第39話 貴女の為に一筋の闇を

 そうだ。あの女は、この学園のメイドなのだ。

 正確に言えば、主人に使えるメイドと違ってこの学園にいるメイドはコネがない平民を貴族に斡旋する為にメイド見習いや、働き先が無くなってしまったメイドを受け入れて掃除などの仕事を与えている。

 あの女も、その一人という事だろう。

 それならば、あの棚の話も納得が行くし、何より、メイドの手をよく知っている。

 何よりも、ここのメイドであれば、大金を叩いて用意しなければならない、この学園の制服ぐらい簡単に手に入れられるだろう。


「成る程な。メイドか。しかし、何故、メイドが王子を狙う?」


 確かに、メイドならば王子を狙う理由はない。

 しかし、だ。


「アリス様を狙う理由は、あるのでは?」


 アリス様は平民出。

 謂わば、彼女と同じ立ち位置にいた。

 アリス様は、他の平民達と違い、目に見える優秀な才能はないが、稀代な才能を買われてこの学園に居る。

 側から見れば、身分不相応。自分と変わらないはずの彼女が特別扱いを受ける様を見ていて嫉妬に駆られてもおかしくはない。


「アリス様に嫉妬し、彼女を狙ったとなれば納得が行く」

「それだけで、折角用意された仕事を無くすかもしれない行為を、その女がしたとでも? 随分と都合が良すぎないか?」

「確かに、その通りです。でも、彼女は間違いなく、ここのメイドのはずだ」

「なら、明日にでも直ぐに探し出せるな。理由は、その女が捕まった時にでも吐かせればいいだろ」

「ええ。私も、シャーナ様も、彼女の顔は分かっている現状では、捕まえるのも時間の問題です」

「随分と強気だな」

「今迄姿すら見えなかった相手が、漸くですもの。浮き足立つのは致し方ないでしょうに。でも、男の方はまったく私もわからない」

「男の方は、フィンが見ているはずだ」

「ええ。私が見た時はフードを被っておりましたが、もしかしたらフィンが何らかの形で顔を見ているかもしれない」


 フィンは無事だとランティスから聞いたが、彼女が後進を許し、尚且つランティスに助けを求めたのならば、一度は剣を交えているはずだ。

 ならば、その過程で、彼女が男の顔を見た可能性は極めて高い。


「あの無礼な女に聞くかしかないのか」


 どうやら、タクトはフィンが苦手らしい。

 彼女の些か強気な態度は、どうも彼を困らせるようだ。


「彼女はそれを補う程、優秀な私の騎士ですからね」

「はっ。女が騎士だなんて世も末だな」

「なにを仰いますか。適材適所ですよ。タクト様が騎士になるよりも、彼女が騎士の方が格段と適正がある。また、逆に彼女が大臣よりもタクト様が大臣をされた方が適正がある。そこに性別など些細な事を仰られる必要はないのですよ」

「お前が来た時代は、女も騎士を?」

「騎士どころか、大臣も。国も違えば国の代表にもなっておりますよ」

「では、誰が子を産む大仕事を?」

「ええ。そこが悩ましい所ですね」


 この国は確かに女は子を産む機械だ。

 しかし、その為の待遇は厚く、子は宝として何よりも重宝される。

 この国の男どもは、機械にしか出来ない子を産む仕事を大仕事だと捉えて、子を守ることを誇りとしている。

 昔と言えば、それまでの社会制度だが、子を、いや、子孫を残す事を何よりも重要視している為の文化は、皮肉にも現代では足りない何かを補っていると言っても良いかもしれない。

