ちょっとの変化の積み重ね

 

 ちゅん、ちゅん。

 窓の外から鳥の鳴き声が聞こえる。

 朝かぁ……一切眠れなかった。


「………………」


 ベッドから上半身だけ起こして、頭をボリボリとかく。

 自分が思いの外浮かれていると感じる。

 まあ、それも無理のない事。

 俺は前世と今世合わせて初めて恋人が出来た。

 頭を抱えてうつ伏せる。

 いや、だって、前世と今世合わせて……俺は四十過ぎたおっさんだぞ?

 それなのに十五歳の女の子が初彼女とか犯罪くさい。


「ふ、ふおおおおっ!」


 それでも好きだ。

 真凛様は、こんな俺を許してくださった……ヤバイ、何回思い出しても悶絶死ぬレベル……!

 これはレオも目が泳ぎまくるわけだ!

 平静としてるエディンの奴マジで何なの?

 感情死んでるの?

 あたふたしてたマーシャを見て逆に冷静になったとか?

 え、なんのか? 冷静に?


「! い、いかん……今日はお嬢様を城にお連れするんだった!」


 手早く支度を済ませ、朝食を作る。

 お嬢様の分と、真凛様の分。

 真凛様は昨日マリーが偽者と発覚したので、食事を作る者がいなくなっているはず。

 いや、まあ、別に女子寮の食堂で普通に食事は出来るだろうけど……。


「おはよう、セレナード。……よ、良かった知ってる奴がいて……」

「おはようございます……え? アスレイ先輩?」


 使用人宿舎の厨房に入ってきたのはアスレイ先輩だ。

 俺が一年の時の生徒会長。

 なぜアスレイ先輩が使用人宿舎に?


「レオハール殿下の朝食ってどうしたらいいんだ? い、いつも手伝ってくれる使用人が一緒じゃなくて、分からないんだ」

「ああ……」


 レオは三年になってから男子寮で生活する事が増えた。

 アスレイ先輩が、レオの従者として身の回りの世話をする事が多いが、この人も位の高い貴族。

 至らぬ点をサポートする使用人が数人付いていたはず。

 昨日の騒ぎで連れてこなかったのか?


「…………」


 で、その背後にはシェイラさんとアメルが笑顔で突っ立っている。

 あー……はいはい、察しましたとも。


「今全員分お作りします」




 そしてなぜか料理は温かいまま学園の薔薇園に運ばれた。

 今の季節にも庭師が整えた薔薇園には色とりどり、多種多様な薔薇が咲いている。

 そこでみんなが集まって朝食となるようだ。

 ……朝からこの人数分作った俺すごくねぇ?

 いや、ちゃんとシェイラさんもアメルもアンジュも手伝ってくれたけどさぁ!


「おはようございます、お嬢様」

「おはよう、ヴィニー。今日はお城に行くので、先生に休むと伝えておいてくれるかしら」

「はい……」


 しょぼーん……俺は付いて行ってはいけないって事ですね……。


「それとヴィニー、貴方なぜ朝食を作ったの? わたくし、貴方に仕事を禁止していたはずよね」

「ついうっかり!」


 ああ、早くも突っ込まれたぁぁ!

 すいませんすいません!

 昨日色々あって野鳥が起きる時間に目が覚めたというかそもそも寝られなかったというか!

 それでついルークが起きる前から誰もいない厨房で朝食作り始めて意外と余裕でこの人数分作れてしまったと言いますかぁ!


「お義兄さん、今日はものすごく早起きでしたよね……。ぼくが厨房に行ったら、無心でお弁当を詰めていて驚きました」

「……俺無心だったの?」

「声をかけても反応がありませんでしたよ?」


 マジで? マジなの? ルーク……。

 嘘だと言ってくれ。

 なにそれめっちゃ怖くねぇ?

 無心で弁当を詰めるとか、ヤバくねぇ?


「はぁ……」

「おや? アルト様はちゃんと学校に来れて……いる割に体調は芳しくなさそうですね?」


 昨日のパーティーはてっきりずる休みだとばかり思ったが、また体調を悪くしたのだろうか?

