第61話 貴方の為の整理整頓を

「しかし、ギヌス様が生きていると一つ疑問が浮かびますね」

「何かしら?」

「この事件の計画は、ギヌス様からなのでしょうか? しかし、アリスに対しての個人的な恨みを見る限りではロザリーナからと言う気もしてきます」

「そうね……。ゲームのシナリオを考えれば、ギヌスはキルトとして登場しているのだから、キルトの狙いは王子の命のはず。でも、王子が狙われたのはあの医務室の一件だけよね。彼は何処から関わっていたのかしら?」

「あの暗殺事件からと考える方が自然ですよね」

「となると、その前に連続して起こった事件はロザリーナだけの単独犯? それにしては、些か無理があるわね」

「そのゲームとやらでキルトは雇われて王子を暗殺を企てて居たのですよね? 雇ったお相手は?」

「そうね。そうなるわよね」


 私はため息を吐き、空を見上げる。


「ローラ・マルティスなのよね……」


 ゲーム内でキルトを雇った貴族はローラ・マルティス。つまり、私である。

 勿論、私が雇わないルートもあるが、その場合は彼が独自に嗅ぎつけてこの学園に紛れ込んでいた。


「本当は、アリス様を暗殺する為に雇ったのだけど、途中で裏切られて何故かキルトは王子を狙うのよ。何故か迄はルートによって様々だけど、大概が金銭目的ね」

「そうなると、現状にはどれも当てはまりそうにありませんね」


 フィンの言葉はまったくもってその通りだ。

 私はキルトに何一つ依頼もしてなければ、その存在すら知らないのだから。


「それに、あのロザリーナの日記がギヌスが書いた証拠も今は無い。そもそも、フードの男がギヌスだったとしても、その後のロサの死に関わっているかすら分からないわけだし。何処をどう動いても、今の私達だけでギヌスに辿り着けるか怪しいものだわ」

「色々と手はあるとは思いますが、どれも此方が不利になる事は間違いないかと」


 そうなのだ。

 フィンを向こう側に向かわせても、どれだけ令嬢を問い詰めても、向こうには逃げる手立てが幾らでも有るばかりか、こちらの手薄となった場所を突ける位置にいる。

 なんたって、この学園の噂を取り仕切れるぐらいだ。

 今のこちらのフォーメーションが崩れれば、飲み込まれるのは容易い事だろう。


「下手に手を出したら、此方がやられる事は請け合いね。次の手を早く探さなきゃいけないと言うのに……」


 かと言って、何もせずにただ時が過ぎれば、後手後手に回るどころか盤面をひっくり返す事すら出来なくなる窮地に追いやられるのは目に見えている。


「そうですね。しかし、こればかりは急いだ所で良い手が出るものでもなしです。一度、あのメガネ達と話すのも必要かと」

「タクト様と? それもそうね」

「でも、ローラ様はメガネとは近づかないで下さいね。危ないですから」

「だから、あれは何でもないってば……」


 呆れながら私が言えば、ローラ様は呑気過ぎますと怒られる。

 はぁ。まさかあんな簡単にタクトの事が暴露るとは思っても見なかったじゃないか。

 ……タクトか。

 そう言えば、タクトが何か気になることを言っていたな。


「そう言えば、フィンは王族の知り合いはいて?」

「王族、ですか?」

「ええ。王子やランティス様の様に直系ではなく、分家の」

「そうですね。直接は知らないですが、賭博の客には王族も噛んでると言う話は聞いた事があります。私は、一剣士の為、営利の関係には首を出せなかったのですが、あそこまで大々的に決闘を見世物にしていたので、暇を持て余した悪趣味な王族達は好き好んで参加していても不思議はないかと」

「ロサ、いいえ。ロザリーナと、王族の関係は何か知っていて?」

「ロザリーナですか? いえ、お聞きした事はないですね。例え、うちの一族と王族が関係があったとしても賭博関係で大々的に出来るものでは有りませんし、賭博には女は立ち入り禁止だったので、あの賭博で知り合う事も出来ない筈ですし、ロザリーナは、その、一族の中では頭が足りないとの共通認識がありましたから、私よりはマシかもしれませんが、余り表舞台にも立たせて貰えなかったでしょう」

