上京物語


「メロンください」

お前は言った

「うるせえ」

おれは言った

おれは八百屋だ

その息子だった

客がメロンを欲しがっていた

だがそんなことを言いたい気分だったのだ

気分

そいつに支配されたらこの世界は終わりだ

空は晴れていた

(おれの一生はこんなことをやって終わるのか………)

ふとそう思った

おれは本当の自分自身を探す旅に出ることにした

道を歩いた

迷った

おれは角を曲がってみることにした

爆笑している人がいた

「大丈夫ですか?」

尋ねた

その人は爆笑することをやめなかった

そのまま死ぬのかと思われた

おれは薄気味が悪いのでその場から立ち去ることにした

(あいつは野菜の仲間だ)

そう思った

自分の知っている範疇でしか物事を測ることが出来なかった

電車に乗って街へ出てみることにした

人工的に作られたおむすびが店先に並べられていた

さすがは都会だなと感心した

自分がちっぽけな八百屋の息子であることも忘れときめくような恋をしたいと強く願った

「きみにぞっこんですから、ぼかあ………」

そのような口説き文句を考案し頭の中で何度も反芻しながら路上をうろうろとした

股間が不気味に膨れ上がっていた

夕日が沈む頃に逮捕された

結局、元の八百屋へと強制送還された

「バナナください」

うるせえええええええええっ


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