第61話 ゴトン

 お腹が空いたシーマ十四世殿下一行は、『月刊ヌー特別号』の捜索を中断し、遅めの昼食を取ることになった。朝から掃除をしていた一同は、ようやく昼食にありつけるということで、ウキウキとした表情を浮かべながら読書室を兼ねた客間に足を進めた。しかし、読書室を兼ねた客間に移動したところで、シーマははたと何かに気づいた表情を浮かべた。


「そういえば、ボク達はお弁当を持ってきてるけど、バービーさんとミミはどうするんだ?」


 シーマが尻尾の先をクニャリと曲げて首を傾げると、バービーはハッと目を見開いた。


「あっ!いけない!今日のお昼は、何か買って帰って家で食べようとしてたんだった!」


「みー!」


 バービーとミミが慌てていると、はつ江が、うーん、と唸りながら腕を組んで首を傾げた。


「四人で分けるとなると、育ち盛りのシマちゃんとミミちゃんには、ちょっと足りないかねぇ」


 はつ江が悩んでいると、オーレルが豪快に笑い出した。


「がはははは!お前ら、心配すんな!非常食用の缶詰が山ほど残ってるから、今持ってきてやる!」


「マジ!?おっちゃん、ありがとう!」


「みみー!」


 オーレルの言葉を受けて、バービーは手を合わせて喜び、ミミはペコリと頭を下げた。


「おう、気にすんな!今日は色々と手伝ってもらってるから、その礼だ!殿下とばあさんも、土産にいくつか持ってくといいぞ」


「ありがとうございます。オーレルさん」


「おおれるさんや、ありがとうね!」


 シーマとはつ江がペコリと頭を下げると、オーレルは豪快に笑いながら、気にすんな、と返した。そして、オーレルは読書室を兼ねた客間を一旦出ていった。

 それから、一同ははつ江のポシェットから取り出したウエットティッシュで手を拭きながら、オーレルが戻ってくるのを待っていた。すると、読書室を兼ねた客間のドアがバタンと開き、腕いっぱいに缶詰を抱えたオーレルが現れた。


「待たせたな、お前ら」


 オーレルはそう言いながら、四人の元に近づき、テーブルの上にゴトンと缶詰を置いた。


「ありがとう、おっちゃん!」


「みみー!」


 缶詰を見たミミとバービーは、嬉しそうにニッコリと笑い……


「ほうほう、ピザに、しーざーさらだに、いなり寿司……こっちには、色んな缶詰があるんだねぇ」


 はつ江はラベルを見ながら、感心したように声を漏らし……


「ふふん!魔界では、非常食も美味しく、がモットーだからな!ほぼ全ての料理の缶詰があるし、開けたときに美味しく食べられる温度に温まったり冷やしたりする魔法が施してあるんだ!」