「そう」


 この件については、タクトに一任していたのだからこれ以上私が口を挟んだ所で致し方ないか。


「王族が何か?」

「ええ、そうね。フィンも私と行動している限りでは、タクト様から直接話を聞く機会もないかもしれないし、先に話して置こうかしら」


 私は、あの日タクトにされた説明をフィンに伝える。

 ロザリーナとギヌスに直接関与している可能性は低いが、知識としてフィンが知っておいても良いがもしれないと判断したからだ。


「成る程。そんな話が外では持ち上がって居たのですね。この学園にいると、外の情報が余り入ってこないもので、どうしても世間の情報から外れてしまいますね」

「そうなの?」

「ええ。勿論、大勢は長期休暇で実家に帰る人間の方が多いですし、その時に外の情報を仕入れては来ますが、現状即座にと言うのは難しいかもしれませんね。特に、私の様に家に帰れない人間はやはり外の情報には随分と疎くならざる得ない状況です」

「そうよね。ここは、随分と隔離されているものね。都からも随分と遠いし」

「貴族の子供達の最後の楽園と言うのが、学園のお考えの様ですからね。妙に危機迫る現状を悪戯に垂れ流すのは良しとしないのでしょう」

「確かに、最後の楽園には大人の事情なんて相応しくないでしょうに」


 しかし、ここの学園は随分と子供達を大切にしているな。

 彼も、タクトの話によれば子を持つ事を政治によって絶たれた被害者と言ってもいい。

 この学園に通う子供達を我が子のように思っているのかもしれない。


「ええ、そうですね。そして、逆もですよ。この学園の情報も外には遮断されますからね。大人に私達子供の事情なんて聞かせても碌な事になりませんから」

「婚約者が決まっているのに、恋をしてみたりとか?」

「ええ。年の近い婚約者が居れば話は別ですが、大抵の貴族の婚約は私程ではないにしろ、年が離れているものですからね」

「へぇ。そうなのね」


 年の差結婚が多いだなんて、現代では考えられないが、祖父母達の世代には親が決める結婚が多いと聞く。私の父方の祖父母も十近く離れて居たと微かに覚えている。


「それにしても、この事件は広く散らばってますね。睡眠剤の件、ロサの件、ギヌス様の件、アリスの件にああ、そう言えばアリスの部屋が荒らされて居た件。本当に一括りにしていいのか怪しくなりますね」

「ええ。最初はアリス様の食事にアーガストが盛られた件が発端だわ。今思えば、食事に薬を盛ったのもロサかもしれないし、ロサじゃなかったもしれない。背中しか見てなかったし、私もそれほど覚えているわけでもないのが痛手だわ」

「ロザリーナは日記でアーガストについてを記載して居たし、ロザリーナが犯人では?」

「フィンはそう思う?」

「理屈上は。ロザリーナならば遣りかねないと思いますよ」

「次に起こった、アリス様達の部屋が荒らされて婚約指輪がすり替えられて居た件はどうかしら?」

「荒らすのは無理だとしても、婚約指輪の強奪の計画ならばロザリーナはやるでしょうね。何せ、嫉妬の塊ですから。平民が王子に婚約指輪を送ったと知れば、彼女は黙って居ないのでは?」

「そこなのよね。ロサはどうやって、アリス様が婚約指輪を持っている事を知ったのかしら? 学園長室から情報が漏れて居たとしても、学園長に婚約指輪の行方の報告をわざわざ王子やアリス様がしたとは思えない。それに、私のハンカチ。あれも少し不可解だわ。例え運良く王子が捨てた私のハンカチを拾ったとしても、私を犯人に仕立て上げて、ロサになんの得があるのかしら? ロサは私の顔を知らないはずよ? 私に嫌がらせをした所で、ロサの利益はないはずじゃない」


 噂を把握して居たのならば、私の当時の位置付けは、婚約破棄寸前の王子の婚約者だ。

 わざわざ私を犯人に仕立て上げて、誰かが言った様に王子の婚約破棄の決定打にする、なんて話はロサには関係がない。

 あのまま進めば、誤解をとくきっかけも与えずに自ずと自動的に王子は私と婚約を破棄していただろうし、何より私と王子が婚約破棄をした所で、また別の公爵令嬢が王子の婚約者となるだけだ。

 それこそ、その席には平民に落ちたロサには一欠片も関係がない。


「確かに、その謎は残りますね。流石にロサと言えど、見ず知らずの、自分と関わりがないローラ様に嫌がらせをしようと考えるのは可笑しい」

「彼女が私を殴った理由も、令嬢がメイドの真似事をしているとの認識だったと思うわ」

「それについては、如何にも彼女が飛びつきそうな事だとは思いますね」

「だからこそ、以前から私に対して恨みを持っているとは考え難いわ。それに、私がローラのメイドだと言っても、彼女は興味がなさそうだったし。もし、ロサがローラのハンカチを利用しようとしたと仮定するならば、ローラに対しての認識が、随分と食い違っている」

