第44話 ギョロリ

 王立大博物館にたどり着いたシーマ十四世殿下とはつ江ばあさんは、「俊敏な略奪者対策本部!」と書かれた張り紙の貼られた部屋へ案内された。

 部屋に入ると、きっちりと並べられた長机を前に、博物館の警備スタッフが姿勢を正して座っていた。

 シェパード、マスティフ、ドーベルマン、グレート・デーンなどの大型犬の面々。

 オオカミ、リカオン、ジャッカル、ドール、ヤブイヌなどのイヌ科の面々。

 そんな警備スタッフを見て、はつ江はニッコリと微笑んだ。


「みんな、おはよう!」


「おはよう。今日は、一日よろしく頼むよ」


 はつ江に続いてシーマも挨拶をすると、警備スタッフ達は一斉に立ち上がった。


「おはようございます!殿下!森山様!本日はよろしくお願いいたします!」


 そして、声を揃えてそう言うと、二人に向かって一斉に頭を下げた。その様子を見たはつ江は、ほうほう、と声を漏らしながら、コクコクと頷いた。


「博物館は、元気なワンちゃんがいっぱいなんだねぇ」


 はつ江が感心しながらそう言うと、シャロップシュがニッコリと笑った。


「うん!クー・シー族のみんなは、いつも元気いっぱいだよ!警備だってバッチリなんだからね!」


「いざ盗人が現れたときに捕らえるのも得意ですし、体の大きい者達は立っているだけでも抑止力になりますから」


 シャロップシュの言葉にシュタインが続くと、アハトがコクリと頷いた。


「うむ、それに集団での行動も、得意中の得意でございますからな。今回の件も力を合わせて、かならずや貴奴を捕らえてみせましょうぞ!」


 鼻息を荒くしてアハトが意気込むと、おう!、という息の合った返事が部屋に響いた。しかし、そんなワンちゃん集団を前にして、シーマは片耳をパタパタと動かしながら気まずそうに頬を掻いた。


「館長……これだけ息が合ってると、ボクとはつ江が急に入ったら、逆にチームワークを乱しちゃうんじゃないですか?」


 シーマが心配そうに尋ねると、アハトが目を見開いてブンブンと首を横に振った。


「とんでもございません!殿下!」


 目が飛び出しそうな勢いで首を振るアハトを横目に、シュタインがコホンと咳払いをした。


「殿下達には、柴崎とご一緒に通常展示の警備をお願いしたいのです。特別警備の方にばかり人員を割いて、通常の警備が若干手薄になってしまっていましたので」


 そう言ってシュタインがペコリと頭を下げると、シーマはホッとした表情を浮かべた。


「それならよかったよ。五郎左衛門、今日はよろしくな」


「よろしくね!ゴロちゃん!」


 シーマとはつ江がニッコリと笑いながら声を掛けると、五郎左衛門は凜々しい表情を浮かべて姿勢を正した。


「こちらこそ!今日はよろしくお願いいたしますでござる!」


 元気よく返事をして、五郎左衛門は勢いよく頭を下げた。その様子を見て、シャロップシュはニッコリと笑ってから、スタッフ達の方に顔を向けた。


「よーし!じゃあ、みんなにも今日の任務を説明するから、ちゃんと聞いてねー!」


 シャロップシュが呼びかけると、ワンちゃん集団は再び、おう!、と息の合った返事をした。

 

 それから、ナベリウス一同が、博物館の見取り図と拡大された怪盗からの予告状をホワイトボードに貼りだし、警備体制の説明を始めた。シーマ、はつ江、ワンちゃん集団はフンフンと頷きながら、説明に聞き入った。


