第122話 のんびりな一日・その七
シーマ十四世殿下とはつ江ばあさんは、ダンタリアンの身体が禁書中の禁書だということ、魔王が昔ギザギザとしたハートだったことを知った。
「それではー、他に質問はありますかー?」
ダンタリアンがのんびりとした口調でたずねると、シーマが視線を動かしながら、尻尾をユラユラと動かした。
「えーと、ダンタリアンさんの身体は、『魔界全史籍』なんですよね?」
シーマがおずおずとたずねると、ダンタリアンは表紙をパタパタと動かした。
「はい、そのとおりですよー」
「それって、書き換えたりとかは、できたりするんですか?」
「書き換え、ですかー……」
シーマの質問に、ダンタリアンはパタパタと動かしていた表紙を閉じて、テーブルの上にパサリと落ちた。
「ダンタリアンさん!?」
「あれまぁよ!? 段田さん、また体調が悪くなっちゃったのかい!?」
シーマとはつ江が慌てて駆け寄ると、ダンタリアンは机の上で表紙をパタパタと動かした。
「あー、いえ、大丈夫ですよー……、ただ、ちょっと嫌なことを思い出してー……」
「嫌な、こと、ですか?」
シーマが尻尾の先をクニャリと曲げて首を傾げると、ダンタリアンは表紙をパタリと動かした。
「はいー。実はー、先代魔王がこの『魔界全史籍』を手元に置きたがったのはー、書き換えを試みたかったからなんですー」
「ああ……、そうだったんですか……」
シーマが相槌を打つと、ダンタリアンはしおりをウネウネと動かした。
「はいー。そうなんですー。でも、結論から言うと、書き換えはできますが、未来が変わるわけじゃないんですよー」
「書き換えはできるけど、未来は変わらない?」
シーマが再び首を傾げると、ダンタリオンは再びしおりをウネウネと動かした。
「そうですー。あくまでもこれは、初代魔王陛下が見た、遠い過去と未来を書き写しただけのものですからー、書き換えても意味はないんですよー。それなのに……」
ダンタリアンはそこで言葉を止めると、ため息を吐くように、バフリと表紙を動かした。
「そんな無意味なことのために、沢山の犠牲がでてしまったんですー……」
「そう、だったんですか……」
「大変だったんだぁね……」
シーマとはつ江が声をかけると、ダンタリアンはフワリと浮かび上がった。
「まあ、もう昔の話なんでー、当面はのんびりとした時代が続くので、ご安心くださいー」
ダンタリアンがそう言うと、シーマは口元に手を当てて、尻尾の先をピコピコと動かした。
「のんびりとした時代が続く、か……」
「シマちゃんや、どうしたんだい?」
眉間にシワを寄せるシーマに、はつ江が声をかけた。すると、シーマは口元に当てていた手を外して、尻尾の先をピコピコと動かした。
「ああ、ほら、例の反乱分子の件が、またちょっとだけ心配になって」
「ああ、あの頭巾ちゃんたちだね!」
「そうそう。あいつらが何かしでかすんじゃないかと、ちょっとだけ心配で……」
シーマが不安げにそう言うと、ダンタリアンはしおりをウネウネと動かした。
「うーん、詳しいことをお伝えするのは禁則事項なので、やんわりとしかお伝えできませんが、そんなに心配しなくても大丈夫ですよー」
ダンタリアンがのんびりとした口調でそう言うと、シーマは片耳をパタパタと動かした。
「でも、『超・魔導機☆』が向こうの手に渡ってて……」
シーマが言葉を返すと、ダンタリアンは表紙と裏表紙をパタパタ動かした。
「ご安心くださいー。『超・魔導機☆』はあくまでも、初代魔王が遊びで作ったちょっとものすごい魔法が使えるか、美味しいアメがもらえる魔導機、というだけですからー。超ものすごい魔法が使える陛下や、私たちなら対策だってばっちりできるんですよー」
「ほうほう、ヤギさんも段田さんも、すごくものすごいんだねぇ」
「はいー。特に陛下は、超ものすごくものすごいんですよー」
