第30話 静かなる森

「うーん、これは本格的に原因を突き止めないと拙いかな……」


 僕はソリ滑りならぬ、麻袋滑りの勝利によって手に入れた清掃作業免除を行使して、空いた時間で森へとやって来た。

 ゴブリンのコロニー討伐から数日、未だにゴブリン排除が宣言されることがなく、森に獣たちが戻ってこない。

 通常のゴブリン数匹程度なら、野生の獣にすら負けるので、自然と獣が戻ってきてもいいのだが、ここ数日森から獣の気配が消えたままだ。

 はっきり言って異常事態である。

多くの人間が森の中を移動した事で、一時的に獣が隠れる事は予測されたが、未だに戻ってこないとなると、挙げられる理由としては、未だにこの地に何かしらの脅威が残っていると見て間違いない。

 ゴブリンのコロニー以外の脅威となると、想像もつかないので、今日はその調査も兼ねて、森の様子を見に来たのだが……。


「こんな傷は自然には付かない……よね」


 僕が抱きしめても手が届かないほどの木の幹を、三分の一は削り取るような傷後が付いた木が、至る所に存在する。

 規則性がなく、まるで感情のままに暴れたような、無作為に暴れ回ったような無駄に森を傷つける酷い行いだ。


「これを放置したら、最悪森が無くなりかねないね。何処かに手掛かりが有ればいいんだけど」


 ゴブリンの残党狩りを邪魔しないように、数日森に入るのを控えていたらこのありさまだ。正直、自分の判断が間違っていたのではないかと悔やまれる。

 あまりにも規則性なく暴れまわっているらしく、後を追えるような痕跡をみつけるのが難しい。

 地面にも抉れたような跡が残っていて、こちらは木の幹の傷よりも深刻だったりする。樹木に共通する最も大切な根っこに、甚大な傷を負った木は、最悪切り倒して別の苗木を植えなければならない。

 これは、森と共に生きる僕たちを侮辱するような行為だ。この森一つに、どれだけの生き物が、生かされていると思っているのだろうか。

 獣の類は、決して自分が生きる世界を傷つけたりはしない。だから、こんな行動を取るのは、食物連鎖から外れた存在しかいない。僕が知る限り、そんな存在は魔物くらいだ。

 魔物の中には、自然界との共存をする物もいるけど、ただ破壊を目的とする存在も居ると聞いたことが有るから、これもそういった魔物の行いなのだと思う。


「ふぅ、駄目だね。明日は別の場所を調べてみよう」


 時間が許す限り、辺り一帯を探し回ったけど、犯人を辿る痕跡は見つけられなかった。

 これだけ派手に暴れる存在なら、それなりに足取りを掴める物が見つかると思ったけど、寧ろその暴れっぷりが足取りを掴ませない要因になるらしい。

 正直、森の中の出来事で自分に分からない事なんて無いと、思い上がっていたんだと見せつけられた気がした。

 自然の環境は強いけど、突発的な変化には弱い。長く生き続ける森にとっては一瞬の事なのかもしれないけど、人の一生からすると、もの凄く長い間森が回復するには時間を必要とする。

 なんとしても取り返しがつかなくなる前に、原因の特定と、できれば排除をしたい。

 どうにかして、原因の得的が出来ないかと考えているうちに、村の北門が見える位置まで戻ってきていた。

 ずいぶん考え事をしていたと思って、門に向かおうとすると、後ろから僕を呼ぶ声が聞こえてきた。


「おお、やっぱりアル坊じゃねーか。狩りから戻ったのか?」


 そう言えばゴモンのおっちゃん達、斥候部隊の人がゴブリンの残党を追っていたんだった。


「こんばんは、ゴブリンの残党は討伐できた?」


 僕の質問に、皆の顔に陰りが見える。どうやら余り順調とは言い難いようだ。


「そうだな、ちょっと歩きながら話そうか。——アル坊も森に入ったのなら、あの惨状は見たか」


 ゴモンのおっちゃんが、深刻な面持ちで口を開く。森の惨状とは、あの無作為に付けられた傷の事だろう。


「うん、見てきた。酷かったね。あれじゃ森が駄目になっちゃう」

「ああ、アル坊がどの辺りを見てきたのかはわからねーけど、北に少し深く入った処は、殆どの木々がなぎ倒されていた」


 どうやら、僕が調べていた辺りは、比較的被害の少なかった場所の様で、斥候部隊の人達がここ数日掛けて調べた結果、森の広い範囲で同じような被害にあっているらしく、僕の狩人仲間であるハンスさんが活動している範囲でも被害がでていたらしい。

