第51話 メイドを世話

「よーし、遊ぶぞー」

「いや、はぁはぁ、ちょ、ちょっと休ませて」


 小川を必死に昇り、力いっぱい舟を押した。

 こちらが必死に舟を押すと舟の揺れは激しさを増し、それに伴い皆の気分が上昇して、更に船首で騒ぐから余計に抵抗が増したので更に力を込めて舟を押す。

 そんな悪循環を繰り返して、なんとか目的の場所まで辿り着けたけど、流石に日々鍛えている僕でもこの重労働は応えた。

 舟に乗っていただけの皆と同じように、直ぐに遊ぶ気にはならない。


「アル君お疲れー?」

「仕方ないわね。最初はアルム抜きで遊びましょ。荷物を置いて、川に入るわよー」


 川原でへばっている僕を置いて、皆は川へと遊びに行ってしまった。少しくらい心配してくれてもいいのに。

 兎に角、体力が戻るまで休ませてもらう。

 それに、家から持って来たカボチャを仕掛ける必要があるので丁度良い。


「あの辺りでいいかな」


 今すぐ休みたい処だけど、カボチャの仕掛けを放置する時間を確保するために、疲れた体に鞭打って仕掛けを用意する。

 まず、このカボチャは頭部に直径10センチの穴と、底に1センチ程の穴が空けてあり、中身は全てくり貫かれている。そして、その側面には小さな穴が無数に開けられていて、大きい方を上にし、その前に餌をカボチャの内側に塗り込んでおく。

 あとは、皆が騒いでいる場所から少し離れた浅瀬に沈めておくだけ。実に簡単な仕掛けだ。


「さーて、ゆっくりお茶でも飲んで……え?」


 上陸地点に戻る間に、上流から流れてきた乾いた流木を薪として集め、周辺の石を集めて簡単な竈を作り、荷物からお茶のセットを取り出そうとすると、皆の荷物の横に、丸く蹲っているコーニャさんがいた。

 それはまるで一つの荷物として擬態するかのように、寧ろ荷物として扱われているように雑な置き方——グロッキー状態で寝かされている。


「ちょ、ちょっと、コーニャさん大丈夫?」

「う、うぅぅ……気持ち、悪い」


 流石に放置するのは忍びないので、一応声を掛けて揺すってみる。

 しかし、軽く揺すられるのも辛いようで、無造作に手で払われてしまった。

 船酔いは、一度酔ってしまうと時間を置くしかない。後は、少しでも気分が改善するようにゆっくり休むしか対処のしようがない。

 後は、少しでも気分が落ち着く様に、リラックス効果のある飲み物でも飲ませるくらいだ。


「まずは休める環境作りか……」


 飲み物を準備するために、まず水を沸かす。

 その間に、少しでも身体が休まるように、周囲の乾いた背丈の高い草を集める。

 そして、それを束ねて並べ、その上に持ち込んだ毛布を敷けば、即席のソファーとなる。こんな時は均等に並べるよりも、必要な所に必要なだけ材料を使うソファーの方が短時間で作れる。

