だって椿だってわかってくれるだろうさ、牡丹もね」
……なんの話?
「さよでおりんしょうか……」
「さよだよ。さよさよ。ほれ」
あたしを完全に置いてきぼりにして、なんだか話が進んでいく。
「されど、どうしても、わっちら山吹どんを驚かせとうて」
「でももなにも無理なもんは無理さね。ほら、山吹も頓狂な顔で見てるよ。めでたいことなんだし、いいじゃあないか」
「あい……」
「わかりんした……」
いや、三人がわかってもあたしはさっぱりわからないよ。
……マジでなんなん、これ?
「山吹どん、わっちら」
はい。
「山吹どんの婚礼祝いを準備しておりんした……」
「桔梗花魁や椿もともにしたいとのことで、あ、ぼた……おたいさんも」
「ついでにあたしもね」
お内儀さんの言葉にこくこくと桜と梅がうなずく。
あたしといえば、そのセンテンスたちが脳に届くまでしばらく時間がかかっていた。
……え?
…………ええええ!!
あたしは自分のわがままを通して勤めを辞めるから、そんなん全然期待してなかった。
てゆか、思ってもなかった。
それが、そんな、みんなに。
……どうしよう、嬉しいよ。本当に……嬉しい。
「や、山吹どん、どこか痛うおりんすか?」
「余計なこととお怒りでござんしょうか」
「馬鹿だねえ、二人とも。察してやんな。山吹はね……喜んでるんだよ」
はい、お内儀さん。言う通りです。
あたしは自分が満足する道をまっすぐに歩いてきた。
障害は自力で取り除いてきた。そして、最後は自分なりのやり方で土屋さまのところに行く。
こんな風に、最後まで我を張るあたしに、こうやってみんなが寄り添ってくれるなんて……。自分で自分を身請けなんて、面倒かけたお内儀さんまで……。
「ああもう、泣くんじゃないよ、鬱陶しい。泣くのはここを出る日だけにしな。桜と梅も気にするよ。まったく、あたしがあんたをいじめてるみたいじゃないか」
お内儀さんの手がぽんぽんとあたしの背を叩く。
それが妙に暖かくて、あたしはしばらくその場に立ち尽くしていた。
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