第177話 仔猫殿下と、はつ江ばあさん・その二十
はつ江ばあさん一行が、潜入……というには派手な形で、屋上に乗り込んだ頃、村長宅の応接間では……
「あー、緊張てきた……、もう、帰りたい……、いっそのこと帰っちゃおうかな……、いや、さすがにそれはダメか……」
……ダメな方向に吹っ切れようとした魔王が、なんとか思いとどまっていた。
「あ、でも、自動的にある程度のことをこなしてくれる分身に任せれば、あるいは……」
応接間には、現実逃避気味な魔王の独り言が響いた。
まさにそのとき!
「失礼する」
応接間のドアがガチャリと開き、金色のフードがついたローブを来た青年が、応接間に入ってきた。
「待たせたな」
金ローブは不機嫌そうに席に着くと、魔王をギロリと睨みつけた。
「意気地なしの魔王様が直々に現れるなんて、いったいどんな風の吹き回しだ?」
「あー、えーと、ムツキ君とは一度ちゃんと話しておこうと……」
「ムツキではない! 私は反魔王自由同盟盟主ゴルトだ!」
「あ、うん。ゴルト君ね。それで、君と話をしたくてね」
「ふん。こちらは、お前と話すことなどないのだがな」
ムツキ……、もとい反魔王自由同盟盟主ゴルトは、足を組みながら背もたれに身を預けた。
「まあ、少しくらいなら聞いてやろう」
「それは、どうも。それで、君たち魔界各地で俺を批判するポスター貼ったり、ビラを配ったり、演説したり、ときには盗掘や窃盗をしたり……、他にも色々としてるみたいだよね?」
「ああ。全てはお前の支配から、魔界を解放するためだ」
得意げな表情をしたゴルトの言葉に、魔王は頭をかいた。
「えーとね、俺への批判が出てくるのは構わないし、ゴルト君なり魔界のことを考えてくれるのは、ありがたいことなんだけど……、かなりの件数の苦情が来てるんだよね……」
「苦情?」
「うん。『家に勝手に張り紙を貼られて掃除が大変だった』とか、『しつこくビラを渡そうとしてきて転びそうになった』とか、『突然、大声で演説が始まってビックリした』とか、『屋外の水道を勝手に使われて、水道料金がすごく高くなってた』とか」
「ふん。そんなこと、魔界を救うという大義から比べれば、大したことではないだろう」
「いや、結構無視できない件数になってきたし、この間なんか危うく音楽祭が中止になりかけたし、プルソンのところでは危うく怪我人も出かけたし……。そもそも、数年に一回やってる『まだ任期中だけど、ちょっと早めに引退してもいいかな? アンケート』で、『いいとも!』って回答が一件も来てくれてないのに、魔界を救うとか言われましても、ってかんじだし……」
「黙れ! そんな愚痴を言うために、ここに来たのか!?」
ゴルトはテーブルをドンっと殴りつけた。すると、魔王は目を伏せて深いため息をついた。
「ああ、まあそれも半分くらいはあるけど……、速い話が迷惑行為を止めてくれって言いにきたんだ」
「迷惑行為だと?」
「ああ。ゴルト君は自分の家に勝手にポスターを貼られたり、しつこくビラを配られたり、水道を勝手に使われたり、楽しみにしてたお祭りを邪魔されたりしたら、迷惑だと思わないのかな?」
「それは……」
「それに、まだ大丈夫だけど、このまま君たちが迷惑行為を続ければ、同じ世界から来て真面目に暮らしてる子たちまで、白い目で見られるかもしれないんだよ?」
「う、うるさい! えこひいきされてる奴らのことなんて知るか!」
「えこひいき?」
「そうだ! 魔術の才能もないくせに、愛想だけで周りにチヤホヤされてるんだから、えこひいきに決まってるんだ!」
反魔王自由同盟盟主というキャラも忘れ、ゴルトは顔を真っ赤にして再び机を叩いた。すると、魔王は再び頭をかいた。
「まあ、たしかに魔術の素養がきみよりある子はいないけど……、諸々の報告で高評価を貰ってる子たちは、自分のすべきことを真面目にこなしたり、分からないことがあったら聞いたり調べたりして勉強したり、愛想だけでのしあがってるわけじゃないんだけどな」
