第91話 小夜鳴鳥は囀らない 終章
いちばん偉そうなお坊さんが手鏡を持ち上げた。すると、小夜さんの体がびくっと布団の上で跳ねる。
「小夜姫さま!」
北邑さんが慌てて小夜さんの手を握った。
「いかがなされました!」
「苦しい……痛い……灼ける……喉が……胸が……」
小夜さんが枕の上で苦しそうに頭を揺らす。そのせいで乱れた髪が、ばらばらとあたりに散った。
「小夜、小夜!
「おそらくはこの手鏡こそが呪物でございます! いま、呪物があらわになったことで、
「ならば、疾くとなんとかせよ! 御主らは経を読むのが仕事であろう!」
「それは試みておりまする。されどこれだけの力の呪物ならば、呪の芯が見えずば祓えもできず! とにかく一度寺に持ち帰りたき次第にござります」
「たわけたことを申すな! 小夜がこのように苦しんでいるのだぞ! 御主らがせぬなら私が……」
そう言いながら、どんなヤバいことを考えたのか、徳之進さんが控えていた中臈の手から刀を受け取ろうとした。それに、「ちょいと待ちんしな」とあたしは声をかける。
「なんだ。そちがなんと言おうと、私はこの忌々しい代物を……」
「呪いは、かけたお人とかけ方がわかりささんせば、解くことも
「そ、それはもちろん左様ですが」
「ならばわっちに任せなんし。なるほど、この手妻、すっかり種がわかりんした」
ええ?という顔をしているお坊さんの手から、あたしは手鏡をそっととる。
この手鏡を最初の見たときの違和感の種。
念のため、手鏡に自分の顔を写してみる。ちゃんと写る。
きっと小夜さんも兵吾さんを想って、何度もここに顔をのぞかせたはず。そして、その気持ちが利用された。
あたしは、その場で立ち上がり、鏡を通して日の光が壁に反射するように動かす。
「なにやってんの?」みたいにまわりがちょっとざわついたけど気にしない。
ほら、あそこに真実が浮かび上がった__!
ただ屋外の光を中継して壁を明るくするはずだったはずの鏡。確かにそれは、部屋の壁に光を落とした。でも、それ以上に異様なものを壁に浮かび上がらせていた。光の輪の中にできたくっきりとした黒い模様は、まるで呪符だ……!
「これは……!」
徳之進さんが膝立ちになる。お坊さんが、しゅばしゅばって、壁に向かってかっこよく印を結んだ。
「
「なんということだ……安心院の刀自がまことに呪を……」
「そして、呪は壊せばかけた者に帰りんす。万が一帰ることがなさしんすとも、呪は器を壊した者に移りささんすとか」
そう言いながら、あたしは鏡を持ったまま、縁側へと移る。
そして__鏡を地面に投げつける!
「なんぞあればわっちに来なんし! 器はわっちが壊しんす!」
あたしの声に呼応するように、ぼごん、と普通の鏡が割れるのとは全然違う、ど低音があたりに響く。
内側から爆発したみたいに鏡が中心から真っ二つに割れる。そこからゆるゆらと陽炎みたいなのが立ちのぼる。その半透明の塊を見たとき、ずん、と耳の上あたりに嫌な痛みが走った。
そのせいで揺れそうになる体をまっすぐにしながら、あたしは庭にうずくまった半透明の『なにか』に叫ぶ。
負けるもんか、負けるもんか、こんなものに。
「__鉄火の山吹、お舐めでないよッ!」
<注>
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