第141話 ビックリな一日・その一
暗雲が立ちこめる深紅の空
暗緑色の葉が茂る木々が鬱蒼と茂る大地
生々しい傷口のような深紅色の大河
ここは魔界。
魔のモノ達が住まう禁断の地。
そんな魔界の一角に峨峨と聳える岩山。その頂には、白亜の城が築かれていた。
その城の中では――
「シマちゃんや、ちょっとそこのおたま取っておくれ」
「分かった! はい、これ」
「ありがとうね、シマちゃん。ヤギさんや、このなますの味はどうかね?」
「ああ、ちょうどよく使っているぞ。これなら、ニンジンも美味しく食べられる」
「それならよかっただぁよ!」
――わりとなごやかな、朝食の準備が繰り広げられていた。
クラシカルなメイド服に身を包み、鍋に味噌を溶き入れる老女の名は、森山はつ江。
ときにはしくじることもあったり、ちょっぴり悲しいときもあったりするが、明るく元気ハツラツなばあさんだ。
「はつ江、ピーマンのじゃこ和えもできたぞ!」
そう言いながらミミと尻尾をピンと立てる、バミューダパンツ姿の仔猫は、シーマ十四世殿下。
歩くとピコピコ音がしそうな、可愛らしいサバトラの仔猫だ。
「それじゃあ、あとは俺が盛り付けて運ぶから、シーマは先に席についててくれ」
そう言いながら、小鉢になますを盛り付ける、角の生えた黒服の青年は、当代魔王。
赤銅色の長髪を靡かせながら、全自動ゆで卵むき魔導機とかを作りかねない、人見知りな魔界を統べる王だ。
「分かった、兄貴。ありがとうな」
「ああ、気にするな」
食卓に向かうシーマに向かってコクリとうなずくと、魔王はコンロの前にいるはつ江に声顔を向けた。
「はつ江も、みそ汁ができたら、席についていてくれ」
「ありがとうね、ヤギさん。なら、よそうのはお願いしようかね」
「ああ、分かりました任せてくれ」
魔王の返事に向かってにこりと微笑み、はつ江も食卓に向かっていった。
ほどなくして、魔王も盛り付けた朝食をワゴンに乗せて、食卓へやってきた。そして、皿を並べ終え、自分も席につこうとした。
「さて、じゃあ食事にしよ……」
まさにそのとき!
ピロリピロリ~ピロピロリピロリ~♪
魔王のポケットにしまった通信機から、メロディが流れ出した。
「こんな朝から、一体誰からだ……」
ぼやきながらも、魔王はポケットから猫型の手鏡の形をした通信機をとりだした。そして、画面を見たとたん、眉をひそめた。
「……二人ともすまない、ちょっと席を外すから先に食べててくれ」
「ああ、分かった、兄貴」
「分かっただぁよ。でも、冷めないうちに、戻っておいで」
魔王は二人に向かってコクリとうなずき、通信機を操作しながら席を離れた。
「待たせたな。こんな朝っぱらから、なんの用だ? ……は? お前はまた、そんなことで……」
いつになくフランクな口調で通信をしながら、魔王は台所から出ていった。はつ江とシーマは、その姿を見送ってから顔を合わせた。
「ヤギさんも、朝から忙しそうだぁね」
はつ江の言葉に、シーマは片耳をパタパタさせながら、コクリとうなずいた。
「ああ、そうだな。携帯通信機が開発されてからは、朝早かったり、夜遅かったりする時間に連絡がくることもふえたみたいだ」
「ほうほう。そういや娘も、そんなこと言ってただぁよ。どこの世界も、おんなじなんだねぇ」
はつ江はしみじみとそう言いながら、コクコクとうなずいた。すると、シーマが尻尾の先をクニャリと曲げた。
「そういえば、はつ江の世界だと、音声を電気に変えた通信をしてるんだっけ?」
「そうだぁね、私にゃ詳しいことは分かんねぇけど、電話っていってるから、きっと電気を使ってるはずだぁよ!」
「へー、電話っていうのか。それで、はつ江の世界でも、今は携帯式のやつが主流なのか?」
シーマがたずねると、はつ江はコクリとうなずいた。
「そうだぁよ。でも娘が若い頃くらいまでは、あってもお家に一台だけだったね」
「ふーん。そうだったのか」
「そうだぁよ……、あ」
不意に、はつ江が何かを思いついた表情を浮かべた。
「はつ江!? どうした!? お腹痛くなっちゃったのか!?」
シーマが慌ててたずねると、はつ江はにこりと笑って首を横にふった。
「心配かけて、ごめんねシマちゃん。ちょっと電話について、思い出したことがあるだけだぁよ」
「思い出したこと?」
「そうだぁよ! 昔は電話はお家の中にしかなかったから、相手のおうちがみんなでお出かけしてると……」
はつ江はそこで言葉を止めて、大きく息を吸い込んだ。
そして――
「電話に誰も
――渾身のダジャレを、高らかに言い放った。
「……」
「……」
当然、二人の間には重い沈黙が訪れる。
「まったく、アイツには困ったものだ……、ん?」
沈黙を打ち破ったのは、食卓に戻ってきた魔王だった。
「二人とも……、なんか深妙な顔だけど……、一体どうしたんだ?」
「……ワハハハハ! なんでもねぇだぁよ、ヤギさん!」
「ああ、まったくもって、なんでもないかんじだから、気にしないでくれ……」
はつ江はカラカラと笑いながら、シーマはヒゲをだらりと垂らしながら、魔王の問いに答えた。
「そ、そうか……」
台所には、魔王の腑に落ちないかんじの相槌が響いた。
かくして、仔猫殿下とはつ江ばあさんの朝食には、今日もダジャレが添えられたのだった。
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