「ローラ様が、あのアーガストの一件でロサの姿を見たと思われていた恨みという線も?」

「名も知らない私と、私のハンカチが結びつく方がおかしいでしょうに。私がハンカチを捨てたならば話は通るけど、私のハンカチを捨てたのは王子よ。結びつかない筈だわ」

「確かに」

「それに、アーガストの件もあのロサの日記が嘘だとするならば随分と不自然だわ。足が付かないようにアーガストを使ったと書かれていたけど、そもそも足が付かないようにするならば、この国に流通して何処からでも手に入る幻覚剤を使うべきよ。逆に希少なアーガストとなれば、この学園を出て調べれば必ず足がつく。また逆に王子達に仕込んだ睡眠剤はその流通した物を使っていた。その違いはなんなの?」

「王子と学園長が昏睡状態に陥った事件ですね。でも、あれは明らかにロサが仕組んだ事では? 彼女は、学園長の身の回りの世話もしており、あの部屋のポットに睡眠剤を入れる事も可能」

「ええ。あれに関しては、ロサが犯人だという事になるけど、なぜあの場を狙ったのかしら? 王子は確実に招かざる客だったわ。本当に狙ったのは王子なの? あの場で約束された人物は私と学園長のみのはずよ。ポットは私達が来る前から用意されていたのだから、本来狙われるのは私か学園長のはず。でも、ロサは私の存在は知らず、学園長も無傷のまま。寧ろ、あの事件が一番不意に落ちないわ」


 タクトは、本当に王子が狙われていなかったのか断言は出来ないと言っていたが、決めつけでもなんでも、あの場に王子を招き入れたのは学園長があの場で決めた事なのは間違いない。

 それに、あのお茶だ。

 私の様に、王子があのお茶を口にしない確率だって高かった。

 ロサが持ち得る情報で、淹れた本人である学園長は必ず飲むと知っていたとしても、私や王子の行動までは読めないはず。

 逆に学園長だけが飲んで昏睡状態になってしまっていたら、事件として王子が緊急で城に戻ってしまう可能性だって出てくる。


「……どの事件も、根本的には何一つ解決していませんね」

「ええ。でも、一つだけ言える事があるわ」

「それは?」

「どの事件も、同時には起こっていないのよ。もし、この事件が別々で起きているとしたら、一つぐらいこの短期間で起こっているならば、発生が被ってもおかしくない。それなのに、どの事件もかぶる事なく、一つ一つ事件をこなした後に必ず起こる」

「……矢張り、事件を起こしている人間は一人……」

「ええ。もし、集団であれば、それこそ効率的に被せる事だって出来るはず。なのに、お行儀良く並んでいるとなると、核たる人物が必ず、どの事件にも計画、実行に加担しているという事ね」

「それがギヌス様だと?」

「分からないわ。でも、ギヌスがもし、その核たる人物だとしたら、動機は何? こんなバラバラな事件を起こす目的は、約束された聖騎士団の副団長の座よりも価値が見出せるものなのかしら?」


 ギヌスに約束された席は、次期聖騎士団団長の座だと言っても過言ではない。

 その存在は、貴族以外で王に認められた唯一の名誉ある高い身分だと言ってもいい。

 国防や戦ごとの話になれば、大臣よりもその発言力は強いとされる。

 ここ百年は戦なんてなかったらしいが、こんな時代だ。いつ何時、隣の国王が気分が変わってこちらに攻めてくる可能性だって高い。

 また、戦が起こらないなら起こらないでも、実績を上げる事もなく、団長の座を得ただけで随分なステータスになるのは間違いはない。

 なんせ、問題を起こした弟子の代わりに団を抜けても、その後も城で暮らせるだけの身分なのだから。


「ギヌスの目的がわからない今、何一つ否定する事は出来ないけれど、どうしてもそこが引っかかる」

「何を考えているか、余り顔には出さない不思議な方でしたが、今になってもギヌス様の事は分からないままですね」


 フィンは静かに立ち上がると、ため息を吐く。


「ローラ様」

「何かしら?」

「一つ、試したい事が。協力して頂けませんか?」


 そう言って、フィンが笑った。





_______


次回は9月2日(月)23時頃に更新予定となっております。お楽しみに!

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