 女も一辺倒じゃない。

 働くことを主にする女性もいれば、この時代の様に家庭を国と捉え、何よりも重要視する女性もいる。

 何方が正しい、何方が良いではないが、この時代の女の在り方も、一つの女性としての人生なのだろう。

 それを選べるのが、未来と言うものだ。

 しかしながら、私がいた時代を未来と大打つとなると、少々違ってくるのが難しい話になってくる。


「子を残せぬ国に明日は無いと思うがな」

「未来は、それ程単純では無いのですよ」

「それを進化と言うのならば、少々物悲しいな」

「……未来の話をしてる所申し訳ないが、ローラ。少しいいか?」


 タクトと話していると、ランティスが控えめに手を挙げ私を見る。


「はい。如何いたしましたか?」

「今日のフィンは何かおかしくなかったか?」

「フィンが、ですか?」

「ああ。俺の元に来たあいつが、いつもと違って見えたんだが……」

「フィンが?」


 ランティスの言葉に今日の彼女の様子を思い出すが、変わった様子は特になかったはずだ。


「いえ、いつも通りのあの子でしたよ」

「そうか。俺の勘違いかな」


 ランティスも私も、それ程フィンと長い時間を共にしていた訳ではない。

 しかし、何かしらの不調があれば何らかの異常を感じるはずだ。

 私は感じられなかったフィンの不調が、ランティスには気付いたという事だろうか。


「大方、初めて相手に押し負けたのを、自尊心が傷つけられたと思っているんじゃ無いか? あの自信家は」


 タクトは溜息をついて、心配そうな顔をしていたであろう私にそう言葉を投げ捨てる。

 確かに、今までのフィンの人間離れした動きを見ていれば、彼女が負ける所など想像はつかない。

 元騎士団にも勝ったと言うぐらいだ。負けたとなれば、彼女の初めての体験で、気が動転していたのだろう。


「いや、何かさ、そう言うのじゃないんだよな……」


 しかし、納得しかけた私とは違い、実際にフィンと会ったランティスは言葉を濁す。


「何か、もっと、こう、幽霊に会ったみたいな?」

「幽霊?」


 思わず私が言葉を返せば、ランティスは小さく頷いた。


「見てはいけないものを見たと言うか、怯えていたと言うか、何て言うか、あいつがただの女の子みたいに見えてさ」


 随分と失礼極まりない一言なのだが、確かに身近でフィンの身体能力の高さを目の当たりにしていれば言わんとしている事はわかる。


「縋り付くように、ローラを助けてくれって俺の所に来たんだよ」

「私を? フィンではなく?」

「ああ。まあ、あいつも騎士を名乗るのならば、主人が一番なんだろうな」


 確かに、フィンの忠誠心は高い。

 自分の心配よりも私の心配をするなど、あの子ならば当たり前にやりそうな事でもある。

 でも、何か引っかかる。

 おかしくないか?