 深い溜息を吐いて、頭を抱える。

 その顔色は少し悪い。


「あ、いや……昨日よりはだいぶいい」


 じゃあ昨日はマジで体調不良だったのか。

 ずる休み認定しててごめん。


「え、ええとその……」

「?」

「リースがいるから、不要だと思ったが……戦争の時に使えるかもしれない、作戦や戦略について色々考えてきたのだが……スティーブン様、後ほど意見を聞きたいのだが」

「え? 私ですか?」


 顔を上げたスティーブン様だが、アルトが鞄から取り出した紙の束に全員が硬直する。

 主に、勉強嫌いのハミュエラが「ひぃ」と珍しい声を上げる程度には……まあ、なんというか……量が……うん。


「ず、ずいぶん書いてこられましたね……!」

「うわぁ……すごいね、アルト……これ全部君が書いたの?」

「一週間かじった程度の戦闘戦略知識で申し訳ないが……」

「い、いえ、私など政略に関する事の方が専門ですので、戦闘における戦略は実はあまり……」


 地味に突っ込むところか? 今の。

 いや、しかし、アルトの紙の束はもはや本が二、三冊作れそうな数だぞ。

 ……あいつ本当に頑張り屋さんだなぁ。


「うん、どれも合理的だね」

「そうだな……基本知識は押さえてあるし、臨機応変な対応も視野に入っていて、ふむ……なかなか」


 と、レオとエディンはすでにあれやこれやと紙を眺めてあーだこーだ始まってる。

 そこにライナス様とスティーブン様も加われば、なんか専門用語が飛び交い始めた。

 食事もなんだかんだ各々開始しているし、気が付けばいつもの日常だな。

 ……まあ、若干いつも恋愛小説の話をするスティーブン様も、恋人のエディンも取られてぷんむくれてるマーシャがいたりもするが、そこはメグが宥めているので任せよう。

 んん、真凛様もケリーと一緒にアルトの書いた戦略に目を通しておられる。

 真面目! そしてケリー、近くね?

 い、いやしかし、以前からあんな距離、だったようにも思う。

 ヘンリエッタ嬢も普通に食事してるし……そしてアンジュに睨まれて縮み上がっている……マナーがちょっとおざなりだったかな?

 いや、それはヘンリエッタ嬢んちの事情だからいいとして。

 真凛様とケリーはあんな距離感だったっけ?

 あんなに近い距離感だったっけ……!?

 むむむむむ……今まで気にならなかった……といえば微妙に嘘だが、今までよりなんとなく気になってしまう。


「それにしても……去年と違いますね、やっぱり……」

「ん?」


 隣に来たルークが、どこかしょんぼりとして俯く。

 確かに人は増えた。

 だが、食事風景は和気藹々としていて普段通りのようにも思う。

 …………いいや、そうじゃないか。

 なるほど、ルークが言いたかったのは、きっと——。


「そうだな。でも、仕方ない。それに、無事に戦争が終われば去年みたいになるさ」

「…………。お義兄さん、は……強いから……ぼくは、信じてます。……ぼくは、お義兄さんの、セレナード家の、人間になって、まだ二年なので……」

「ん?」

「お義兄さんの代わりに頑張らなきゃと思うのと同じくらい、こんな努力が無駄ならいいのにって……思うんです……」

「ルーク……」


 最近マーシャばかりに気を取られて、ルークがとても頑張っているのをすごいと思いつつ褒め損ねていたから忘れてたが……そんな考えでいてくれたのか。

 頭を撫でると、ほんの少し、ヘニョ、と眉尻を下げるルーク。

 俺は帰ってくるつもりだが……戦争だからなぁ。

 だが、ぶっちゃけ負ける気はしないのだ。

 俺の中のあの男が、武神を倒したがっている。

 あれを倒せば、二度と戦争は起きない。

 レオが他の種と平和条約を締結すれば……きっともう……。


「ルークがしっかり仕事が出来るようになってくれて、俺は助かってる」

「…………」

「それに……」


 ルークはリニム嬢と結婚するつもりなのだろうか?

 だとしたら色々手続きが必要になるだろうし、セレナード家を出る事も考えられる。

 俺は、どうするのだろうか。

 戦争から、帰ってきて……でもお嬢様はレオと結婚したら後宮に入られて俺は……。

 ……真凛様も。

 今のところ真凛様が帰る術はないはずだし、ゲームでは結局帰る事は出来なかった。


「お義兄さん……?」

「まあ、今色々考えても仕方ないだろ」

「……うう、そ、そうなんですけど」


 …………ところで、俺は真凛様と恋人になった事をみんなに説明した方がいいのだろうか?

