ナンバーワンキャバ嬢、江戸時代の花魁と体が入れ替わったので、江戸でもナンバーワンを目指してみる~歴女で元ヤンは無敵です~【書籍化:江戸の花魁と入れ替わったので、花街の頂点を目指してみる1~3巻】
第64話 へちりあ人はへちりあ料理をご所望です 弐
第64話 へちりあ人はへちりあ料理をご所望です 弐
「山吹殿、なんとか膳部は説得した……」
なんだか前よりやつれた梨木さんがよろよろと巳千歳に現れる。
「あれ、ご苦労さんでござりんす。まあ恋秘でも飲みなんし」
「まこと苦労であった……。膳部に
「胃の腑の悪い方でもこの恋秘は害はありんせん。さ、砂糖をたんと入れて飲んで息をつきんしな」
「すまぬ。礼を言う」
お砂糖たっぷりあまあまたんぽぽコーヒーに口を付けて、梨木さんははふーと息をついた。
「さて、頼まれた材料も用意したが……これが本当に料理になるのか?」
「あい。よう揃えてくんなんしたなあ。随分と
「うむ。それぞれ値も張ったが、何より……」
「四つ足」
「わかっておられて頼んだのか。人が悪い」
「へちりあ料理なぞという謎かけをなさるからでありんすよ。それにわっちもこさえ方こそ知ってはいても、こさえたことのない料理の方が多うござんす。心もとないのはわっちも同じ。ならば少しは梨木殿にも立ち煩うていただけねば割にあいんせん」
「今巴とは恐ろしきものよ……。しかし、このように薬ばかり集めて、へちりあは薬を
「薬ではのうてスパイスでござんすよ」
「すぱいす?」
「アルデンテと同じようなもの。
「よくわからぬが……」
もういい。もうどうでもいいから帰りたい、と顔にでかでかと書いてある梨木さんの袖を、あたしはつかんで引き寄せる。
「ああ、梨木殿、帰っちゃあなりんせん」
梨木さんの顔がさあっと青くなり、右手が胃を押さえた。
「なにゆえ?!
「されど、いつもいつもわっちらがお上に参るわけにはいきやんせん。梨木殿にはへちりあ料理の大元を覚えていただきささんす。さすればへちりあが騒いだ時にわっちらがおらんせんでも膳部の皆様方で機嫌を直すことができんしょう」
「それはその通りだが……」
「ゆえに梨木殿には今から
梨木さんは、青い顔のまま、ゆっくりうなずいた。
※※※
あ、江戸時代でイタリアンなんて無理って思う?
ならあまーい!
梨木さんが帰ったあと、うち、いろいろな本で調べたんだよね。したら伝統的なシチリア料理に足りないのは、江戸時代ではピーマンだけ!
つか江戸時代にオリーブ油があるのにはマジビビりました。
南蛮貿易、すげい。
でもピーマンは超大事だからすごい悩んで悩んで……だってピーマンがないとシチリア料理の基本のカポナータができないし!
初めはピーマンにちょっと似た感じの万願寺唐辛子を代用品にしようかと思ってたんだけど、この時代にはまだ万願寺唐辛子が存在しなくてあたしは頭を抱えてた。
でもどこにでも救いの神っていうのはいるもので___。
京から来たお客様の差し入れが、江戸ではなかなか手に入らないめずらしい野菜、
甘い唐辛子を食べてみなはれ、みなはれ、江戸にはこないなものあらしまへんやろってうるさいから、その場で飯炊きさんに素焼きにしてもらって食べてみたら……ピーマン!微妙だけどピーマン!
もーマジ感謝。すみません。いつも京の自慢ばっかして、試してみなはれ、食べてみなはれってしつこいから、みなはれさんなんてあだ名付けて。
でも、よし、これで材料は揃った。
あとは梨木さんと桜と梅と一緒に試作をして……。
だけど大丈夫かな、この人。
あたしは目の前で胃を押さえながらコーヒーを飲んでいる梨木さんを見て、ちょっと不安になった。
実は……練習できない一発勝負の料理があるなんて……まだ言ってないんだよね。
梨木さんの胃、持つかなあ……。
<注>
膳部:ここでは将軍の食事を作る料理人のこと。たくさんいます。
四つ足:ここでは牛のこと。基本的に江戸時代には牛や牛乳を口にする習慣はなく、食用牛を大々的に飼育し将軍や大名に出荷していたのは彦根藩だけでした。牛乳や牛肉を口にすると足が四本になるという偏見もありました。
万願寺唐辛子:青唐辛子を巨大化させたような形の野菜。ただし辛みのあるものはほとんどなく、ピーマンにも似た独特の味わいがあり、唐辛子みそにすると最高においしいです。江戸時代にはピーマンと同じく日本に存在しません。
伏見甘長唐辛子:基本的には万願寺唐辛子と似たようなもの。ただし現代では京都の地場野菜となっており、万願寺唐辛子より手に入れるのは困難です。江戸時代以前から日本に存在します。
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