第31話 動き出す森
静かな森の中を、五つの影が音を立てずに突き進む。
コロニー討伐部隊が進行した時とは違って、走るのと変わらない速度で森の中を駆け抜ける。それだけで、この者達の力量が窺えると言うものだ。
まあ、僕たちなんだけどね。
昨日、ゴモンのおっちゃんに頼み込んで、なんとか一日だけ時間を貰えた。もし、今日中にホブゴブリンを発見、討伐出来なければ、警備隊を動員して事に当たることになっている。
「しかし、アルムはよかったのか?」
「なにが?」
殆ど休憩することなく森の中を移動しているのに、話をする余裕すらある。皆、見事な身体捌きで、体力の消耗を抑える動きを熟知している。
「いや、よくアリス嬢ちゃんの許可が取れたと思ってな」
ああ、そっちの話ですか。確かにこんな危険な事を姉さんは許さないだろう。
「何言ってるんですか。当然黙ってきましたよ」
そう、姉さんに話した日には、確実に止められる。百歩譲って姉さんも同行する事になったかもしれない。でも、今回は森の中を素早く移動する必要がある。前回のコロニー討伐の時に見た動きでは、体力こそあるけど静かに素早く移動するのは姉さんには向かないと分かったので、森に不慣れな姉さんを連れて来る選択肢は無かった。
そうなると、選択肢は一つしかないのだ。
「おいおいおい、戻ったら怒られるんじゃねーのか?」
ゴモンのおっちゃんの意見に、斥候部隊の面々も同じ意見なのか、縦に頭を振る。
姉さんの過保護なところは有名だから、みんな同じ意見なのかもしれない。勿論この予測は正しい。僕は覚悟の上でこの場に居るのだ。
「うん、確実に怒られるね! その時はみんな一緒だよっ」
そう、一人で怒られるのは怖い。でも、皆で怒られたら怖く無いよね。
何だか皆の表情が固まってしまったが、これも村の為と思って受け入れてほしい。何故かゴモンのおっちゃんから表情が抜けて、顔芸で『無』を表現し始めたけど、今から謝罪用の一発芸でも練習しているのだろうか?
「アル君って、結構鬼畜なんだねー」
ケリーさん、僕は素直な良い子ですよ?
*
「はぁ、ここが昨日俺達で絞り込んだ場所だ」
移動で疲れたのか、ゴモンのおっちゃんが溜息混じりに昨日探索を終えた場所に案内してくれた。
そこは、昨日僕が見てきた場所よりも、一段と酷く荒らされた場所だった。
無作為に殴られた木々が、無残な切り口を晒している。この辺りが元の状態に戻るのに、十年の月日は必要だろう。
「どう? アル君なにか分かるかな?」
「んー、破壊後が酷くて特定は難しいね。でも標的はあっちに向かったんだと思う」
昨日の時点で確信が持てなかったけど、ここに来るまでの痕跡と、この場所の痕跡を見て確信が持てた。
ホブゴブリンが森を破壊する時、必ず一定の場所を中心に周囲を破壊しているのだが、一部だけその中心から傷つけたにしては不自然な傷が有る。
おそらくこの不自然な傷は、この場を去る時に付けられたものだ。だから、破壊の中心点と、不自然な傷跡を結んだ直線状にホブゴブリンが向かったと見て間違いない。
「へー、さっすがアル君だねー。よくそんな事がわかるよねー」
「まだ確定じゃないけどね。進んだ先で同じような状態であればほぼ間違いないと思う」
所詮魔物の行動なので、どんな理屈で行われているか分からない。魔物の気分次第で方向を変える可能性もあるから、過信は禁物だ。
「確かに……、その理屈は正しいかもしれん。アル坊が言った方向に僅かだが移動した痕跡があった」
「派手な破壊で惑わされましたが、こんなヒントが隠れてたんですね。被害の大きさに惑わされました」
ゴモンのおっちゃんとジェモさんは、比較的被害の少ない地点を探って、破壊以外の痕跡を追って追跡していたらしい。確かに、通常時であれば適切な対応だが、イレギュラーな事態で一歩引いた見方を求められたりするものだ。
