第45話 貴女の為のバッドエンドシンドロームを

 然し乍ら、現状証拠はロサが犯人だと言っている。

 まるで、これでは童話のめでたし、めでたし。だ。と、言ったところでそれで何が悪いのか。

 自分の中で未消化が起こっているからだなんて理由は、理由にならない事は常々承知しているのに。


「しかし、ロサが犯人ならば、何処でアーガストを?」

「ああ。それも残ってたよ。ロサはアーガストを持っていた。ロサはこの学園の卒業生を含む生徒と関係を持っていて、お前の親父さんと同じ国に行った外交の息子の一人から、一年前に貰ったらしい。自分と結びつかない様に、考えてたみたいだな」

「そう、なんですか……」


 確かに犯人ならば自分と一番縁が遠いものを使おうと思う心理は理解できる。

 でも、用意された答えが余りにも完璧だ。

 まるで、推理小説の様に。

 でも、今は現実に起こっている事件で、生きていた人間が行った事件。それ程までに答えが用意されていておかしくは無いのか?


「一年前から彼女はこの計画を?」


 フィンの質問にランティスはコクリと頷いた。


「みたいだな。何とか、爪痕を残したかったみたいで、問題提訴が至る所に見て取れた。これで、国が変わればって思ってるんだろうな」

「下の者がどれだけ足掻いても変わる国ではなかろうに……」


 忌々しげにフィンが呟くが、まさしくその通りだ。

 しかし、だからと言って何もしないと言う寂れた選択肢だけが、あるわけでもない。また、それを選ぶ事しか出来ない訳でもない。

 言っただろう。

 これは、生きていた人間が起こした事件だ。生きている人間の選択肢が一つだなんて、妄想でしかない。

 ここ迄、この事件の証拠でさえその証拠が出てくるのだ。一点の曇りのない根拠が。

 矢張り、疑いは私のただのバッドエンドシンドロームなのだろうか。


「俺もそう思う。もっと、ほかにやり方があっただろうにな」

「ほかのやり方とやらで、何が変わるんだ。命を賭けて、全てを捨ててそれでも足りない対価を、どうやって?」

「おいおい、フィン。随分とこの女の肩を持つな」

「私だって、今の世界への不満は計り知れない。分からなくもない。彼女の気持ちは」


 女と言うだけで、騎士を諦めざる得ない彼女の言葉には随分と重みがあった。

 世界の不条理と言う名のルールをどれだけ嘆いたところで、例えそれに命を賭けたところで、それを変える対価にはなり得ない。

 酷い話だ。

 でも、もしも、もしもと思う心があったからこそ、彼女は自ら命をたったのだろうか?


「指輪は?」

「ん?」

「アリス様の部屋から盗み取った指輪は、有りましたか?」

「いや。発見されてはない。だけど、男を雇う為に随分と金がかかったそうだ。もしかしたら、その指輪を担保にかもな」

「傷が付いた指輪をですか?」

「兄貴がアホなことをしても、国宝は国宝だろ。周り装飾だけでも、かなりの額だ」

「確かに、そうですね……」


 完璧だ。

 全ての疑問の答えが、全て完璧に揃いきっている。

 まるで、小学生の頃にやった計算ドリルかと間違う程に。


「何か、浮かない顔をしてんな」


 ランティスの言葉に、思わず私は首を傾げる。


「私、ですか?」

「他に誰がいんだよ」


 フィンがいると言いたいが、彼女の表情はいつも通り、何も変わっていない。

 自分では気付かなかったが、どうやら私は顔に出やすいタイプの人間らしい。


「いえ、何と言うか、その、完璧だなと思いまして……」

「何が?」

「全てが、一本の線に繋がりすぎていると言いますか……」

「犯人なんだから、当たり前だろ?」

「ええ。そうなんです。でも、その犯人も死んでいるのに?」


 死んでいるのに、こんなにもわかりやすい答え合わせが用意されていていいものだろうか?