「……と言うことで、怪盗から予告された時間は十五時、狙いはウスベニクジャクバッタの自動人形、警備の配置はこの図の通り。以上ですが、質問はありますか?」


 説明を終えたシュタインが、教鞭で見取り図を指しながら尋ねた。すると、はつ江がすっと手を挙げた。


「はい!」


「どうしたの?はつ江ばあちゃん」


 シャロップシュがキョトンとした表情で首を傾げると、シーマが尻尾の先をピコピコと動かしながら脱力した表情を浮かべた。


「また、何か変なこと聞くんじゃないだろうな?」


 シーマがジトッとした目で釘を刺すと、はつ江はカラカラと笑った。


「大丈夫だぁよ!ちょっと、その泥棒さんってのは、どんな格好なのか気になってよう」


 はつ江がそう言うと、アハトが、ふむ、と呟いた。


「確かに、森山様が言うように、貴奴の容貌は気になるところでございますな……」


 アハトの言葉を受けて、シュタインが悲しそうに目を伏せた。


「しかし、貴奴の風貌については、断片的な物しかないのですよ……」


 続いて、シャロップシュが目を閉じて眉間にしわを寄せながら、うーん、と唸った。


「なんかねー、鶏っぽかった!って言う人もいるし、絶対ワニだ!って言う人もいるし、でっかいハリネズミだ!って言う人もいるんだよねー」


 シャロップシュが悩んでいると、はつ江の左隣に座った五郎左衛門が小声で声を掛けた。


「他にも、ナマケモノだと言う人や、アリクイだと言う人もいるのでござるよ」


「あれまぁよ!そうなのかい!」


 はつ江が目を丸くしながら声を上げると、右隣に座ったシーマが片耳をパタパタと動かして、眉間にしわを寄せた。


「うーん……それだけバラバラだと、怪しい奴がお客さんに紛れてないか探すのは難しそうだな……」


 シーマが落胆気味に呟くと、シュタインがコクリと頷いた。


「そうですね……流石に、強行突破して来るとは思えないので、お客様の中に怪しい方がいないかは把握しておきたいところではあるのですが……」


 シュタインの言葉を受けて、シャロップシュが意外そうな表情を浮かべた。


「えー!?オレだったら、バーン!って突入して、ドーン!って盗んで、ダー!って逃げるけどなー?だって、その方がカッコいいし!」


 シャロップシュが無邪気にそう言うと、アハトが大きな目でギョロリと睨みつけた。


「お前は少し黙ってろ!」


「はぁーい……」


 アハトに叱られて、シャロップシュはシュンとした表情でうな垂れた。そんな兄と弟を見て、シュタインは脱力した表情を浮かべてから、コホン、と小さく咳払いをした。


「ともかく、相手の容貌が分からない以上、油断は禁物です。皆さん、くれぐれも気を抜かないように」


 シュタインの言葉に、シーマ&はつ江とワンちゃん集団は声を揃えて、おう!、と返事をした。アハトはそれを見て凜々しい表情を浮かべると、コクリと頷いた。


「よろしい。では、総員直ちに持ち場に移動するように!」


「焦って転ばないでねー!」


 アハトに続いて、シャロップシュも声を掛けると、一同は再び一斉に返事をした。そして、立ち上がると足早に持ち場へと移動していった。


 シーマ、はつ江、五郎左衛門は、俊敏な略奪者対策本部の部屋を出ると、持ち場となった展示室に移動した。


「ほうほう、これは可愛らしい絵が沢山飾ってあるねぇ」


 そう言いながらはつ江は、展示室の中をぐるりと見渡した。

 展示室の中には、クレパスや水彩絵の具で描かれた、花や妖精やフカフカした動物達の絵が、所狭しと飾られていた。そんなはつ江の姿を見て、シーマが得意げな表情を浮かべて、フフンと鼻を鳴らした。


