第10話 山吹対桔梗の巻 壱

 さて、結論を先に言うとあたしの種痘は成功しました。


 推しへの愛は国指定第一種伝染病より強いッ!!強すぎるッ!


 最愛とは最強ッッ!!


 ……てのは冗談だけど、まードキドキもしたし「桜と梅に何か残したい」なんてあたしらしくもない覚悟もしたのは事実。


 だから種痘成功のしるしの善感が出たときはマジほっとした。体の力が抜けた。


 つかもしかしたらこれであたしが江戸時代最初の種痘成功者ってマ?!今江戸歴何年?!

 歴史の教科書に名前残っちゃうじゃん!あ、そのときは推しの名前の近くにお願いします!


 ちゅーわけで、十二日ぶりに帰ってきました。

 これからあたしが働く廓、巳千歳みちとせに。


「おや、山吹どん、随分顔色がようおりんすなあ」


 部屋に戻るために桜と梅を連れて廊下を歩いていると、華やかな顔立ちの女が口だけで笑う。

 その唐織の豪華なだらりの帯に染め抜かれてるのは鮮やかな桔梗柄。


 あー、こいつがあたしのライバルで性悪の桔梗花魁かあ。


 てことは今のはイヤミだな。


 寮にわざわざ出養生でようじょうしたのになんか元気そうじゃね?おまえ仮病じゃね?っていう。


 キャバにもいたなあ、こういうヤツ。表面はニコニコ優しいんだけど、いざとなると足を引っ張って、指名と同伴取るためにはどんな手でも使う女。


 あたしはそういう嬢がいちばん嫌いだったけどね。


 戦うんなら正々堂々とど真ん中ぶち抜くのが筋じゃねぇか……て、ヤバ、頭がヤンキーになってる。


 落ち着け。あたしは花魁。江戸のアイドルで男たちの憧れ。


「それはありがとうござりんした。客の前で蒼い顔など見せるのは恥でおりんすからなあ」


 そう言って桔梗の横をすり抜けようとしたあと、あたしは振り向いて、史上最高の笑顔で笑ってやる。


「ああ、ご挨拶遅れんした。桔梗どんも息災そうでなによりでありんすえ」




                ※※※




「胸がすく思いでありんした!」


 桜がキラキラした目であたしを見る。


「流石はわっちらの山吹花魁でござんす!」

「桜姉さん、声が大きゅうござんすよ」


 梅がことりとあたしの前に茶托に乗った茶碗を置いてくれる。


 あー!おいしー!なにも心配しないで飲むお茶マジおいしー!


「おいらたちの山吹どんにあのような言い様、それを気風きっぷようかわす山吹どん。

 巳千歳に山吹ありと言われんすのもようわかりんす」

「ほんにほんに、桜姉さん。

山吹どんが芸事を見直すなど言いささんしたので心配しておりんしたが、何もお変わりなく安堵いたしんした」

「その上わっちらにも優しゅう唄を教えてくんなんして……桔梗花魁の禿かむろなら、このような厚情受けることはできささんす」

「わっちらは果報者でありんすなあ」


 話ながら、しばらく部屋を離れていたので着物の虫干しなんかを始めてくれちゃった梅の口から絞り出すような声が漏れる。


「……桔梗……!」

「なんぞありんしたかえ」


 聞くと、キッと梅が振り向く。


 こんな顔の梅を見るのは初めてだった。


「山吹どんの仕掛に墨が……!」


 梅は、衣桁にかけようとしていた緋色の仕掛けを手に持ち立ち尽くしてる。


 ああ、確かに。

 裾のふきのあたりに跳ね上げたように何か所も濃墨こずみの汚れが散っている。


「このようなことをなしんすのは桔梗しかおらんせん。山吹どんが留守にささんしたからと言ってあんまり卑怯でありんす」

「なに、この程度、洗濯屋に頼みんすばすぐ墨を抜いてくだしんす。……何もあかしのないこと。悔しゅうてもこらえるのがここはようござんす。わかりんしたか」

「間に合いませぬ。お忘れでおりんすか。この仕掛は山吹どんの馴染の筆屋伊兵衛さまが贈りんしたもの。山吹どんのお帰りを待ちかねんした伊兵衛さまは、明日登楼すると遣り手に聞きんした」


 あたしは心の中で舌打ちした。


 やってくれたねえ……桔梗。


 でもあたしは負けないよ。鉄火のアンナの意地、見せてやろうじゃないか!







<注>

善感:種痘が成功した際に接種部位に発生するはっきりした接種のあと。

だらりの帯:遊女が締めていた背部で結ぶのではなく胸前あたりで結び、だらりと長く垂らした帯のこと。遊女以外にも家事などを自分でやらなくてもいい身分の高い女性が締めていました。

指名:現代の水商売言葉。客が水商売従業者を「あの子がいい」と名指しで指名すること。場内指名、本指名などありますがここでは省きます。売り上げに直結するため、同伴と同じくノルマがあるお店が多いです。

仕掛:太夫や花魁が着る打掛のこと。

裾のふき:仕掛の裾に綿などを入れてふっくらさせた部分のこと。

洗濯屋:染み抜き屋はこう呼ばれていました。江戸時代は着物全体を選択する洗い張り屋(着物を全解体してすべての部分を洗う。現代のクリーニング屋に近い)と染み抜き専門の洗濯屋がありました。洗濯屋で手におえないものが洗い張り屋に行くことが多かったようです。

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