「自殺なんだから、そうだろう。突然死んだとなれば話もわかるが、そこら辺のもん引っ括めて、こいつは今の世を変える為に全力を尽くしたんだ。逆に言えば、平民の身分が一人死んだぐらいでここまで調べて貰えるだなんて普通では有り得ない。だからこそ、こいつは命懸けで、残したんだろ? お前が言う、一本の線ってやつをさ」


 そうだ。

 ただ、平民が一人死んだ所で、何故死んだのかなど、通常では調べるはずがない。

 しかし、今回は王子の事があり、その弟王子が直々に調べ上げた。

 これは、ある意味ロサの目論見通りと言ってもいいかもしれない。

 もう、これは納得するしかないだろう。

 素直に、納得するしかないだろう。

 全てに理由と言う名の答えが出たんだ。これ以上は一人で何と戦っいるか分からなくなっても、おかしくない話になってくる。


「そう、ですね。歳を取ると、疑り深くなる様です。私の疑問など、お忘れください」


 ロサは死んだ。

 この世のルールを変える為に戦って、死んだのだ。

 彼女は世界を動かす為に、ありとあらゆる手段を用い、痕を残し、変える為に、跡に残した。

 ただ、それだけだ。


「事の顛末は、王に報告を?」

「ああ。流石に俺からはしないけど、タクト当たりが纏めてするんじゃないか?」

「王が、動けば良いですね」

「どうだかな。確かに、虐げられている奴もいれば、そうでない奴もいる。全員が全員、賛成だとは言えない事を受け取る程国だって単純なものじゃないだろうし」


 正論といえば正論だが、それではロサが浮かばれないだろう。

 別に肩入れをするつもりは無いが、少しでも、ロサの叫びが世界を変えれたらなんて、夢物語の様な絵空事を願いたくもなる。

 私だって、フィン同様にロサの気持ちがわからないわけじゃない。

 私だって、彼女と同じ事を考えていた事だってある。勿論、前の世界の話だが。

 私にはそんな勇気がなかった。それだけだ。私と彼女の違いは。


「そう、ですね。余分な事を言って、ごめんなさい」

「何か、すっきりしないな」

「え?」

「ローラが、だよ。本当は、もっと喜ぶと思ってたのに」

「私がですか? 何故?」

「アリス様の危機は去ったー! とか、言って笑うのかと思った」

「確かに、それは喜ばしい事ですが、死人が出ていますからね。流石に、手を叩いては喜べないですよ」


 私が困った様に笑うと、ランティスは私の頭を叩く。


「お前のお陰で、兄貴やアリスが守れたんだ。確かに、ロサは死んだけど、お前に感謝しても仕切れない奴は沢山いる。だからさ、少しぐらい自分の事を自分で褒めてやっても良くないか?」

「私を、私が?」

「そう。少しぐらい、労ってやれよ。な?」


 私を、私が褒める?

 あれ?

 何だろう。この言葉で、何が私、忘れてる様な……?


「まだ、何か気になる事があるなら、俺に声かけろよ。ロサの計画書とかは俺が持ってるから。いつても見せてやるよ」

「……はい。ありがとうございます」

「そう言えば、お前ら午後は何処にいたんだ?」


 あれ? 何だ?

 何を、私は、忘れているんだ?


