第167話 仔猫殿下と、はつ江ばあさん・その十

 はつ江ばあさん一行が、シーマ十四世殿下の救出に向かった頃、王立博物館の一室では……


「そこまで! でござる!」


「おっけー☆」


 ……耳の母親、ヴェロキラプトルのバービーが臨時修理師採用試験の筆記科目を終えたところだった。ちなみに、試験管は、ふっかふかな柴犬の柴崎五郎左衛門だ。


「それでは、ただ今より解答用紙を回収するでござるよ」


 五郎左衛門はペコリと頭を下げて、いそいそとバービーの席に向かっていった。


「バービー殿、自信の程はいかがでござるか?」


 五郎左衛門の問いに、バービーは得意げな表情で胸を張った。


「ふっふっふ! この位の問題なら、よゆーよゆー♪」


「おお! それは、頼もしいござるな!」


「まあね! この調子で、次の実技試験も、軽くこなしちゃうよ!」


「ふむ! 拙者も応援しておりますゆえ、存分に励むのござるよ!」


「まっかせなさい!」


 かつて拳を交えた二人は、なごやかな会話を繰り広げていた。

 

 まさにそのとき!


「バービーよ、調子はいかがかな?」

「貴女にとっては、簡単すぎたでしょうか?」

「ねえ、ねえ、テスト楽しかった!?」


 試験会場のドアががらりと開いて、パグ、ボクサー、ハスキーの頭を持った鳥足の紳士……、魔界王立博物館館長のナベリウスが姿を現した。


「館長、お疲れさまでござる!」


「あ、ナベっち、お疲れー♪」


「!? ば、バービー殿! 館長に向かって、そのような呼び名は……」


 五郎左衛門がオロオロすると、中央のパグ頭、アハトが苦笑を浮かべた。


「良い良い。上に立つ者としては、親しみやすさも重要だからな」


 アハトの言葉に、向かって右側のハスキー頭、シャロップシュがブンブンと頭を縦に振った。


「うんうん! 兄ちゃんの言うとおりだよ! 俺もちっちゃい子から大人気だし!」


 シャロップシュの言葉に、向かって左側のボクサー頭、シュタインが小さくため息をついた。


「貴方の場合は、もう少し年相応の振る舞いをしてほしいところですが……」


 頭を抱えるシュタインを見て、バービーはケラケラと笑い出した。


「まあまあ、ちっちゃい子に人気があるのは、いいことじゃん! それで、館長たちが直々に会いにくるなんて、どうしたの?」


 問いかけられると、アハトがコホンと咳払いをした。


「ああ。次の試験について、説明に来たのだ」

「次の試験は、少し特殊ですからね」

「本当に受けるかどうか、ちゃんと聞いとこうと思って!」


 ナベリウス一同の言葉に、バービーはキョトンとした表情で、目をパチクリさせた。


「特殊な試験? まあ、二科目めって、実技試験だから、特殊かもしれないけど……、普通の修理師の試験だって同じじゃん?」


 バービーの言葉に、ナベリウス一同はコクリとうなずいた。


「ああ。修理の実技という点に関しては、他の試験と同じだ」

「ただし、今回は修理をお願いするものが、とても特殊なのです」

「そうそう! メチャクチャ特別なの!」


 思わせぶりな言葉に、今度は五郎左衛門が困った表情で首を傾げた。


「特別とは、一体どういうことでござるか?」


「そーそー、もったいぶらないで早く教えてよ!」


 五郎左衛門の言葉にバービーも続くと、ナベリウス一同はコクリとうなずいた。


 そして……


「次の試験内容は、『超・魔導機☆』の修理だ」

「次の試験内容は、『超・魔導機☆』の修理です」

「次の試験内容は、『超・魔導機☆』の修理だよ!」


 ……そこそこの無理難題をしれっと口にした。


「え……、マジ?」


 当然、バービーは困惑し……


「か、館長……、それは無理難題がすぎるのではござらぬか?」


 ……五郎左衛門はオロオロした。


 そんな二人に対して、ナベリウス一同は真面目な表情でコクリとうなずいた。


「うむ。難しい課題だということは、こちらも理解している。だからこそ、今回の試験の願書は、バービーにしか渡さなかったのだ」

「バービーさんの実力は、他の修理師たちと比べても、頭ひとつ抜け出ています」

「だから、きっと、この難題をクリアしてくれると思ったんだ」


「……」


 一同の言葉を受け、バービーは真剣な表情で黙り込んだ。


「バービーよ、引き受けてはもらえぬか?」

「お願いいたします、バービーさん」

「お願い! 君にしか出来ないんだ!」


「……わかった」


 バービーは短く返事をすると、鋭い牙を見せてニヤリと笑った。


「魔界中の博物館の展示品を修理しまくった元怪盗の腕、存分に見せてやろうじゃん!」


 バービーの言葉に、ナベリウス一同は目を輝かせた。


「それはありがたい!」

「バービーさん、まことにありがとうございます!」

「ありがとう! じゃあ、五郎左衛門!」


 不意にシャロップシュから声をかけられ、五郎左衛門は背筋を正した。


「は! なんでありましょうか!?」


「うむ、『超・魔導機☆』は今、少しばかり厄介な場所にあってな」

「バービーさんの護衛をお願いしたいのです」

「五郎左衛門の潜入スキルと戦闘力はうちでも随時だからね!」


「かしこまりましたでござる!」


 元気よく返事をする五郎左衛門を、バービーが肘で軽く小突いた。


「それじゃ、よろしくね、ござる☆」


「任せるでござる! でも、その『ござる』というあだ名は、やめてほしいのでござるよ……」


 室内には、五郎左衛門のちょっとションボリとした声が響いた。

 

 かくして、件の旧カワウソ村には、五郎左衛門とバービーも向かうことになったのだった。

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