 特に言いふらしたいとか、そういう気持ちはまったくないのだが、ハミュエラとラスティも真凛様と距離が近い気がするのだ。

 いや、ハミュエラの距離感分からず屋ぶりは今に始まった事ではないし、あいつケリーやエディンの目の前でもヘンリエッタ嬢やマーシャに飛び付いたり絡み付いたりするので、こう思うのは俺だけではないと思うのだが……。

 ハミュエラに絡み付かれる案件はヘンリエッタ嬢、悶絶して喜んでるし。

 ……うん、まあ、ヘンリエッタ嬢は嬉しそうなので、うん……。

 つーかハミュエラのあの婚約者がいる淑女に対しても距離感分からず屋なのは、割とガチで早めになんとかすべきでは?

 俺の心の平穏の為にも……!


「けど、確かにルークの言う通りだいぶ変わったな。ここの光景も」

「はい」

「いや、俺から見ると……別物というか」

「え?」


 一年の頃はお嬢様と、レオとスティーブン様とエディンとライナス様、あとマーシャ。

 二年になってケリー、ハミュエラ、アルト、メグ、そしてルークが増えた。

 今年からはラスティ、真凛様。

 学園の生徒に限らないなら、クレイやアメル、ニコライ……亜人の知り合いも増えた。

 賑やかになったし、俺自身も随分変わったと言えるだろう。

 そりゃ、うちのお嬢様が世界一大切で、幸せになって頂きたい、破滅エンドからお救いしたいという気持ちは変わらないけれど……。

 多分、このまま進めば……大丈夫……だと思う、し?

 ああ、レオがいれば大丈夫。

 レオとお嬢様が結婚すれば、この国も、世界もきっと。


「いや、やはり最後まで気は抜かんぞ!」


 油断してお嬢様に新たな破滅フラグが建つかもしれない!

 まだケリーのハッピーエンドで起きる服毒自殺フラグも完全にへし折ったか分からないしな!

 ……店が始まればきっと叩き折れると思うのだが……まだ未知数。

 お嬢様の人気取り、俺も精一杯応援しなければ!


「へ? あ、は、はい! デザートですね!」

「え、ちょっと違うんだが……まあ、そろそろいいか」

「はい、お配りしますね!」


 ルークがデザートのバスケットを持ってくる。

 するとまあ、みんな面白いくらい雑談も作戦会議も中止して興味津々な顔でバスケットに視線を集中させた。

 そういえば、みんな甘い物が好きだよなぁ。


「義兄さん義兄さん! 今日は何!?」

「手伝え」

「はぁーい!」


 バスケットの中から取り出したのはリンゴのタルトとリンゴのパイ。

 薄く切ったリンゴを、蜂蜜と水で色が変わる程度に煮込む。

 それを巻いたり並べたりしていくとこのように……。


「わあ、綺麗だね〜! 薔薇みたい!」


 レオが喜ぶ、薔薇の花のような仕様になるのだ!

 まあ、切ってしまうんだがな!

 タルトはこのまま召し上がれ!


「蜂蜜のいい香りがするな」

「蜂蜜って万能なんじゃないの」

「美味しそうです〜!」

「リンゴ……」


 うん、そして蜂蜜でテンション上がるライナス様。

 スティーブン様は甘い物ならなんでもテンション上がるからな、通常通り。

 アルトはアップルパイ以外でもリンゴならテンション上がるんだな?


「どうぞ」

「ありがとう……。今日のデザートも美しい出来ね」


 お嬢様に!

 褒められた!!


「かわいい〜! ヴィンセントさんって、本当にお料理上手ですね」

「い、いやぁ、それほどでも……」


 真凛様にも!

 褒められた!!


「いただきまーす! ……おいひーい!」

「こら、マーシャ! 座って食べろ!」


 マーシャを怒りながらも奇妙な感覚を覚えた。

 あと何日、こんな風にみんなの食事のお世話を出来るのだろう、とか。

 そう感じたら、なんとなく、この時間がとても尊いものに思えた。

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