 いや、しかし。流石にこれは気にし過ぎている。

 彼女に対して過保護になり過ぎているのだろうか。


「どちらにしろ、あの女に聞くのも明日だな。今日動くには随分と遅くなり過ぎている」

「ええ。そうですね。ランティス様、フィンは今どこに?」

「お前の姿が見当たらないから探すと言っていたが、流石にこの時間なら寮に戻ってるんじゃないか?」

「そうですか。明日、会ったらフィンにも謝らねばなりませんね」

「そうだな。あいつは俺以上にお前を心配していたからな」

「主人として、情けない所です」

「それよりも、ローラ・マルティス」


 タクトが溜息を吐いて、私を見る。


「お前はこれからどうやってこの男子寮を抜け出す気だ?」

「……あ」


 しまった。すっかり忘れていた。


「そもそも、女子禁制の男子寮かりどうでるつもりなんだ、お前は」

「……まったく、考えておりませんでした」


 そう言えば、自分自身の現状をすっかり忘れていた。

 アクトの危機は去ったが、そもそも私がこの寮にいる事自体が問題なのだ。


「百歩譲って、この寮を出られたとしても、制服を着ずにその男物の服で寮に戻れるのか?」

「そうですね。流石に、無理ですね」


 一度深夜に寮を抜け出した時にはフィンがいたが、今はいない。

 彼女のアグレッシブな運搬方法ならば服など問題でもないだろうが、今の私には正面玄関から堂々と寮に戻るしか手がないのだ。


「……俺が力を貸せば、ここから出る手がないわけじゃないが、どうしても兄貴には伝わるし、何よりもここを出た後の事を考えるならどう見ても服が一番の問題だよな」

「いっそ、血塗れの制服で戻りますか? 昨日の晩も戻ってないわけですし、皆が察してくれる事請け合いですよ」

「察して欲しいならば、着れない制服を着るよりもそのまま戻ったらどうだ? これ以上高まる悪名も噂もなかろうに」

「タクトもローラも、真剣に考えろよ。俺の制服を貸すから、男装してここを脱出。その後、服は脱がずシーツに包まって寮に戻るとか」

「根本的に俺たち二人と何も変わってない提案だな」

「お前ら二人よりは真剣だよ」


 ランティスは呆れた顔を返してくる。


「失礼だな。俺も真剣だが?」

「何処かだよ。もっと現実的に考えろよな。な、ローラ」

「ええ。そうですね。現実的に考えれば、分かることですわ」

「確かに、ローラ・マルティスの言う通りだな。では、俺は自室に戻る」

「はぁ? ローラはどうするんだよ」


 タクトの言動は、現実的に考えた結果だ。


「ええ。厚かましいですが、タクト様よろしくお願いいたしますわ」

「今回ばかりは、致し方がない。では、ランティス。任せたぞ」

「え? ええ? おいおい、お前たちは何を言ってんだよ!」

「現実的に考えれば、私が寮に戻るなんて非現実的ですわ」

「明日の朝、俺が制服を用意させるから、今晩はここに泊まるしかないだろう。下手に移動して見つかったら、余計ややこしくなるからな」

「ええ。なので、一晩の宿お借りしますね、ランティス様」


 これが一番現実的だ。


「だ、駄目だろ!」

「何がです?」

「これ以上は俺を巻き込むな。失礼する」


 タクトはめんどくさくなる気配を感じ、さっさと部屋を出て自室に戻った。

 私だって、めんどくさいと思う事を人に押し付けるだなんて、と、言いたい所だが、今は制服を用意してもらう立場なのだ。文句は言うまい。


「お前は、兄貴の婚約者で……」

「落ち着いてくださいまし、ランティス様。ならば、こうは考えられませんか? 私達は、ある意味家族です。貴方の兄の嫁ならば、姉だ。私は、貴方の姉なんです。姉弟で同じ部屋で寝起きを共にする事は、何一つ問題がない」


 まるで催眠術の様に言えば、ランティスは思わず頷きそうになる。

 チョロいな。

 そう思ったが、矢張り候補生達の様な雑魚とは違うのか、彼はすぐさま首を横に振った。


「そんなわけがあるかっ!」


 どうやら今回の敵は手強そうだ。




「やってしまった……」


 私は一人、ベッドの上で呟いた。

 あれから暫くの間、攻防戦が続いたが、何とか在住権をランティスから確保すると、次にはベッド争奪戦が始まったのだ。

 どちらがベッドを使うかなど、実にどうでもいい話だが、ランティスは頑なに私にベッドを譲ると聞かなかった。

 流石にそこまで厚顔無恥にはなれないと言っていたが、この疲れていた体にはベッドが酷く魅力的で、言い合いをしていたはずなのに、今起きたらベッドの上。

 つまり、途中で寝落ちした私をランティスがこのベッドに運んだと言うわけだ。


「はぁ……。なんたる失態」


 今日はようやく、長かったこの事件が進展を見せる日だと言うのに。

 随分と気がたるんでいる。

 私が自分に喝を入れる為に、両手で頬を叩いた瞬間だ。

 

「ローラっ!」


 血相を変えたランティスが部屋に飛び込んできたのだった。

 そして、この事件は意外な展開を見せることとなる。

 あの女が、王子を襲ったあのメイドが、変わり果てた姿で見つかったのだ。

 足元には自筆の遺書を残し、自室で首を吊った。


 嘘だろ?


 漸く掴めけた光が、静かに私の中で消えて行く。




_______


次回は7月8日(月)22時頃に更新予定となっております。お楽しみに!

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