 その間に、先程沸かしておいた水が沸騰していたので、即席ジンジャーティーを淹れる。生姜にはリラックス効果もあるから、船酔いをしているコーニャさんに丁度良いと思う。


「コーニャさん、いつまで蹲っていても良くならないから、こっちにきて座ってね」


 先程から全く動いていないコーニャさんに声を掛けたが、全く動こうとしないので、多少強引に体を抱き上げ、即席ソファーへと案内する。

 昔姉さんに極度の船酔いは命に係わると聞いたことが有るので、もしかしたら状況はあまり良くないのかもしれない。

 取り敢えず、未だ女性の尊厳を守り続けているので、最悪の状況では無いと思うけど、この状態では帰る事が出来ないので早く回復してもらいたい。


「はい、取り敢えずこれを飲んで、少しでも気分を落ち着けて」


 反応の薄いコーニャさんをソファーに座らせた後、先程淹れた暖かいジンジャーティーを手渡す。

 すると、先程まで殆ど無反応だったコーニャさんが、素直にカップを受け取って、それを舐める様に口にした。


「あ、美味しい」

「ジンジャーティーだよ。蜂蜜を少し入れてあるから、そのうち気分が良くなると思うよ」


 生姜にはリラックス効果がある。更に蜂蜜の甘さで心に余裕ができれば回復も早まるだろう。病は気からって言うしね。


「ほっ、ありがとうアルム君」


 ジンジャーティーを半分ほど飲んだところで、少し余裕を取り戻したコーニャさんが顔を上げた。

 まだ少し顔が白いけど、先程の様に死んだ顔はしていない。でも、外面を取り繕う程度には余裕を取り戻したようだ。


「いいですよ。自分の分を用意するついででしたからね。それより、帰りは大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫……の筈です。舟があんなにも辛い物だとは知りませんでした……」


 どもうコーニャさんは今まで舟に乗った事がなかったようで、自分が船酔いに弱い事を知らなかったらしい。

 この村で生活している人で、船に乗った事無い人は珍しいけど、彼女はカレンが産まれた時から世話をしていて、舟に乗る機会が無かったらしい。カレンはお供を連れて出掛けたりしないし、たとえ出掛けるとしてもそれは領都に行くときくらいで、舟に乗ったりはしない。

 だから、彼女自身舟に弱い事を知らずにこれまで生きてこれたとか。


「兎に角、今は安静にして少しでも気分を楽にしてね。ここからなら歩いて帰れない事も無いけど、そうするとカレンとは別々になっちゃうよ?」

「それは駄目です。旦那様とのお約束ですので、カレン様と離れる訳にはまいりません」


 体調を崩していても職務を全うしようとするその姿勢は尊敬するけど、もう少し体を鍛えておいてほしかった。

 カレンのお付なら、これからどんどん外に出る事も増えるだろうに、舟に乗っただけでこんな酷い船酔いを起こしていてはこの先やっていけない。


「だったら、兎に角今は体長を整えてくださいよ。流石に酔ったまま舟には乗せられませんよ」

「うっ……善処します」


 いや、それ果たされないやつだから。

 なんにしても、今は体調を整える事しかできない。こんな設備も何も無い場所では十分な処置ができないから、とにかく安静にして体力の回復を優先してもらいたいものだ。


「今はそれを飲んで、少し寝るといいよ」

「しかし、それではカレン様を監視——見張——お世話できません」


 カレン、なにをやらかしたんだろう? 監視とは穏やかじゃない。言い間違いかな?


「そう言われてもねー。遊ぶのはこの周辺だし、ここからでも見える場所だよ。これなら一応監視してる事になるでしょ?」

「んー……そうですね。一応視界内なら監視は——必要な時にお世話できますね」


 否定はしなかった。やっぱり言い間違えじゃなかったようだ。今日の同行は監視の為だったらしい。

 まあ、頼りないけど大人が見ている意味は大きいのだろう。カレンが何をやらかしたのか知らないけど、今日はそれ程危ない事をする訳じゃないので問題にはならないと思う。


「それじゃゆっくり休んでいてね。一応寝なくても体重を預けて目を閉じているだけでも楽になるだろうから」

「分かりました。申し訳ありませんが少し休ませて貰いますね」


 コーニャさんは一応こちらの提案を受け入れてくれたらしい。

 これで少しでも体力を回復できれば、帰るまでには酔いも冷めているだろう。それに、帰りは流れに任せて進むから、行よりも舟に乗っている時間は短くて済む。

 これで一先ずコーニャさんは大丈夫だろう。

 漸くひと段落したので、やっと自分の休憩に入れる。先程からなんだかんだと肉体労働をしていたので、ちっとも身体が休まらない。

 すっかり冷めてしまったお茶に口を付け、その仄かな甘みを楽しみ、ようやく人心地ついて横になろうとしたら——。


「ちょっと、アルム何時まで休んでるのよ」



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