第76話 ポンッ

 シーマ十四世殿下一行は、「おしゃれ泥棒・ウェロックス♪」の店内で、ミミの話に困惑していた。


「ミミが博物館に来られたのは、協力者がいたからなのか……」


 シーマは尻尾の先をピコピコと動かしながら、深刻な表情で呟いた。すると、はつ江がキョトンとした表情を浮かべながら、首を傾げた。


「そうみたいだけど、シマちゃんは何か気になることがあるのかい?」


 はつ江に問いかけられたシーマは、片耳をパタパタ動かした。


「いや、ほら、ミミはまだ上手く喋れないだろ?なのに、なんで的確に博物館に行きたいって分かったのかなって」


 シーマが答えると、はつ江は、ほうほう、と声を漏らしながら、コクコクと頷いた。


「それも、そうだねぇ」

 

 はつ江がシーマに同意すると、バステトが尻尾の先をクニャリと曲げた。


「この辺りの公共交通機関は、全て博物館を経由するんですの?」


 バステトの問いに、シーマは首をフルフルと横に振った。


「いや。そんなことはないぞ」


 シーマが答えると、今度はマロが尻尾の先をクニャリと曲げた。


「では、パンフレットなどを指さして、目的地を教えた、とかですかね?」


 マロが尋ねると、ミミがフルフルと首を横に振った。


「みーみ」


 ミミの反応を受けて、シーマは再び深刻な表情を浮かべた。


「それも違うのか。なら、一体どうやって……」


 シーマがそう呟くと、はつ江が再び首を傾げた。


「親切な人が、魔法を使ってくれたとかなのかね?」


 はつ江が尋ねると、シーマが片耳をパタパタと動かした。


「はつ江、地下迷宮を攻略するときにも言ったけど、転移魔術は目的地の場所が正確に分からないと使えないんだ」


「ああ、そうだった、そうだった!魔法を使うのも、大変なんだったね」


 はつ江がそう言うと、シーマはコクリと頷いた。


「ああ。魔術が使えるとちょっと便利だけど、何でもできる、ってわけじゃな……」


 シーマはそう言いかけ、ハッとした表情を浮かべた。それから、眉間にシワを寄せ、口元にフカフカの手を当てた。


「何でもできる、か……まさか……いや、でも……」


 シーマは真剣な表情で、ブツブツと独り言をこぼした。シーマの様子を見た一同は、キョトンとした表情を浮かべた。そこへ、衣装を入れた紙袋を手にしたバービーが、鼻歌まじりにやってきた。


「みんな、お待たせー♪サイズはぴったりだと思うけど、一応試着もして……」


 試着を勧めようとしたバービーだったが、シーマのただならぬ様子を見て、キョトンとした表情の一味に加わった。


「殿下、そんなに悩んでどうしたの?」


 バービーが問いかけると、シーマはハッとした表情を浮かべた。


「あ、悪かった。ちょっと、心配ごとがあって」


 シーマが苦笑をしながら答えると、はつ江が心配そうな表情を浮かべた。


「シマちゃん、大丈夫かね?あれなら、ヤギさんにも相談したほうが良いんじゃないかい?」


 はつ江が尋ねると、シーマは片耳をパタパタ動かしながらヒゲと尻尾をダラリと垂らした。


「あれなら、っていうのは、どれなんだよ……」


 シーマは脱力気味にそう言ってから、コホン、と咳払いをした。


「でも、兄貴にはちょっと連絡をしておいた方が、良いかもしれないな……」


 店内には、シーマの真剣な声が響いた。

 

 一方その頃、魔王城の一室では、魔王が事務机に肘をつきながら口元で指を組んでいた。魔王の視線の先には、「超・魔導機☆盗難事件について」と表紙に書かれた分厚い報告書が置かれている。魔王はその報告書をパラパラと捲りながら目を通した。そして、深いため息を吐く。

 

「へぇ、サバトラ坊主が心配してただけあって、やっぱ結構な問題になってるんだな」


 物憂げな表情をする魔王に、灰門が後ろから声をかけた。灰門の言葉に、魔王はコクリと頷いた。


「はい。シーマや民達には、なるべく心配をかけないようにしてるんですが、いつまで平穏を続けられるか分からな……」


 魔王はそこで言葉を止めると、ビクッと身を震わせた。そして、慌てて振り返り、灰門の顔を見て、ワタワタと慌てだした。


「め、迷宮王!?な、な、何故、ここにいらっしゃるのですか!?」


 魔王が裏返った声で尋ねると、灰門は呆れた表情を浮かべてため息を吐いた。


「王はお前だろ、当代魔王。今の俺は、迷宮職人だったり、宝石屋の店主だったりする、ただの灰門源太郎だ」


 灰門が不機嫌そうにそう言うと、魔王は深呼吸をしてから、深々と頭を下げた。


「申し訳ございません。灰門様」


「おう、次から気ぃつけろ」


 灰門はため息まじりの言葉を吐いてから、眉間にシワを寄せて腕を組んだ。そんな灰門の様子を見て、魔王は肩をすぼめながら、軽く首を傾げた。


「ところで、本日はどのようなご用件で?」


「ん?ああ、そうだった。さっき、サバトラ坊主達が俺の店に来てな……」


 灰門はそこで言葉を止めると、つなぎの胸ポケットからくしゃくしゃに丸めたポスターを取り出した。


「ほれ、これ見てみろ」


 そして、灰門は魔王に向かってポスターをポンッと投げ渡した。魔王はポスターを受け取ると、破かないように慎重に広げた。魔王はポスターの内容を読むと、目を伏せて口角を下げた。


