第52話 造船(笹舟)
「ちょっと、アルム何時まで休んでるのよ」
漸く休めると思って横になろうとしたら、ずぶ濡れになった皆がこちらに近づいて来た。
どれだけ激しい水の掛け合いをしたのか、濡れていない部分を探す方が難しい程全身ずぶ濡れになっていて、濡れていないこちらとしては余り近寄ってほしくない。
「くちゅっ」
「あーあー、ミミ拭いてやるからちょっとこっち来いよ」
「うんっ!」
川の冷たい水で冷えたのか、ミミが可愛らしいクシャミをする。
それを世話するエリザはなんだかんだ面倒見がいい。特に年下のミミには優しい傾向にある。いつもキツイ言い回しをするけど、行動そのものは面倒見の良い姐さんといった感じだ。
「あー、僕まだ休んでないんだけど……」
「何言ってるのよ。十分休む時間はあったでしょ。みんな揃わないと楽しめないじゃないっ」
一遊びしてきたとは言っても、まだまだ元気が有り余っているようで、他の面々も催促するような視線を向けてくる。
どうやら休憩はお預けのようだ。
「はい、はい、分かったよ。それで、何して遊ぶの?」
「そうねー……ちょっと身体が冷えたから、濡れない遊びが良いわね」
「んー、じゃあ石切でもする?」
「えー、そんなの村でも出来るじゃない。ここでしかできない事をしましょ」
我儘なお姫様は考えをこちらに丸投げするように顎で最速する。
ザントやトムの方を見るも顔を反らされ、こちらに任せっきりだし、ミミとエリザはまだ身体を拭いてるようでそれどころではない。
村は綺麗な湖と隣接しているから、大抵の水遊びは村の近くで経験できる。ここでしかできないという条件は中々に難しい。
「んー……あっ、笹舟レースとかどうかな?」
「「「笹舟レース?」」」
ここで一つの閃きが天より舞い降りた。
先日の筏の輸送があったからだろう。川を下るのは中々スリルがある。流石にそれを皆にやらせるわけにはいかないけど、小さな笹舟であれば、小川の緩い流れでもそれなりに激しい道のりになると思う。
それを皆で競え合えば、結構楽しめると思う。
「それは……楽しそうね!」
「おっ、競争か? いいじゃねーかやろうぜっ」
「ウチもやるー!」
「ぼくも賛成です。負けませんよ」
「あ? 笹舟だって? 漁師の息子に勝てると思うなよ?」
この提案は思いの外好評で、皆賛成らしい。
湖でも笹舟を浮かす事は出来るけど、流れの無い湖ではレースをして遊ぶ事は出来ない、だからこの提案は『ここでしか出来ない』遊びとして合格だったらしい。
「そうと決まれば早速作りましょ。そうね、レース開始までどんな笹舟を作ったかは秘密にしましょうか。その方が面白そうだわ」
「いいなそれっ。アタイが凄いの作ってやるよ」
「自由に作れるなら、俺に相応しい舟ができそうだな」
乗り気な皆は、それぞれの笹舟を作る為に散り散りに分かれる。
この辺りは植生が豊かなので、川原の近くには単に笹と言っても色々な種類がある。僕が筏の作成に使用した比較的笹の小さなものから、節の部分よりも笹の方が大きなものまで、より取り見取りだ。
まずはどんな笹があるのか調査する処から始めなければならない。勝つためには素材の厳選が重用だ。笹舟に適した素材を選ばないと、小川の流れに抗うことなく沈んでしまう。
「あっ、アル君!」
「ん? ああ、ミミはここに居たのか。いい笹はあったか?」
「んー、微妙かも。笹が簡単に裂けちゃって直ぐに崩れちゃう」
ミミが手に持つ笹は、笹全体の水分が少なく柔軟性がない。だから簡単に裂けてしまって、下手をするとレースが始まる前に船が壊れてしまう。
「別の笹を探した方がいいかもね。探せばもっと適した笹があると思うよ」
「うん、今度はあっちの方さがしてみるねっ!」
「おう、頑張れよ」
ミミは僕のアドバイスを聞いて素直に他の笹を探しに行った。レースをする以上、ある程度勝負にならないと面白くない。この程度のアドバイスは構わないだろう。