魔王はそう言うと、深くため息をついた。
「まあ、コミュニケーションがツラいって気持ちは、ものすごくよく分かるけどな。俺も、基本的には引きこもってたいし」
「引きこもりに同情なんて、されたくない!」
キーキーと喚き立てるムツキの言葉に、魔王はションボリとした表情をうかべた。しかし、小さく咳払いをすると、すぐに真剣な表情になった。
「……ともかく、君たちにこれ以上好き勝手にされてはこまるから、交渉をしたいんだよ。どうすれば、迷惑行為を止めてくれるんだ?」
「なにを分かりきったことを! 我ら反魔王自由同盟に、魔界の統治権を渡せばいいに決まってるだろ!」
「うーん……、君らがマトモな組織なら、政務を引き継いで隠居するってのもありなんだけど……、諸々の調査結果を見るとちょっとね……」
魔王が呆れた様子でそういうと、ゴルトはやや落ち着きを取り戻し、ふん、と鼻を鳴らした。
「それなら仕方ない、シュバルツとグラウからは、まだ安定はしないと報告を受けてはいるが……」
ゴルトはそう言いながら、ローブの懐から「超・魔導機・改」の入力装置を取り出した。
その途端、魔王は大袈裟過ぎるくらいに、ビックリ仰天した表情を浮かべた。
「そ、その素敵なステッキはまさか!? バカなことは止めるんだゴルト君!」
「今さら焦ってももう遅い! 『超・魔導機・改』よ! 私を魔界の支配者にするのだ!」
魔王の駄洒落やら制止やらを無視して、ゴルトは「超・魔導機・改」の入力装置に向かって願いを叫んだ。
まさにそのとき!
ピンポンパンポーン
「ごめんね! そのお願いは叶えられないよ!」
気の抜けるチャイムとともに、やたららと可愛らしい声が響き……
「かわりに、この『超・美味しいキャンディー』をあげるね!」
……虹色の紙に包まれた小さなキャンディが、テーブルにポトリと落ちた。
「お、レインボー味か。いいなー、俺、結構好きなんだよねー」
魔王が心底羨ましそうにそう言うと、ゴルトはまたしても、テーブルを殴りつけた。
「なんで、アメが出てくるんだよ!? 願いが叶いやすく改良したんじゃなかったのか!?」
激昂するゴルトに向かって、魔王は苦笑いを浮かべた。
「いやあ、ごめん、ごめん。さすがに、民たちを傷つける可能性のあるものは放置できなくてね。優秀な別働隊に、修理してもらったんだ」
「ふざけるのも大概にしろ!!」
ゴルトはついに椅子から立ち上がり、地団駄を踏み出した。すると、魔王は深くため息をついた。
「ふざけるのも大概にしろ、か」
魔王はどこかつまらなそうにそう言うや否や、鋭い目つきをゴルトにむけた。
「それは、こちら側の台詞なのだがな」
「え……、っうわぁ!?」
魔王の険しい表情に驚いていたゴルトは、さらに驚愕して叫んだ。
いつのまにか、周囲を無数の魔法陣が取り囲んでいる。
「今までは元の世界で大変な目に遭ったのだから、と大目に見ていたが……」
トーンの低くなった魔王の声とともに、魔法陣がジリジリと熱を帯びていく。
「……さすがに、これ以上の好き勝手を許せば、民たちを傷つけることになりかねん」
「ひっ……」
魔法陣から伝わる熱に、ゴルトは顔を引き攣らせて声を漏らした。
「抵抗もする気も起きなくなる方法で頭を処理すれば、憐れな末端たちの目も覚めるだろう」
「あ……、う……」
「さて、この状況でもまだ、魔界を支配したいだのと戯言を……」
戯言をぬかすか?
と、魔王は尋ねようとした。
まさにそのとき!
「ちょっと待ったぁ!」
大声とともに扉が蹴破られ、焦った表情の銀色ローブが現れた。
そして、銀色ローブの腕には……
「ゴルトに危害を加えるなら、コイツがどうなっても知らんぞ!」
「え……、シーマ!?」
……グッタリとしたシーマ十四世殿下が入った光の檻が抱えられていた。
かくして、旧村長宅には波乱の展開が訪れたのだった。
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