第121話 のんびりな一日・その六
シーマ十四世殿下とはつ江ばあさんは、魔王城図書室で司書的なことをしているダンタリアンに出会ったわけだが……
「ダンタリアンさん、すみませんでした……、ほら、兄貴もちゃんと謝って!」
「ダンタリアンさん、ごめんなさい……」
シーマと通信機の中の魔王が頭を下げ……
「段田さんや、気分は大丈夫かい?」
はつ江がダンタリアンの背表紙をなで……
「はーい……おかげさまで、だいぶ楽になってきましたー……なので、陛下も殿下も、頭を上げてくださーい……」
ダンタリアンがプルプルと震えながらしおりを動かす、というなんともワチャワチャとした事態に陥っていた。
「ひとまず、廊下は元に戻したので、もう少しすれば湿気も落ち着くと思います……」
魔王が申し訳なさそうにそう言うと、ダンタリアンはページをペラペラとめくった。
「あ、はーい。ありがとうございまーす。でも、殿下もはつ江さんも楽しんでいたのに、すみませーん」
「いえ、ダンタリアンさんの体調の方が、大事ですから」
「そうそう! お散歩はまた別の機会にすれば、いいだぁよ!」
シーマとはつ江がフォローを入れると、通信機の中で魔王がコクリと頷いた。
「そうだな。ダンタリアンさんが非番のときにでも、また改造しよう。それじゃあ、俺はこれで……ダンタリアンさん、何か不調があったらすぐに対応するので、連絡してください」
「はーい、ありがとうございまーす」
ダンタリアンが返事をすると、魔王は軽く頭を下げて、通信機の中から消えていった。やりとりを終えると、ダンタリアンは再びふよふよと宙に浮かんだ。
「さて、お二人ともー、中断していた質問コーナーを再開しますよー」
ダンタリアンが声をかけると、はつ江が元気よく挙手をした。
「はい!」
「はーい、はつ江さん、なんでしょーう?」
「段田さんには、何が書かれているんだい?」
はつ江が質問すると、シーマが尻尾をユラユラと動かした。
「はつ江、さすがにその質問は失礼なんじゃ……」
「あ、いいえー、そんなことはないですよー」
ダンタリアンは、表紙と裏表紙をパタパタと動かした。
「あんまり聞く人がいなかっただけで、別に秘密にしているわけではないですからー」
ダンタリアンが答えると、シーマは片耳をパタパタと動かした。
「あ、そうだったんですか……」
「はい、そうなんですよー」
ダンタリアンはそう言うと、ページをパラパラとめくった。
「この身体はですねー、『魔界全史籍』という歴史の本なんですよー」
「ほうほう、歴史の本だったのかい」
「え……『魔界全史籍』!?」
ダンタリアンが答えると、はつ江はコクコクと頷き、シーマは全身の毛を逆立てて跳びはねた。
「あれまぁよ!? シマちゃんや、そんなに驚いてどうしたんだい!?」
「あ、あのな、はつ江『魔界全史籍』っていうのは、魔界の過去現在未来が全て書かれた、禁書中の禁書なんだぞ!」
「あれまぁよ! 未来のことまで、書いてある歴史の本なのかい! それはすごいねぇ……」
はつ江が感心していると、ダンタリアンがしおりをウネウネと動かした。
「はい、すごい本なんですよー。魔王の座に就く資格がある方でも、自分と二代先の治世までしか、読むことを許されていない本なんですー」
ダンタリアンがのんびりとした口調で説明すると、シーマは腕を組んで片耳をパタパタと動かした。
「でも、なんでそんな禁書が、ダンタリアンさんの身体になっているんですか?」
「どうしてなんだい?」
シーマとはつ江が尋ねると、ダンタリアンはページをパラパラとめくった。
「えーと、ですねー。初代魔王がこの本を作ったときに、どこかに保管しているよりも、誰か適任者に持たせて護衛させた方がいいんじゃないか、と考えたんですよー」
「あー、まあ、厳重に保管しても、突破されるときは突破されますからね……」
「逆転の発想ってやつだぁね」
「それでですねー、私は元々いくつもの姿を持っていたんですよー」
「ああ、そのことは、前に兄から聞いたことがあります」
「ほうほう、段田さんは百面相だったんだねぇ」
「はい、そうなんですー。なので、パッと見て私をダンタリアンだと、判断できる人が少ないんですよー。だから、私が『魔界全史籍』を持っているなんて、誰も気づかなかったんですー。それに、気づかれたとしても、私は転移魔法ですぐに逃げられますからねー」
「たしかに。持ち運びながら保管するっていう方法をとるなら、ダンタリアンさんが適任だったんですね……」
「そうなんだぁね」
「はいー。でもですねー、先代の陛下がどうしても『魔界全史籍』を手元に置いておきたい、と言い出してですねー……」
「あー……、先代魔王の横暴ですか……」
「先代さんは、欲張りな人だったんだねぇ……」
「まったくなんですー。それで色々とあって……、先代が私の元の身体を消し去ってしまったんですねー」
「なんてことを……」
「酷いことする王様だぁね……」
「本当に、今の陛下とは大違いですよー。ただ、とっさに魂をこの『魔界全史籍』に移し替えて、なんとか転移魔法で逃げ延びたんですー」
「そうだったんですか……」
「段田さんも、大変だったんだぁね……」
「いえいえー。でも、災難とか不便なことばかりでもありませんでしたよー。なんとか先代魔王に見つかることもありませんでしたしー、自由気ままに旅していたら『彷徨える禁書』なんてカッコいい二つ名も手に入りましたしー、必要とあらば元の身体っぽい幻影を作り出すこともできますしー……」
ダンタリアンは、表紙と裏表紙をパタパタと動かした。
「なにより、若かりしころの陛下に出会って、一緒に旅をすることができましたからねー!」
ダンタリアンが誇らしげにそう言うと、はつ江が、ほうほう、と声を漏らしながらコクコクと頷いた。
「若いころのヤギさんは、旅をしていたんだね」
はつ江の言葉に、シーマがコクリと頷いた。
「ああ。先代魔王をやっつけるために、リッチーと一緒に魔界中を旅してたんだって」
「ほうほう、そうなのかい」
はつ江がコクコクと頷いていると、ダンタリアンは再び表紙と裏表紙をパタパタと動かした。
「ええ、そうなんですー! あのころの陛下は、すごくカッコよかったでんすよー! ダガーみたいに尖っては、近づくものをみな切りつけるような気迫があってー!」
「ほうほう、ヤギさんにも、そんなギザギザした時期があったんだぁね」
「今のゆるさからは、想像できないな……」
「ああ、もちろん、鋭さの合間から、持ち前の優しさも垣間見えていましたよー!」
三人の話題は、そんなこんなで魔王の若かりしころの話へと移っていった。
一方そのころ、ウワサをされていた当の本人はというと……
「よーし、ダッシュに必要な花も取り逃さなかったし、これなら最後の氷壁を登り切れ……」
コントローラーを握りしめ、水上を猛ダッシュするもこもこの探検服を着たヒゲのおじさんを氷の壁に登らせようとしていたが……
「……デッシ! ……あぁー!?」
……クシャミの反動でコントローラーを操作する指が滑り、おじさんを崖の下に落としてしまっていた。
「今回は一発でクリアできると思ったのに……、また最初からやり直しだ……」
魔王は涙目になりながら肩を落とし、深いため息を吐いた。
かくして、禁書中の禁書がわりと自由気ままに動き回っていたことや、魔王がむかしはわりとギザギザしたハートだったことや、魔王が強制ダッシュ時のコントローラー操作が苦手なことが判明しながらも、仔猫殿下とはつ江ばあさんののんびりとした一日は続くのだった。
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