 それに、ハンスさんが使用している罠も数多く破壊されていたらしく、現在罠の作成で忙しくて狩りに出られない状態らしい。尤も、この異常な状態の森に入るのは危険なので、下手に森に入らなくて正解かもしれない。

 でも、この村の肉を供給する人が、現状全く獲物を取れない状態なので、当分肉不足が続きそうだ。


「ただ、俺達も手をこまねいてた訳じゃねーぞ。散って行ったゴブリンはかなりの数排除できたからな。ただな……」

「ただ?」


 ゴモンのおっちゃんは、何か言いにくそうに一度言葉を切ると、望ましくない現実を伝えてきた。


「逃げたゴブリンの内、一匹が上位種に進化した可能性がある。おそらく森で暴れまわっているのも、そのゴブリンの上位種だ」


 進化——魔物が一定の魔力を吸収することで至る格の上昇。

 通常、魔力を持った存在、魔物や人間を大量に殺した魔物が至る、上位の存在。

 そこに至るまでに、それこそ周辺の生物を虐殺しないと、辿り着けないような常軌を逸した存在。本来、ただのゴブリンが至るなど、天文学的な偶然が必要になるような奇跡だ。


「なんでそんな事に?」


 正直魔物の進化など、国という単位で十年に一度あるかないか。それほど滅多に起こり得ない災害のようなものだ。


「ああ、それがな。どうやら縄張り争いで逃げ延びた魔物に、偶然トドメを刺したらしくてな。大量の魔力を吸収したらしい」


 更に詳しく聞いてみると、森の奥に血まみれの魔物——名をデビルシープと呼ばれる、名前の割に比較的大人しい魔物の無残な死体があり、その傷を調べたところ、数種類の傷跡があったらしく、その中に森を破壊して回っている物と同じような傷が有り、その周辺にゴブリンの上位種の足跡があることから、特定に至ったらしい。

 勿論、ゴブリン単体でデビルシープを殺すなど、天地がひっくり返っても不可能なので、残りの傷から同種の魔物から受けたような、鋭利傷跡を見つけたので、魔物同士の縄張り争いが、最も高い可能性とし残ったらしい。

 このデビルシープがどこから来たかの問題もあるが、目下そのデビルシープにトドメを刺し、進化したであろうゴブリンが最優先。

 幸い、ゴブリンの上位種——ホブゴブリンは、魔物界でも底辺なゴブリンの上位種なだけあって、決して倒せないような存在ではない。

 その怪力こそ脅威になるが、動きは鈍く、攻撃を避けるのは難しくない。ただ、今回は此方の動きを阻害する森の中なので、警備隊のメンバーを連れて行っても戦力になるか怪しく、森の中でも一定の機動力を維持できる斥候部隊で対処する事になったそうだ。

 ただ、毎日のように移動しているらしく、その足取りを追うだけで日が暮れてしまい、又そんな危険な魔物が徘徊する中での野営など自殺行為なので、毎日村に戻ってきているから、未だにその影も掴めていない状態らしい。


「すまん、俺達の力不足だ。ここまで森に被害が出ると、流石に俺達だけで対処できるとは思えない、上には犠牲覚悟で警備隊を動員して貰えるように交渉するつもりだ」


 真面に戦闘できるか分からない者達を連れて行けば、間違いなくこちらに少なくない被害がでる。それに、下手に素人が足を踏み入れれば、森の中で遭難する危険性もある。はっきり言って悪手だとしか思えない。

 それにゴモンのおっちゃん達は、僕よりもある程度ホブゴブリンの現在地を絞り込めているようだ。

 だったら……。


「ねえ、明日僕も連れて行ってくれない?」


 この森を守れずして、父さんの後を継いだなんて言えないよね。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る