「ええ、中庭を散歩した後、フィンと食堂に」

「いいな。俺はまだ昼食も取ってないんだぜ?」

「あらあら、ご苦労様ですわね。では、今から食堂へ?」


 とてつもない、違和感が吐き気の様に込み上げてくる。

 でも、それが何かわからない。

 大切な事なのか、忘れたい事なのか、思い出してはいけない事なのか。


「今から行っても何もねぇだろ?」

「サンドイッチはあるかもしれませんよ?」

「そんな伝説みたいな話、久々に聞いたぞ。なあ、フィン?」

「ローラ様の言葉を嘘にする訳には行かないので、私がサンドイッチを作りますよ。そこら辺の葉っぱとかで」

「おいっ!」


 パンドラの箱が、まるで私の目の前にあるようだ。

 開けて何が出るのかわからない。

 全てを覆す希望の光か。

 それとも、全てを覆う絶望の闇か。

 今、ランティスやフィンと会話をしていなかったら、私はきっと、うっかり一人パンドラの箱を開けていた事だろう。

 何も今、そんな危険な橋を、ただ自分の中での未消化を消化する為だけに渡らなくても良いだろう。

 今はただ、犯人がわかった。

 次の事件は起きない。それでいいじゃないか。


「この後、ランティス様はどちらに?」

「ああ、取り敢えずは兄貴の所に顔を見せる予定だけど?」

「あら。では、入れ違いになるところでしたね。私達も先ほど、王子の見舞いに行ってきたんですよ」

「ローラが?」

「……え、ええ。タクト様が、そろそろ王子は起きる頃だと言っていたでしょ?」


 何だか、ランティスに本当の理由を話すのを一瞬躊躇ってしまい、流れるような嘘をついた。

 真実を知っているフィンは黙ったまま、何も言わずに、何も見ずに、ただ話を聞いているだけだ。

 どうやら、私はまだ先程のパンドラの箱に動揺をしてるらしい。

 ランティスにこれ程、意味のない嘘をつくだなんて。

 しかし、意味がないからこそ、今更の訂正なんて出来ない。した所で、それこそまた意味がない。

 私は仕方がなく、そのままの体で話を進めることにした。


「ああ。そろそろ薬が切れるらしい」

「それは、お茶に入ってた薬ですか?」

「毒ではなく、眠り薬だった様だよ」

「まあ」

「それも、普通にこの国で良く出回ってる類のな。濃度は高いが、致死量には至っておらず、そろそろ目を覚ます頃合らしい」

「タクト様が?」

「そ。タクトが俺が持ってきた茶で調べてくれたんだよ」

「そうですか」


 確かに、今のところ一番信用が置ける結果である。


「ローラ達はこの後どうする?」

「そうですね。お話も聞けたことだし、寮に戻ろうかと」

「そうか。送ってやりたいが、そうはいかないまんな。気を付けて帰れよ」

「ありがとうございます。でも、フィンが居ますから」

「ええ。そこらの王子よりも剣の腕は立ちますからね」

「お前は本当に一言余分だな。でも、まあ、お前も元気そうで良かったよ。じゃあ、俺は行くからお前らは少し経ってから出ろよ」

「はい。わかりました。では」

「ああ、またな」


 ランティスが右手を軽くあげて、教室を出る。


「また、ですか」


 その背中を見送りながら、ふと、フィンが呟いた。


「何かおかしかったかしら?」

「いえ。アリスの件はこれにて幕を閉じたのに、またあの弟王子に会う必要なんてないと思いまして」


 確かに、そうだ。


「確かに、そうね」


 そうだ。

 この件の幕が引けば、私がランティスに助けを求めた理由がなくなる。

 私が、ランティスと交わした同盟も、何もかも。

 終わってしまうのだ。


「ローラ様?」

「あ、え、ごめんなさい。どうしたの?」

「いいえ。何か、考えていた様に見えましたもので」

「ああ、大丈夫よ。ただ、漸く事件が終わったのかと思ってしまって」


 また、しょうもない嘘を付いてしまった。

 そうか。

 私とランティスを結んでいた糸が、解けたのだ。

 この事件の謎が、解ける様に。

 アリス様が一番。私の全て。私の生きる意味だと思っていたのに。

 何故だろう。


「ホッとしたのかしらね」


 少し、寂しいだなんて。

 まだ事件が少しだけ続けばいいと思ってただなんて。だから、私はありもしない続きを見続けようとしたのかもしれないなんて、思ってるだなんて。



 まだ、ランティスの隣に居たいだなんて、思ってしまう自分がいるなんて。




_______


次回は7月19日(土)23時頃に更新予定となっております。お楽しみに!

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