「さて、僕も探さないとね」
人にアドバイスしてばかりで、自分が負けてしまっては世話が無い。
この森に最も詳しいのは僕だ。既にある程度材料にする笹の種類の目星は付いている。
皆がこの勝負に乗った時点で、僕は有利な状態から試合を始められるのだ。負ける方が難しいかもね。
「おっ、ラッキー一番良い材料ゲット~」
ミミと別れて暫く森をうろついていると、目星を付けていた中でも一番都合がいい笹を見つけた。
背丈は低いが笹が大きく柔軟で、水分を多く含んでいる為粘りがあって裂けにくい。笹舟とするなら理想的な笹だ。
「後は一番良いのを選んで……おっ、立派でどこも枯れてない笹発見!」
笹の種類を選ぶのも重要だが、素材となる笹の厳選も欠かせない。中には虫食いや、枯れ始めている物、それに自然の物なので変な癖がついたものもある。
そういった笹舟に相応しく無い物を取り除き、最も相応しい物を選ぶのが勝つためには重要だ。
「よし、後は慎重に折り曲げて、裂き過ぎないように慎重に——」
笹舟作りはやり直しが利かない。変な所で折癖をつけると、そこから舟が崩壊する切掛けになってしまう。だから寸法を測りながら慎重に組み立てなければならない。
それに、最も重要なのが笹舟を形成する重ねの部分だ。ここを失敗すると、接合部が緩んで形が崩れてしまい、沈んでしまう恐れがある。
それに、今回作ろうとしているのは側面が高くせり上がった箱型の笹舟なので、この接合部を失敗すると簡単に沈んでしまう。最も慎重さを要求される作業となるだろう。
「よしっ、完璧! 後は破かないように慎重に組み立てて……」
折角完璧に折り目や裂け目を作れても、組み立てる時に雑に扱ってしまっては、変な折り目や無駄に裂け目が広がってしまう。
引っ張ったり押さえつけたりするのは厳禁なので、確度を調整しながら徐々に重ね合わせていく。この時、焦って強引に差し込んではいけない。少しずつ少しずつ小刻みに揺すりながら重ねる事で、接合部がピッタリ重なり、ちょっとやそっとじゃ緩まない頑丈な笹舟が出来上がる。
そして、余った部分は舟のバランスを崩す恐れがあるので丁寧に切り取る。当然ここで傷を付けては目も当てられないので、ナイフなど刃物は使わずに何度も折り返す事で、笹を柔らかくして自然に切れるまで焦らず繰り返す。
「もうちょっと……もうちょ、よし! これで完成だっ」
完成した笹舟は、ちょっとやそっとじゃ崩れない頑丈な物が出来上がった。
縁が高く、底を緩やかに湾曲させることで安定した姿勢を維持できる。左右のバランスも取れていて、多少の横波を受けてもびくともしない。
ここでも筏を作った時の経験が役に立った。最初の筏はバランスの事なんて考えていなかったから、あれ程の失態を犯してしまったのだ。だからこそ、今回の笹舟作りはその辺りに気を配って作成したのだ。
「さて、そろそろ皆出来上がったかな?」
目的の笹を探すのに少し手間取ってしまった。皆もう集まっているかもしれないから急いで戻ると、丁度全員が笹舟を作って戻ってくるところだった。
「丁度良いタイミングね。それじゃあ早速勝負しましょう」
「いいぜ、コースはあっちの沢にしない? 太い川だと勝負が単調になりそうだし」
「いいわね。あの程度の流れに負けちゃうような物は、アタシの笹舟と勝負するのに相応しくないわ」
このエリザの提案に誰も反対しないので、笹舟勝負はいきなり上級者コースから始まる事になった。
このコースは川幅が狭くなったり、何カ所も流れ込みがあって笹舟を用意に脱落させる。そして最も難しいのは、水の流れがぶつかり合ってできる大きな渦巻だ。これに捕らわれては、どんな立派な笹舟でも川底に引き込まれてしまうだろう。
「さあ、みんな勝負よ!」
今ここに、今世紀最大の笹舟レースが幕を開ける。
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