 ……シーマは得意げな表情で、鼻を鳴らした。


「あれまぁよ!それは、すごいねぇ!」


 はつ江が大げさに驚いていると、オーレルが、ほう、と声を漏らした。


「なんだ、ばあさんは異界から来たのか」


「ふーん、そうなんだ。あ、ねーねーばあちゃん、異界には何か珍しい缶詰ってないの!?」


「みみー?」


 バービーとミミが興味津々といった表情で尋ねると、はつ江は、うーん、と唸りながら腕を組んだ。


「珍しい缶詰……あ、そうだ!昔、孫がなんとかなんとかっていう缶詰を開けるのに失敗して、すごい臭いがしてよぅ!お家に特殊清掃の人を呼んだことがあっただぁよ!」


 はつ江がカラカラと笑いながら答えると、シーマは耳を伏せてゴクリと喉を鳴らした。


「開け方を間違えると、特殊清掃が必要になるほど悪臭を放つ缶詰って……もはや、ダンジョンのトラップじゃないか」


「異界には、随分と物騒な缶詰があるんだな……」


 シーマに続いて、オーレルも冷や汗を垂らしながらそう呟いた。


「うーん、でも、ちょっと面白そうかも。今度、個人輸入してみようかな……」


「みぃー!みみぃー!」


 バービーの好奇心旺盛な発言に、ミミは全身の毛を逆立てながらブンブンと首を横に振った。


 そうこうしながら、一同は席について昼食を食べ始めた。

 空腹だった一同は、しばらくの間黙々と各々の食事を食べていたが、不意にシーマが壁にかかった時計に目をやった。


「もう十五時か……」


 シーマが切り干し大根の煮物に箸を添えながらそう言うと、はつ江が厚焼き玉子を切る箸を止めて首を傾げた。


「シマちゃんや、何か用事でもあったのかい?」


 はつ江の問いかけに、シーマはふるふると首を横に振った。


「いや、そうじゃないんだ。ただ、この時間なら、もう小学校の授業は終わってるかなって思って」


 シーマが答えると、ピザを飲み込んだバービーが、ああ、と声を漏らした。


「そうだね。モロコシに来てもらえれば、『月刊ヌー特別号』探しも、もうちょっと進みそうだよね」


「みー」


 バービーの言葉を受けて、ミミがいなり寿司を箸で掴みながらコクコクと頷いた。そのやり取りを見たオーレルは、うーん、と唸りながらあごひげをボリボリと掻いた。


「モロコシっていうと、たしかリンゴ屋の所の子だろ?さっきも気になってたんだが、なんでそいつが来ると雑誌探しが捗るんだ?」 


「おっちゃん、モロコシはね、バッタの言葉が分かるんだよ」


「みー、みー」


 オーレルの疑問にバービーが答え、ミミがコクコクと頷いた。すると、オーレルは感心したように、ほう、と声を漏らした。


「そうなのか。それは、珍しいな」


 オーレルが感心したようにそう言うと、シーマは、そうですね、と言いながらコクリと頷いた。


「なんでバッタの言葉が分かるようになったかは、ボクもよく知らないんですが……」


「えーとね、前に森でケガした妖精さんを助けたら、お礼にバッタさんの言葉が分かるようにしてくれたんだよ」


「へー、そうだったのか。それにしても、妖精族に遭遇するなんて幸運だったな、モロコ……」


 背後から聞こえた声と自然な流れで会話をしたシーマだったが、声の主に気づくと目を見開いて勢いよく振り向いた。


「うわぁ!?」


「わーっ!?」


 驚きの声をあげるシーマの目には、金色のリンゴが入ったカゴを抱えて、同じく驚きの声をあげるモロコシの姿が映った。


「も、もー。急に脅かさないでよ、殿下」


 モロコシが呼吸を整えながら不服そうにそう言うと、シーマも呼吸を整えながら、尻尾を縦にパシパシと振った。


「そ、それは、こっちのセリフだ!」


「あれまぁよ!モロコシちゃん、どうしてここにいるんだい!?」


 シーマの抗議の言葉に続いて、はつ江が驚きの声をあげた。


「あのね、パトリックさんから、オーレルさんの幽霊にお供え物のリンゴを届けて欲しいって注文があったから」


 モロコシははつ江の問いかけに答えると、ニッコリと笑ってオーレルにリンゴのカゴを差し出した。


「はい、オーレルさん。うちで一番美味しいリンゴだよ!」


 リンゴを差し出されたオーレルは、戸惑いながらも、ああ、と呟いて受け取った。


「こいつは、かなり高いリンゴじゃねぇか……パトリックの野郎、いつも金がねぇって言ってたくせに無理しやがって……」


 オーレルはそう言うと、かすかに肩を震わせた。バービーはそんなオーレルの姿にチラリと視線を送ってから、モロコシに笑顔を向けた。


「モロコシ、お手伝いして偉いじゃん!でも、一人で幽霊が出る所に来るなんて、怖くなかったの?」


「みみぃー?」