「ほうほう、それは、とってもものすごくものすごいねぇ」
「はいー。そのとおり、超とってもものすごくものすごいんですー」
「二人とも、兄貴がすごいのは分かったから、その会話をいったん止めてくれ……」
「はいー。分かりましたー」
「分かっただぁよ! シマちゃん!」
ヒゲと尻尾をダラリと垂らしたシーマの言葉によって、「ものすごい」が意味飽和を起こしそうな会話はいったん打ち切られた。
「それじゃあ、その件はあんまり心配しなくてもいいんですね?」
シーマが問いかけると、ダンタリアンは表紙と裏表紙をパタパタ動かした。
「はいー、そのとおりですよー。超魔導機なんて、恐るるに足りずですー」
「そうですか……」
シーマが安心した表情でため息を吐くと、はつ江がニッコリと微笑んだ。
「良かっただぁね、シマちゃん」
「ああ、そうだな……」
はつ江に頭を撫でられ、シーマは目を細めて尻尾をピンと立てた。その様子を見て、ダンタリアンはペラペラとページをめくった。
「ご心配なさらずともー、殿下が恐れているような事態にはなりませんのでー、どうかご安心くださいねー」
「……分かりました」
なだめるようなダンタリアンの言葉に、シーマは微笑んでコクリと頷いた。
まさに、そのとき!
キュルルルルルルルル!
はつ江の腹部から、腹の虫の音が鳴り響いた!
突然の音に、シーマとダンタリアンは、同時にはつ江に顔を向けた。二人に見つめられたはつ江は、苦笑いを浮かべて頭をポリポリと掻いた。
「悪かっただぁね。なんだか急に、お腹が空いちまってよう……」
はつ江が照れくさそうにそう言うと、シーマがヒゲと尻尾をダラリと垂らして脱力した。
「ああ、まあ、さっきまで、けっこう散歩してたもんな」
「お腹が空くのは-、健康な証拠なのでー、とても良いことだと思いますー」
二人がフォローを入れると、はつ江はニッコリと笑った。
「シマちゃんも、段田さんもありがとうね。そんじゃあ、お昼にしようと思うけど……」
はつ江はそこで言葉を止めると、ダンタリアンにキョトンとした表情を向けて、首を傾げた。
「段田さんは、ご飯を食べられるのかい?」
はつ江がたずねると、ダンタリアンはしおりをウネウネと動かした。
「あ、はいー。そんなに必要はないですし、汁物は厳禁ですが、食べようと思えば食べられますよー」
ダンタリアンが答えると、はつ江はニッコリと笑った。
「そんなら、段田さんの分も作るから、一緒にお昼にするだぁよ!」
「あ、じゃあ、ボクも何か手伝うぞ!」
はつ江とシーマの言葉に、ダンタリアンは表紙と裏表紙をパタパタと動かした。
「お二人とも、ありがとうございますー! それなら、私も変身してお手伝いいたしますー!」
「シマちゃんも段田さんも、ありがとうね! とっても、助かるだぁよ! それじゃあ、さっそく台所にいこうかねぇ!」
「ああ!」
「わかりましたー!」
そんなこんなで、三人は台所に向かったわけだが……
「ダンタリアンさん……、なんなんですか、その格好は……?」
「えー、お手伝い形態ですが、おかしいですかー?」
……シーマは、マッチョな腕と足が生えた割烹着姿になったダンタリアンを見て、尻尾とヒゲをダラリと垂らして脱力した。一方のはつ江は、ダンタリアンの姿を見て、目を輝かせた。
「ほうほう、段田さんのお手伝い姿、とっても可愛いだぁね!」
はつ江が楽しげにそう言うと、シーマは深いため息を吐いた。
「はつ江……、感性はどうなってるんだ……?」
台所には、シーマの脱力した声が響いた。
かくして、なんだかんだありながら、シーマ殿下とはつ江ばあさんののんびりとした一日は、お昼ご飯のときを迎えることになったのだった。
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