「どうだ、凄いだろう!ここは、魔界でも著名な絵本作家の作品を展示したコーナーなんだ!」


「ほうほう、そうなのかい!」


 はつ江が感心していると、五郎左衛門が展示室の入り口に置かれたパイプ椅子にクッションを敷きながら、ニコリと笑った。


「なので、ここにはお子さんを連れた親御さんや、お孫さん連れのお祖父さんお祖母さんが、沢山やってくるのでござるよ」


 五郎左衛門はそう言うと、クッションをタシタシと叩いた。そして、はつ江に向かって手を差し伸べる。


「さ、はつ江殿。立ちっぱなしでお体に障るといけませんので、こちらへどうぞ、でござる」


 はつ江は五郎左衛門の手を取ると、ニッコリと笑った。


「ありがとうね、ゴロちゃん」


 はつ江がそう言って椅子に腰掛けると、五郎左衛門の首もとをワシワシと撫でた。


「いえいえ、このくらいなんのその!でござる!」


 五郎左衛門はそう言いながら、目を細めてくるんと巻いた尻尾をブンブンと振った。シーマはそんな二人を、髭の先を少し下げながら、じっと見つめた。シーマの視線に気づいたはつ江は、ニッコリと笑うと首を軽く傾げた。


「じゃあ、今日はお土産にこの作家さんのご本を買って帰って、寝る前に読んであげようね?」


 はつ江に声を掛けられたシーマは、ハッとした表情を浮かべた。そして、鼻の下を膨らませると、腕を組んでそっぽを向いた。


「ふ、ふん!子供扱いするなって、言ってるだろ!でも、はつ江がどうしてもって言ううなら、付き合ってやる!」


 憎まれ口を叩きながらも、シーマは耳と尻尾をピンと立てていた。はつ江と五郎左衛門はその姿を微笑みながら見つめて、うんうん、と頷き合った。


「そんじゃあ、付き合っておくれシマちゃん!」


「お二人は、仲良しでござるな」


 二人の言葉に、シーマは再び、ふん、と鼻を鳴らした。しかし、不意に何かを思い出したように目を見開くと、尻尾の先をクニャリと曲げた。


「ところで、五郎左衛門の担当場所は、本当にここでよかったのか?」


「はい。通常時もここの警備を担当することが多いでござるが、それがいかがなさりましたか?」


 シーマに尋ねられた五郎左衛門は、キョトンとした表情を浮かべて問い返した。すると、シーマは片耳をパタパタと動かして、気まずそうにフカフカの頬を掻いた。


「あー、何というか……忍者の一族だと戦闘にも長けてるだろうし、特別警備の方に参加したかったのかなって思って」


 シーマの言葉に、はつ江が、ほうほう、と声を漏らしながらコクコクと頷いた。


「手裏剣やクナイで泥棒さんを、えい!、って捕まえたかったのかね?」


 二人の言葉を受けて、五郎左衛門は困った表情を浮かべて、ポリポリと頬を掻いた。


「確かに、戦闘訓練はそれなりに積んでいるでござるが、いざと言うときは大型の先輩達の方が頼りになるでござるよ。それに……」


 五郎左衛門はそこで言葉を止めると、ニッコリと笑った。


「拙者は、ここの警備が好きなのでござるよ」


 五郎左衛門の幸せそうな笑顔を見て、シーマとはつ江は安心したように微笑んだ。


「そうか。それなら、安心したよ」


「好きなお仕事ができるなら、なによりだぁね!」


 二人の言葉に、五郎左衛門は、はい!、と元気よく答えて、尻尾を一振りした。そのとき、展示室の天井に吊された鳥の形をした拡声器から、チャイムの音が鳴った。


「間もなく開館時間になります。スタッフは所定の位置に待機して下さい」


 続いて、シュタインの声が響き、三人は同時にコクリと頷いた。


「よし!じゃあ、今日は頑張ろうな!」


「任せるだぁよ!」


「お任せあれ!でござる!」


 それから、三人は声を合わせて、おー!、と気合いを入れると、それぞれの持ち場についた。

 かくして、特別警備体制が敷かれる中、王立大博物館が開館したのだった。

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