第135話 華燭ノ典狂騒曲 番外

 ざわざわと楽しい感じの喧騒。

 その中であたしは、チェスターさんと牡丹さんがあたしの作ったウェディングケーキを切り分けていくのを、どきどきしながら見守っていた。

 チェスターさんはイギリスの伝統を守ったスタイルのケーキをすごく喜んでくれたし、「なんだいありゃあ」って言ってたお内儀さんたちには、「お正月のお餅みたいな縁起物」って伝えたら、「確かに白いねえ」って納得してくれたし、あとはみんなで食べるだけ!

 ざく、ざくと大胆に切り分けられたケーキのピースが、お皿に載せられる。

 甘いものの好きな桜と梅が歓声を上げた。

 お内儀さんと親父さんはいぶかしげな顔でくんくんと匂いを嗅いでる。……大丈夫だってー!


『ワオ! これはバターの味がしますね、懐かしい!』

『ウェディングケーキくらいはバターがありんせねばの。いつもは無理ですえ』

『わかっています。今日は特別な日!』


 嬉しそうにウインクするロッコさん。

 右手にケーキのお皿、左手にはワイングラス……器用だなー。


『ヤマブキ、私の友のためにありがとう。あなたは本当に素晴らしい人です。……あなたを連れて帰れたらいいのに』

『ロッコ殿?』

『でも、あなたの中にはもう誰かが住んでいます。私にもそれくらいはわかりますよ。せめて、あなたの幸せを祈ります――』


 すごく切なそうな目で見つめられて、あたしの鼓動が早くなる。心拍数、ヤバい。なんでこんなときだけ真面目なんなん? ずるいよ……。

 てか、あたしの中にもう誰かが住んでる? 誰のこと? 自分でもわかりそうでわからない答え、ロッコさんには見えてるんだろうか。そんなに、バレバレなんだろうか。たとえば、あたしが牡丹さんみたいに誰かの横に立つ未来……。


『さて、チェスターを冷やかしてきましょう。それでは、また』


 ロッコさんが去っていく。

 それと入れ替わるように、桔梗があたしの隣に来る。

 縁起のいい宝尽くしの模様の染め抜かれた、とっても華やかな柄の仕掛が良く似合ってる。


「これがエゲレス流の婚礼でござんすか」

「エゲレスそのものではござんせんが、よう似ておりんすよ」

「さよでありんすか」


 そして、ちょっと困った顔で手の中のブーケに目をやった。


「これを手にしたものが次の嫁御寮になりんすとか。まことでありんしょうか」

「エゲレスではそう言われておりんす」

「……ということは、わっちが……」


 桔梗の顔がほわんと赤くなった。


「あれ、心当たりがござんすか?」


 冗談ぽく聞いてみると、桔梗の頬がますます赤くなる。


「心当たりというほどでもござんせんが……まったくない話でも……ありんせん……」


 桔梗の言葉の語尾がどんどん小さな音になっていく。

 えー、マジ?! 桔梗にそんな人が? 

 思わずその横顔をじっと見ると、桔梗が目を伏せる。


「山吹殿には……またのちほど改めて……」

「あい。待っておりんすえ」


 なんだか、あたしは桔梗の肩を抱きたい気分になった。

 桔梗も恋、かあ……。

 牡丹さんが結婚したように、みんな一か所で立ち止まってたりはしてないんだね。

 あたしだって前に進むのをやめたつもりはないんだけど、今よりすこし歩数増やさなきゃかなあ……。でも、具体的には? ナンバーワン? それとも……?

 そんなことを考えていたら、椿ちゃんに料理をとってあげると言って、桔梗が足早に立ち去る。完璧照れ隠しだ。

 でも、とりまあたしもワインでも飲もうかな、そう思ったときに声をかけてきたのは……。


「あ、ぼた……いな、おたいさん」

「今日はありがとうござりんしたぁ」


 チェスターさんと並んでいた牡丹さん、本名おたいさんが頭を下げ……「あ」と口を押えた。


「まぁだ廓言葉が抜けません」

「仕様がないことでありんすよ。長う使っておりんしたから」

「おいおい抜けていきんしょ……あれ、またぁ」

「大丈夫、ゆっくり」


 チェスターさんがおたいさんの背中を撫でる。

 おたいさんが微笑んだ。

 牡丹という華やかな名前のころより、ずっと幸せそうに見えた。


「ゆっくりやればいいです、おたいサン」

「はぁい、旦那さま。山吹花魁、これを。けえきのお裾分け。中にけえきを入れてあります」


 牡丹さんが小さな木箱を差し出した。

 あたしが徳之進さんに運んでもらった箱だ。

 本当は、式に出られなかった人にこうしてケーキを配るのがイギリス流なんだけど……いつか海外に行ってしまうだろうおたいさんのことを、みんながいつでも思い出せるように、出席者に配る事にしたんだ。


「ありがとう、レディ」


 チェスターさんが手を差し出してくる。

 その手を握り返しながらあたしは答えた。


「エゲレスのやり方とは少々違うやもしやんせんが……」

「でも、いい記念になります」


 チェスターさんが目を細めた。


「ねえ、おたいサン、私、一生、今日を忘れないです。あなたは?」

「わたしも忘れません。旦那さまと添えた日です。……山吹花魁、花魁もきっと幸せになってくださいね」

「あれ、なんと」

「本音でございますよぅ。いつも花魁がたくさん気働きしてくれているのはみんな知っています。そんな花魁が幸せにならないのは駄目です。わたし、旦那さまと待っていますからね。花魁から良い知らせが来るのを」

「そうですね。私もおたいサンと同じ考え、です。レディ、いつかあなたを、祝福させて、ください」

「ほら、ね」


 おたいさんがいたずらっぽくあたしを見る。


「それでは花魁、ほかの人にもけえきを配ってきます。あとで文も書きますよぅ。お元気でいてくださいね」

「今日は楽しんでいってください、レディ」


 そう言いながら、チェスターさんと一緒に歩き出したおたいさんの真っ白なベールが風に舞う。

 それがずごくまぶしくて、あたしは思わず空を見上げた。

 叩いたら音がしそうな鮮やかな青空には、まるでおたいさんのベールみたいな白い雲がたなびいている。

 それはまるで、今日ここにいるすべての人を祝福しているようにも見えた。










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