第56話 バチン
シーマ十四世殿下一行は、幽霊を説得するために森の奥にある屋敷にやってきていた。しかし、玄関の扉がひとりでに閉まり、屋敷の中に閉じ込められてしまった。
「シマちゃんや、落ち着いたかね?」
「ああ。取り乱して、悪かったな」
パニックになったシーマだったが、はつ江に背中をなでられて、なんとか冷静さを取り戻していた。
シーマはコホンと咳払いをすると、バービーから受け取ったマスクをつけて深呼吸をする。
「ひとまず、暗いから明かりをつけようか」
シーマはそう言うと、ムニャムニャと呪文を唱えながら、胸の前に手を突き出した。すると、シーマの前に、橙色に輝く光の球が現れた。光の球はシーマの頭の上にフワフワと浮かび上がり、辺りをぼんやりと照らし出す。それを見たバービーは、マスクの下で唇をすぼめ、ひゅう、と口笛を吹いた。
「殿下、やるじゃん!さっすが、魔王城のキューティーマジカル仔猫ちゃん!」
「シマちゃんの魔法は、いつ見てもすごいだぁね!」
「みー!」
バービーに続き、はつ江とミミもパチパチと拍手をしながら、シーマを称賛する。すると、シーマは耳と尻尾をピンと立てながら、ふいっとそっぽを向いた。
「べ、別に、これくらい大した魔法じゃないんだからな!」
分かりやすく照れ隠しをするシーマを見て、他の三人はニッコリと微笑んだ。
「さてと、じゃあ私も、殿下に負けてらんないわね」
バービーはそう言うと、脚にしがみついていたミミの頭をそっとなでた。
「み?」
ミミがキョトンとした表情で首を傾げると、バービーは不敵な笑みを浮かべた。
「ミミちゃん。危ないから、ちょっと離れててね」
「み!」
バービーの言葉に、ミミは手を挙げて元気よく返事をした。そして、バービーの側からトコトコと離れ、シーマとはつ江のそばに移動した。ミミの足取りはしっかりしていたが、表情には若干の不安の色が浮かんでいた。
「ミミ、怖いなら手を繋ごうか?」
ミミが不安そうに耳を伏せていると、シーマがフカフカの手を差し出して首を傾げた。すると、ミミは耳を伏せながらも、シーマにジトッとした視線を向けた。
「みみー?」
「だ、だから、ボクは別に怖がってないって言ったろ!」
首を傾げるミミに対して、シーマはいつもより毛羽立った尻尾をパシパシと振りながら抗議した。二人のやり取りを見ていたはつ江は、不意にカラカラと笑い出した。
「わはははは!二人とも、お化け屋敷が怖くないなんて、すごいだぁね!」
はつ江がそう言うと、シーマは尻尾を毛羽立たせながらも、得意げな表情でフフンと鼻を鳴らした。
「あ、当たり前だ!さっきはちょっとビックリしたけど、このくらい全然大したことないぞ!」
「み、みみー!」
シーマに続いて、ミミも耳を伏せながらも、得意げな表情で鼻をピスピスと鳴らした。二人の表情を見て、はつ江は、うんうん、と頷くと、ニッコリと微笑んだ。
「そうかい、そうかい。なら、私はちょっと怖いから、二人とも手を繋いでておくれ」
はつ江はそう言いながら、シーマとミミにそっと両手を差し伸べた。
「ふ、ふん!はつ江は仕方がないな!それなら、手を繋いでおこう。な、ミミ!」
「みー!」
シーマとミミは目を輝かせながらそう言うと、はつ江の手をギュッと掴んだ。はつ江は二人の手をギュッと握り返すと、カラカラと笑い出した。
「わはははは!これで、百人力だぁよ!」
「ああ、任せておけ!」
「みみー!」
楽しそうにする三人を見て、バービーはにこりと微笑んで、満足げに頷いた。そして、玄関の扉に向き直ると、膝を軽く脚を曲げ伸ばしした。それから、凜々しい表情で玄関の扉を睨みつけ……
「たぁー!」
……助走をつけながら、扉に向かってドロップキックを繰り出した。
「おお!」
「あれまぁよ!」
「みー!」
シーマ達は、バービーに向かって歓声を送った。
しかし、鋭い爪が扉に届く前に、バービーの蹴りはバチンと音を立ててはじき返されてしまった。
「きゃっ!?」
蹴りをはじき返されたバービーはバランスを崩し、玄関に尻餅をついてしまう。その途端、ミミがはつ江の手を放して、パタパタとバービーに駆け寄った。
「ままー!」
「バービーさん!大丈夫か!?」
「怪我はしてないかね!?」
シーマとはつ江も心配そうな表情を浮かべて、バービーに駆け寄った。すると、バービーは苦笑いを浮かべて、腰をさすりながら立ち上がった。
「平気、平気。ちょっと、尻餅ついちゃっただけだから、それよりも……」
バービーはそこで言葉を止めると、困惑した表情で玄関の扉を見つめた。
「私の蹴りが効かないとなると、この扉を開けるのは無理そうね」
「みー……」
バービーが残念そうに呟くと、ミミも落胆した表情を浮かべた。二人の様子を見たシーマは、片手でバミューダパンツのポケットから、折りたたみ式の手鏡を取り出した。そして、手鏡を開くと、ムニャムニャと呪文を唱えて、外部への連絡をこころみた。
しかし、手鏡には不安げなシーマの顔が写る他は、何の反応もない。
「外への通信もできないみたいだな……」
シーマは耳を伏せながらため息を吐いて、手鏡を折りたたんだ。手鏡をポケットにしまうシーマの隣で、はつ江は、うーん、と唸りながら首を軽く傾げた。
「そんなら、お外に出るには、お化けさんにお願いして出してもらうしかないみたいだぁね」