 バービーに続いて、ミミも首を傾げて声をかけた。すると、モロコシはふるふると首を横に振ってから、ニッコリと笑った。


「全然怖くなかったよ!だって、パトリックさんが、オーレルさんは短気で頑固だけど子供に手をあげるような悪いヤツじゃない、って言ってたから!」


 モロコシの答えを聞いたバービーは、ひゅぅ、と口笛を吹いた。


「そのパトリックって人、おっちゃんのこと分かってるじゃん!」


 そして、再びオーレルにチラリと視線を送った。


「普段ケンカをしてても、ちゃんと信頼関係があるんですね」


「それに、来る度に追い返されてもお供え物を贈ってくれるなんて、オーレルさんのことを心配してるんだねぇ」


「みー」


 続いて、シーマ、はつ江、ミミが感慨深そうに呟くと、モロコシが、うん、と言いながらコクリと頷いた。


「あとね、パトリックさん、アイツは大事な本がなくなってすごく困ってるからできたら手伝ってくれ、って言ってたよ!だから、ぼくもお手伝いするよ!」


 モロコシが元気よくそう言うと、オーレルはパチリと目をまたたかせた。そして、穏やかな表情で微笑むと、モロコシの頭をワシワシとなでた。


「そうか、ありがとうな。じゃあ、無事に本が見つかったら、家に帰る途中にでもパトリックに、ありがとう、と伝えておいてくれ。あと、疑って悪かったな、とも」


「うん!分かったよ!」


 モロコシはオーレルの言葉に、ニッコリと笑いながら返事をした。その様子を見たはつ江は、満足げに微笑むと、うんうん、と声を漏らしながら頷いた。


「誤解が解けてよかっただぁよ」


 はつ江に続いて、バービーもニッコリと笑った。


「そうだね!あとは、『月刊ヌー特別号』を見つけるだけじゃん♪」


「みー!」


 ミミも嬉しそうに目を細めて、コクコクと頷いた。


「モロコシ、来て早々悪いんだけど、ご飯が終わったら早速手伝ってもらえるか?」


「うん!分かったよ!」

 

 シーマが微笑みながら尋ねると、モロコシは元気よく返事をした。

 そうして、一行は昼食の続きを食べながら、モロコシに今までの経緯を説明した。

 昼食を終えた一行は、先ほどミズタマシロガネクイバッタを発見した部屋へ移動した。


「あ、よかった。まだ、シャンデリアの上にいるみたいだ」


 シーマはそう言いながら、天井から吊されたシャンデリアを指さした。シーマの言葉通り、シャンデリアの上にはミズタマシロガネクイバッタが、微動だにせずに佇んでいた。


「モロコシちゃんや、あのバッタさんとお話しできるかね?」


 はつ江が首を傾げながら尋ねると、モロコシは凜々しい表情を浮かべてコクリと頷いた。


「うん!大丈夫だよ!ミズタマシロガネクイバッタさーん!ちょっと降りてきてくださーい!」


 モロコシはフカフカの手を差し伸べながら、ミズタマシロガネクイバッタに声をかけた。すると、ミズタマシロガネクイバッタは、カクカクと首を左右に動かしながらモロコシをジッと見つめた。そして、翅をパサリと広げると、モロコシの掌にふわりと舞い降りた。

 それからモロコシは、ふんふんと鼻を鳴らしながらミズタマシロガネクイバッタを見つめ、時折コクコクと頷いた。


「本当に、バッタの言葉が分かるといいんだが……」


 モロコシの様子をみたオーレルは、不安げな表情を浮かべてそう呟いた。すると、はつ江がカラカラと笑いながら、オーレルの肩をポンポンと軽く叩いた。


「わははは!大丈夫だぁよ、おおれるさん!モロコシちゃんは今まで何度も、バッタさんとお話ししてるんだから!」


 はつ江の言葉に続いて、シーマも苦笑を浮かべながら、片耳をパタパタと動かした。


「はつ江の言うとおりなので、安心してくださいオーレルさん。でも、ちょっと言葉遣いが独特だったりす……」

「おう、おっさん。さっきは、よくも俺を怒鳴ってくれたな」


 シーマの説明を遮るように、モロコシがいつもよりずっと低い声で、ミズタマシロガネクイバッタの言葉を通訳した。


「……なんでだろう。今までの中では一番よくある言葉遣いのはずなのに……なんか、こう、ものすごく釈然としない」


 シーマが耳と尻尾をダラリと垂らしながら落胆すると、はつ江が感心したように、ほうほう、と声を漏らした。


「このバッタさんは、随分と荒っぽい性格なんだねぇ」


「バッタにも、色々と個性があるんだね」


「みー」


 はつ江に続いて、バービーとミミも感心したように声を漏らした。

 こうして、釈然としない状況に陥りながらも、シーマ十四世殿下一行による『月刊ヌー特別号』探しは、大詰めを迎えていくのであった。

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