「これは……歌姫達や明日の音楽会を批判するポスターですか。それに、音楽会だけでなく私に対する批判も、小さく書かれてますね……」


 魔王が悲しげに呟くと、灰門は眉間にシワを寄せたままコクリと頷いた。


「おう。その通りだ。それで、そのポスターを貼った奴らと少しイザコザしたんだが……」


 灰門はそこで言葉を止めると、鋭い目付きで魔王の目を見つめた。


「どうも、そいつらが、『超・魔導機☆』盗掘に関係してる……っつーか、盗掘した本人達だろうな」


 灰門がそう言うと、魔王は目を反らしながら、小さなため息を吐いた。


「……そうですか」


 魔王の反応を見て、灰門は眉をピクリと動かした。


「あんまり、驚かないんだな」


 灰門の言葉に、魔王はコクリと頷いた。


「ええ。ボウラック博士から盗掘の報告を受けたときに、犯人達の予想はある程度できていましたから」


 魔王はそう言うと、机に置かれた報告書をパラパラと捲った。


「それに、それに関係各所からの報告も、予想は外れていない、と判断する材料になっています」


 魔王は報告書を捲る手を止めると、再び小さくため息を吐いた。


「まあ、犯人が分かったとしても、直ぐには対応できないのですが」


 魔王の言葉を受けて、灰門は顔をしかめて頭をボリボリと掻いた。


「まあ、あいつらが何なのか、俺も大体予想はついたさ……たしかに、簡単に手を出すわけにはいかねぇな」


 灰門がそう言うと、魔王はコクリと頷いた。


「はい。彼らにも事情があるのですから、まずは対話をしないことには」


 魔王の言葉に、灰門は再び顔をしかめて頭をボリボリと掻いた。


「対話ねぇ。そんな悠長なこと、言ってられるのか?」


「はい。彼らが今の状態で、『超・魔導機☆』を完全に制御するのは不可能ですから」


 魔王が答えると、灰門は、ふん、と鼻を鳴らした。


「まあ、たしかに制御はできねぇだろうな」


 灰門はそこで言葉を止めると、再び鋭い目付きで魔王を睨みつけた。


「だが、あいつらが制御が不完全な状態で『超・魔導機☆』を振り回して、民達やサバトラ坊主達を傷つけるようなことをするつもりなら、どうするんだ?」


 灰門が問いかけると、魔王は何処か淋しげに微笑んだ。


「そんなことは、させませんよ」


 魔王はそう言うと、赤銅色の目をキラリと光らせた。



「彼らがこちらに危害を加えるつもりならば、私が使える全ての力を使って、彼らを殲滅します」


  

 魔王の発言を受けて、灰門はニヤリと笑みを浮かべた。


「『恐怖の王』っつー二つ名を持ってる奴の言うことは、恐ろしいねぇ」


 灰門が楽しげにそう言うと、魔王は深いため息を吐いた。


「茶化さないで下さいよ。あくまでもそれは最終手段です。それに、はつ江がいるときに、彼らと事を構えることは、何としても回避しますから」


 魔王の言葉に、灰門は、へいへい、と相槌を打った。

 そのとき、不意に部屋の中にオルゴールの音が響いた。魔王は気まずそうな表情を浮かべると、上着の胸ポケットから手鏡を取り出した。


「すみません、灰門様。シーマから、連絡が来たみたいなので……」


 魔王が申し訳なさそうにそう言うと、灰門はニコリと笑って頷いた。


「おう!さっさと出てやれ!そんじゃ、俺はこれで」


 灰門はその言葉と共に、床に手をかざした。すると、床の上に、金色に輝く魔法陣が現れた。


「あ、そうそう。言っとくが、俺はワクワク迷宮アイランドの改修作業で忙しいから、よっぽどのことがねぇ限り、これ以上この件に関わらねぇからな!」


 灰門はそう言い残すと、魔法陣の中に吸い込まれるようにして姿を消した。残された、魔王は困惑した表情を浮かべて、頬を掻いた。


「何かのフラグにしか聞こえないセリフだな……まあ、ともかくシーマからの通信に出ないと」


 魔王はそう言いながら、折りたたみ式の手鏡を開き、呪文を唱えた。

 そして……


「……迷子か?」


 不安げな表情で、鏡に映るシーマに問いかけた。

 すると、鏡に映ったシーマは、耳を反らして眉間にシワを寄せた。


「ちーがーう!この前も言ったけど、兄貴はボクを何だと思ってるんだ!?」


 不機嫌そうに抗議の声をあげるシーマに対して、魔王はニコリと微笑んだ。


「フカフカで可愛い、大事な弟だと思っている!」


 そして、真っ直ぐな眼差しをしながらよどみのない声で、そう言い切った。


「べ、別に可愛くなんてない!ともかく、今はそんなやり取りをしてる場合じゃないんだ!」


 部屋の中には、シーマの抗議の声が響いた。

 こうして、何となく重大な局面を迎えた感じになりながらも、シーマ十四世殿下一行は、魔王と連絡を取ることになったのだった。

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