はつ江がそう言うと、シーマは再び小さくため息を吐いた。
「そうだな。それに元々、幽霊を説得するのが今回の目的だし……」
シーマは片耳をパタパタと動かしながら、更にため息を吐いた。
そのとき、廊下の奥から、ドン、と床を踏みならすような音が聞こえてきた。
「誰だ!玄関でうるさくしているヤツは!」
続いて、怒りに満ちた大声が、玄関に響いた。
「うわぁ!?」
「みぃー!?」
その声に驚いたシーマとミミは、尻尾の毛を逆立てて、ピョンと跳び上がった。
「あれまぁよ!?シマちゃんや、落ち着いておくれ」
「ミミちゃん!私がいるから、大丈夫だよ!」
はつ江とバービーが、それぞれシーマとミミを宥めていると、ドカドカという不機嫌そうな足音が近づいて来た。一行は緊張しながら、足音の方向に顔を向ける。そこに現れたのは……
「俺の図書館を荒らしに来たのか!?」
怒りに満ちた表情を浮かべ、青白い色をした男性だった。
ボサボサに伸びた黒い髪。
ギョロリとした目付き。
ぼうぼうに生えた顎髭と口からこぼれる鋭い牙。
ずんぐりとした筋肉質の体型には、なめし革で作った茶色い服をまとっている。
「オ、オーガの幽霊?」
シーマは耳を伏せて尻尾を毛羽立てながら、意外そうに声を漏らした。その声を聞いたオーガの幽霊は、シーマをギロリと睨みつける。
「何だ?小僧。文句があるなら、食っちまうぞ!」
オーガの幽霊が脅しつけると、シーマは目をギュッと閉じてはつ江の手にしがみついた。その様子を見たオーガは、ハッとした表情を浮かべると、気まずそうに顎髭をボリボリと掻いた。
「これこれ、
はつ江がニコニコとしながら話しかけると、オーガの幽霊はペコリと頭を下げた。
「ああ、悪かったな。玄関でバタバタされて気が立ってたから、つい脅かしちまった」
オーガの幽霊はバツが悪そうにそう言うと、改めて四人を見渡した。そして、バービーの姿に気がつくと、お、と短く声を漏らした。
「バビ子じゃねぇか!久しぶりだな!」
「よ!オーレルのおっちゃん!久しぶり!元気してた?」
バービーが笑顔で尋ねると、オーレルは豪快に笑い出した。
「がはははは!元気も何も、一ヶ月前に寿命でポックリよ!」
「あははは!それもそうだね!」
バービーが笑顔で相槌を打つと、オーレルはシミジミとした表情を浮かべた。
「それにしても、久しぶりだなぁ。バビ子、お前いい加減彼氏はできたのか?」
「んー、彼氏はできなかったけど、この間のトビウオの夜にね、娘ができたんだ」
バービーはそう言うと、ミミの背中をポンポンとなでた。
「ほら、ミミちゃん。おっちゃんにご挨拶して」
「み、みー……」
バービーに促されて、ミミは耳を伏せながらもペコリと頭を下げた。
「そうか、そうか!バビ子と違って、礼儀正しい良い子じゃねぇか!」
「あー!その言い方、酷くない!?」
「がはははは!だって、事実じゃねぇか!なんたって、お前が始めてここに来たときなんか……」
困惑するミミを余所に、二人は楽しげに思い出話を始めた。
二人はそれから、しばらくの間、思い出話に花を咲かせていた。
「あの、ちょっといいですか?」
しかし、しびれを切らしたシーマが、尻尾の毛を逆立てながら、おずおずと手を挙げた。シーマに声をかけられたオーレルは、ハッとした表情を浮かべた。
「ああ、小僧。さっきは、脅かして悪かったな。で、何の用だ?」
オーレルはバツの悪そうな表情で、ボリボリと頭を掻きながら首を傾げた。すると、シーマは軽く会釈をしてから、口を開いた。
「はい。バービーさんは、論文の参考資料を探してここに来ました」
シーマが答えると、オーレルは、ほうほう、と呟きながら頷いた。
「それで、ボク達はビフロン長官から、貴方が空に昇るよう説得をして欲しい、という依頼を受けて、ここまで来ました」
「おおれるさんは、なんで怒ってたんだい?」
シーマの言葉に続いて、はつ江もキョトンとした表情で首を傾げた。二人の言葉を受けて、オーレルはピクリと眉を動かした。そして、眉間シワをよせると、シーマの顔をじっと覗き込んだ。シーマがはつ江の手を握りしめながら困惑していると、オーレルは悲しそうに目を伏せた。
「ビフロンの野郎、俺なんかのイザコザに、王族まで巻き込みやがって……」
そして、深いため息を吐きながら、ガックリと肩を落とした。
「手間かけて悪かったな、こぞ……いや、殿下」
オーレルはそう言うと、シーマに向かって深々と頭を下げた。
「い、いや。魔界の平穏を守るのが、ボクの務めですから」
シーマは耳を伏せながらそう言うと、コホンと咳払いをした。
「それで、何故かたくなに空に昇るのを嫌がっているんですか?」
「そんなに、腹が立つことがあったのかね?」
「えー、でもおっちゃん短気だけど、そんなに怒りを引きずるタイプじゃなかったじゃん?」
「みみー?」
四人が矢継ぎ早に尋ねると、オーレルは再び深いため息を吐いた。
「まあ、空に昇るのを嫌がるヤツらのご多分に漏れず、俺にも事情があるんだが……お前ら、聞いてくれるか?」
オーレルが尋ねると、四人は同時にコクリと頷いた。
かくして、シーマ十四世殿下一行は、オーレルのおっちゃんが何故空に昇りたくないのか、事情を聞くことになったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます