初雪の日
クレアを地下牢に放り込み、後の事を見張りの騎士に任せてルティナ妃たちが囚われていた王族の控え室に戻るとクレイやメグ、お嬢様たちも揃っていた。
パーティーはお嬢様とスティーブン様がなんとか無事に終わらせたらしい。
すごすぎないか、お二人。
まあ、他にもアミューリアの生徒会役員が手を貸してくれたそうだ。
存在感は薄いが、たまにいい仕事する。
「そう……クレアが……」
「む、むう……俺はそんな事を? 記憶にない……」
まあ、そんでもって今夜の経緯をあらかた話し終え、聞き終わった後のルティナ妃とバルニール王の反応はこんな感じ。
宰相様とディリエアス公爵は頭を抱えて反省しきりだが、こちらの二人は陛下とルティナ妃を人質に取られていたのだ、仕方がない。
そしてレオの方は……一人用ソファーで優雅に紅茶を飲んでいる。
「その辺りの事は陛下がご自身で訂正します。そうね……次のパーティーは『星降りの夜』だから、まあ、それまでに主要の貴族たちを中心に話だけでも先に広めておいてもらいましょう。はあ、パーティーのよい肴となりますわね……」
頭を抱えるルティナ妃。
うん、確かにな。
だが、こればかりは仕方ない。
「レオハール殿下、貴方には心から謝罪致しますわ。わたくしがおりながら、後宮の管理がなっておりませんでした」
「え? いえ、クレアは城のメイドを束ねる者でしたから、後宮は関係ありません。そのような謝罪は不要です」
ソファーから立ち上がり、わざわざレオの前で膝をつくルティナ妃。
レオが慌ててルティナ妃の前に跪いてそれをやめさせる。
「でもまあ、城のメイドに関してはなんというか……既婚の出産済みの者に入れ替えて頂けると……ありがたいような……」
ダメだあれ。
レオに完全にトラウマが植え付けられている……!
無理もないけど! アレは!
「分かりました。明日にでも——……」
「お待ちください。ルティナ様、その後宮の人事に関して、うちのお嬢様に一任して頂けませんでしょうか?」
「!? ヴィニー?」
本当は口を慎むべき場だが、俺の血筋に関して知っている人ばかりだから口に出しちゃう。
後宮の人事。
まあ、つまり……。
「戦後、レオハール殿下とローナお嬢様はご結婚となりますので……後宮に関して、少しでもローナお嬢様の過ごしやすい環境に整えて頂ければと思います」
まあ、ざっくりこの程度の事は言う。
かなりざっくり。
むしろ曖昧にさえ聞こえるだろう。
だが、聡いルティナ妃やお嬢様には伝わったはずだ。
その証拠に一瞬だけ驚いた顔をして、すぐに納得した表情になる。
「そうね。ええ、それもそうだわ。その通りね……。分かりました。ローナ様、後宮の人事に関しては貴女に全てお任せします。わたくしの侍女長をしばらくお貸ししますので、お好きにお使いなさい」
「! ……。……ありがとうございます、ルティナ様」
「ただし、明日からね。本日は色々ありましたから、ゆっくりとおやすみなさい。城に泊まっていきますか?」
「あ、いえ。パーティードレスですので、また明日、相応の装いにて登城させて頂きます」
「そう。陛下、それでよろしくて?」
「む、う、うむ」
ギロ、とルティナ妃の睨みがバルニール王を捉える。
……最近完全に尻に敷かれているような……まあいいか。
そんな感じでおとなしくしててもらう方がいいしな、この国の現王は。
「今日の件については学生の身分でありながら、尽力してくれた貴方達、そして亜人の長様には改めて感謝を致します。今日はもう遅いですから、ゆっくりお休みなさい」
そう括られて、部屋から出された。
大人組はこれから後処理に動き出すのだろう。
「ん、レオも追い出されたか」
「ルティナ妃からすると僕も子どものようだからね」
「敵わないな……」
「うん……」
ルティナ妃は……多分心からレオの味方をしてくれている。
レオの方もそれを、あの膝をついた謝罪で感じ取ったのだろう。
どこかまだ疑っていたところがあるが、レオも段々と変わっている。
いや、成長している、と言った方が正しいかな。
人を、少しずつ信じるようになってるというか。
「クレイも、決着を付けられたんだろう?」
「ああ。……女神『プリシラ』には感謝する。亜人族は女神信仰はしていないが、かの女神には借りが出来た。俺個人としては信仰の対象に成り得る程の借りだ」
「そ、そこまで思い詰めなくてもいいぞ?」
「いや、そんな事はない。それ程の力を示したと思っている」
……クレイは真顔だった。
これはもしや『沈黙と平穏の女神プリシラ』に信者が増え……?
増えたところで力を増したりとかするんだろうか? あの女神。
「なんにしても、メロティスは倒した。これで終わったんだね……」
「そうだな……」
メグがクレイに寄り添う。
幼馴染である二人は元々距離が近い。
とはいえ、腕に触れたメグの手に、クレイの手が重なる。
俺もきっと——……ケリーの隣でヘンリエッタ嬢が恍惚とした表情で口半開きでよだれ垂らして「ハァ、ハァ……」と言ってなければ、スルーした変化だと思う。
怖い怖い怖い。
ヘンリエッタ嬢……いや、佐藤さん! 色々出てる!
「では、みんな寮に帰ろうか」
「レオハール殿下も寮へ?」
「うん、今日は寮に泊まる事にするよ。ルティナ妃も今夜はゆっくり休みたいのではないかな……」
と、レオが少しだけ目を伏せた。
お嬢様がその様子に、少し神妙なお顔をされる。
ルティナ妃は色々衝撃が大きい事づくめだったからな、今日。
……俺の母の事とか……。
「では、皆様の馬車の手配をして参りま——」
「もうして参りました! お庭の方に、いつでも出発出来るようにしてあります」
「…………そ、そうか、早かったな。ルーク……」
「え、えへへ!」
頭を撫でてやると、とても嬉しそうに笑う。
つーか、いつの間に?
俺の義弟が優秀過ぎる!
……いや、ルークはきっと自分に出来る事をやっただけなんだろう。
俺が指示しなくても、自分で考えて動けるようになっているとは……本当に俺がセレナード家からいなくなっても、ルークがいればリース家は大丈夫……いや、大丈夫か?
ルーク、確かあのリニムというご令嬢といい感じなんだよな?
え? その場合どうなるんだ?
ルーク、婿入りしていなくなる?
ど、どうなるんだ!? セレナード家!
どうなるんだ、リース家の執事!?
「お義兄さんに褒められましたぁ〜」
「うっ、いいな……」
「ルークたんばっかりずるいでーす! 俺っちとラスティも動きまわってたのでちゃんと褒めてください! オニーサマ!」
「は? な、なんでだよ!」
「わ! わたしだってちゃんとお嬢様とヘンリエッタ様の護衛やって、ちゃんと待ってたんだから褒めればいいべさー!」
それは何ギレだ、マーシャ。
どごふっ、と背中にタックルされて変な声出そうになった。
体をひねると、さあ褒めろ、と言わんばかりの顔で睨み上げられている。
ちっ、面倒な。
だが、お嬢様たちを守っていたのは事実だろう。
仕方がないので「はいはい、頑張ったな」と言いながら頭を撫でると、むっふー、と笑みを浮かべる。
チョロインかよ。
「むー」
「……というか、俺に褒められるのでいいんですか? ライナス様の方が……」
「ライナスにいにも後で褒めてもらいますとも!」
羨ましそうにするラスティと、頬を膨らませるハミュエラ。
諦めて二人の頭も撫でてやると、ご機嫌な笑顔になる。
チッ、可愛い。
ハミュエラではなく、ラスティが、なのでそこは間違えてはいけない。
「しかし、パーティー会場に偽のマリー? ああ、いや、クレアという元メイド長か……あれを庇っていた生徒数名がいた。混乱は起きなかったが、奴らも『魅了』や『暗示』にかかっていたのだろうか?」
「ふむ、調べておいた方がいいかな」
そんな話をするのは、ライナス様とレオ。
ライナス様よ……貴方は今ハミュエラが言ってた事を聞いてなかったのか?
めちゃくちゃ褒められる気満々でしたよ?
そんなど真面目な話をしている横で、こいつは褒められる事しか頭にないですよ……!
「ならば、こちらで調べておこう。必要なら、俺の魔力で解けるんだろう?」
「はい。闇の魔力は持っている人が側にいるだけで、魔法という形にしなくてもあまり強くかけられていなければ自然に解けるそうです」
エメが言ってます、と真凛様が少し斜め上を見る。
クレイはそれに頷いて、「では俺たちはここで」とレオに挨拶して別方向に消えていく。
メグも付いていくのかと思ったが、お嬢様の後ろへと移動してきた。
ちゃんとメイドとしての仕事をやるらしい。
ふむ、メグは本当にメイドが板に付いてきたな。
そうして馬車を走らせ、十数分。
女子寮、男子寮へと馬車は別れる。
野郎どもの事は、ルークが男子寮に送り届けてくれる事だろう。
俺はお嬢様たちを女子寮に送り届ける!
そんなわけで到着だ。
馬車の扉を開くと、お嬢様、ヘンリエッタ嬢の順で降りてくる。
ふと、お嬢様が立ち止まった。
空を見上げると、白いものが降ってくる。
「まあ、雪ね」
「ああ、ついに降って参りましたね」
「本当……今年も早いわね」
ヘンリエッタ嬢がお嬢様の隣に佇み、同じように見上げて呟く。
……なんとも言えない複雑な気分だ。
クレアの中に、ヘンリエッタ嬢と——佐藤さんと同じ異世界人がいるかもしれない。
それも『フィリシティ・カラー』の事を知っている口ぶりだった。
その辺りはきちんと尋問していかなければならないだろう。
俺の、俺たちの世界の人間かもしれない……いや、もちろん嘘である可能性もあるのだが……。
「お嬢様! わたし、お部屋の暖炉、火入れてくるべさ!」
「ええ、お願いね。マーシャ」
「じゃあ、あたしは真凛様の部屋の暖炉に火を入れてきますね!」
「え! あ、ありがとうございます!」
「そういえば、マリーが偽者だったようだから、マリン様のメイドがまたいなくなってしまったのね……。新しい者を雇うまで、メグをお使いになってくださいませ」
「え!? い、いえ! わたしはそんな、大丈夫です!」
「そういうわけには参りませんわ。巫女様にご不便をおかけしては、我が国の矜持に関わります。お待ちになって、部屋で紹介状を書いて参りますわ」
「あ、ならアンジュにもメイドの事を聞いてくるわ。うちのメイドも貸し出すから……」
「ええ!? お二人とも、そんな事——!」
と、真凛様が止める間もなくお嬢様とヘンリエッタ嬢は寮の中へと入っていく。
それを追おうとする真凛様の手を、俺はなぜか掴んでいた。
無意識だった。
「え? ヴィ……」
「好きです」
頰に雪が吸い付く。
冷たい。早く真凛様を寮の中に……。
そうだ、冷えてしまう。
なのに、俺は何を言っているのか。
言わなければいけない気がした。
もしかして、イベントの続きだろうか?
自動再生中……? いや、そんな事……今の今まで一度も、俺はゲーム通りになんて動いた事はない。
それに、ゲームの影響を受けた世界。
それだけの世界だ。
俺の行動まで、縛れるはずはない。雷蓮じゃあるまいし……。
「……え……」
「貴女が好きです」
だから、俺の口を勝手について出てきたこれは、俺の……気持ちなのだろう。
抑えられなかった衝動が、想いが、そのまま出た。
こんな事があるのか。
心臓がおかしい。喉が、焼けるように熱い。
手が、足先は気温でとても冷たいのに、頭だけが妙に冷静で……どこか、必死だった。
「………………。…………わ、わたし……あの……」
困らせている。
困惑させている。
分かっているのに、俺はどうにも、何かの箍が外れたのだろう。
彼女の手を引いて抱き締めていた。
自分がこんな事をするなんて、自分で驚いている。
「俺を選んで頂けませんか……」
離す気もないくせにと冷静な誰かが呟いていた。
目をきつく閉じて、閉じ込めた温もりをもっときつく抱き締める。
どうか、と祈りながら待つ。
おずおずと回されていく細い腕。
目を見開く。
ささやかな門の前のランプが、足元を照らしていた。
そこに降り、地面に消えていく雪の数は間違いなく増えている。
早く……真凛様を寮の中へ。
風邪をひかせてしまう。
「はい……わたしも、ヴィンセントさんの事が……鈴城さんの事が好きです」
それなのになぜ、どうして離せないのだろう。
胸が温かく、熱い。
「……ありがとう、ございます……」
少しだけ泣いたのは内緒だ。
きっと、バレてないと思う。
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