僕の場合、普段相手にしている獣が取らない行動に、焦点を当てて調べていたから辿り着けた答えだと思う。ホブゴブリンの行動は、余りにも衝動的過ぎる。余程、獣の方が賢い動きをするので、本能のままに動く物を想定したら見えてきたのだ。
「何にしろ、これは大きなヒントだ。後を追うぞっ」
「「「了解」」」
「うん」
僕たちは、痕跡を辿って森の奥へと入って行った。
その後も、何度か大きな破壊の後はあったけど、その破壊跡をマッピングしていくと、一定のラインから北へは一度も入っていないのが分かった。
そこは、僕たち狩人が絶対に足を踏み入れてはいけないと教えられる場所で、そこはかなり狂暴な魔物が縄張りにしているとされる場所で、決して縄張りから出てこないけど、一度足を踏み入れると戻ってこれないと言われる危険地帯だ。
当然、誰も戻ってこないので、どんな魔物が縄張りにしているかは分かっていないが、極稀に獣よりも低い唸り声が聞こえることが有るので、その存在は信じられている。
それに、この魔物は危険なだけではなく、他の魔物が南下してくるのを防いでいると言われている。勿論回り込めば移動できるのだが、態々遠回りしてまでこの辺りに進出しようとする既得な魔物は、この季節には居ないので、他の魔物からの防波堤になっているのだ。
「そうなると、次はココかコッチだな」
「そうだね。破壊跡の真新しさから言って、その中間って可能性もあるよ」
それらを加味して、僕たちはついにホブゴブリンの正確な位置を予測できるに至った。
破壊された木の表面が、若干の湿り気を残していて、おそらくこの辺りの破壊が行われたのは、遅くとも今朝方だと判断できる。そこから移動と破壊跡の平均的な距離間から、現在の位置をかなり絞り込めたのだ。
「どうしますー? 二手に分かれますか?」
現在僕たちが取れる行動は三つに絞られている。
一つは、これまで通り痕跡を追っていくこと。二つ目に、確実性は下がるけど、次にホブゴブリンが向かう場所へ先回りすること。そして三つ目に、二手に分かれて、待ち伏せと追跡を続けること。
この三択を迫られている。
一番確実なのは三つ目の選択なのだが、コレが一番危険なので判断しかねているのだ。
「ここで追いつけないと、今日中に討伐するのが難しくなるから、僕は三つ目に一票かな」
「うーん、本来戦力の分散は悪手なんだがなぁ……アル坊の言い分もわかる」
どの選択も一長一短で、リスクとリターンのバランスがとれている。
だが、ホブゴブリンを追う上で、これまで多くの破壊跡を見てきた。そして、これ以上森が破壊されると、たとえホブゴブリンを討伐できても、獣たちが戻ってこれない環境になってしまうので、多少危険は増しても、早期に討伐できる可能性が高い物に賭けたい。
「俺もアルムの意見に賛成です。危険は増しますが、先回りして罠を仕掛けた処に誘導できれば、結果的に安全に討伐できるかもしれません」
そう、この三つ目の選択肢を選ぶもう一つの理由が、こちらに有利な地形で戦闘が行えるからだ。一つ目の選択肢は、遭遇した地点で戦闘になるので、どのような地形で戦闘になるのか運任せなところがある。二つ目の選択肢は、罠を仕掛けられるが、予測が外れればその労力が無駄になる上に、標的を見失いかねない。
だから、リスクとリターンを加味すれば、三つ目が最も理想的だと思う。
「これで二票ですねー。どうしますー?」
全員が選んだ訳ではないが、ゴモンのおっちゃんも、三つ目の選択肢が合理的だと気付いているのだろう。
髪を無造作にかきむしって、決心したのか膝を叩いて、決定を述べる。
「よしっ、俺とケリーで追跡、ミーニャ、ジェモ、それにアル坊で罠を張ってくれ。連絡方法は事前の取り決め通りだ」
「えー!? 私が追跡ですかー?」
「当たり前だ、お前は待ち伏せで気配消せないだろっ。そのめんどくせー癖を直してから言えっ」
「うえー、了解―」
一連のゴブリン騒動、ここで終止符を打つ!
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