第111話 異国嫁取物語 弐~伯爵の憂鬱~

「嫁取り……」

「うむ」

「料理をこさえるのはやぶさかではござんせんが、嫁取りについてはロッコ殿たちとわっちで話をしてもようおりんすか。御城でなくなぜわざわざここまで来たのやら、聞いてみとうおりんす」

「もちろんだ。情けないことに私はさっぱり南蛮語がわからぬからな」

「梨木殿はその料理の腕が眼目。言葉なぞに拘泥するのは無理筋でござんすよ。さて――」


 あたしは梨木さんの後ろに黙って行儀よく座っていた大きな体たちに目を向けた。


『ロッコ殿とそのお連れ、まずは頭巾を取りなんし。……ああ、ほんにロッコ殿。久方ぶりでおりんすなあ』

『はい! 麗しいニホンのレディ! また会えて光栄です!』


 頭巾の下からは、茶髪にぐいぐい彫りの深い顔立ちのロッコさんと、金髪に緑の目のある意味わかりやすい外国の人の顔が出てくる。地味だけど、イケメン。


『レディ、こちらは私の親しい友人、ブレイジャー伯爵チェスター・パトリック・ボーヴェンです。世界の学問を教えにイギリスよりこの国に来ました。チェスター、こちらがレディ・ヤマブキ。いつも私が話している通り、才長けた麗人だ。ほら、今日もこんなにも美しいだろう? きみにこの人が紹介できてうれしいよ』

『は、はい。レディ・ヤマブキ、チェスターです。お会いできたことに感謝します』


 お、すごい、正式な紹介じゃん。

 ならあたしの方からも……。


『山吹でありんす。よしなに』


 あたしがそっと右手を差し伸べると、チェスターさんはその指先を取ってうやうやしく握手をした。

 江戸時代って握手の習慣がないから、この感触、久しぶり。


『それでロッコ殿、なぜこたあとこまで来なんした。わっちとチェスター殿を合わせるだけなら御城でもようござんしょう』

『チェスターにあなたのことを話したら、あなたの同僚たちにもぜひ会いたいと! チェスターは本気で妻を探しているんです! あなたのような強く美しく才のある妻を!』


 ……これは、なんてコメントしたらいいんだろう……。

 ニッコニコしたロッコさんの顔を見てると、梨木さんの胃痛があたしにもうつってくる気がする。

 江戸時代で外国人とガチで結婚したい女子って、砂浜で落としたコンタクトを見つける並みに難しいと思うんだけど……。ええー……。


『……ならば同じお国の方から探せばようござんしょう』


 とりあえずあたしが無難な言葉を選んで口に出すと、チェスターさんが首を横に振った。


『い、家どうしのお仕着せの妻は嫌なのです……!そう思っていた折、父からニホンへの赴任を命じられて、このなんのしがらみのない国でなら……と。そして、ロッコからあなたのことをお聞きして……あなたのような方が働く職場なら私が望む妻がいるのではないかと……。そのためにこの国の言葉も覚えました』


 え、マジで?


「こんにちは、ヤマブキさん。私はチェスターです。どうです、か。通じる、でしょうか」


 目の前のいかにもなイギリス人が、つたないなりに日本語を喋るのを聞いて、あたしは一瞬呆気にとられる。


「私は、本気です。私は、あなたの国から、妻を迎えたいの、です」





<注釈>

この時代のヨーロッパでは、女性が握手をするのは正式な紹介をされたときだけでした。







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