アイツやはり王子ではなく姫なのでは
パーティー会場からそそくさと退場後、そのまま城の一室を借りて早速話し合いが行われる。
ちなみにアルトはそもそも体調不良を理由に本日のパーティーはサボり。
策略家タイプが一人いないのはやや手痛い気もするが、補って余りある腹黒数人がいるので大丈夫だろう。
そして、クレイも一応メグと共に出入り口にいた巨大な半魚人を連れて一度穴蔵に戻る事になった。
クレイ達にはそのまま、東区のルコルレ街にマリーがきちんと帰っているかを確認してもらう事になっている。
人間族は馬車で二時間だが、ニコライならば一時間も掛からない。
『
若干気掛かりなのは寒さだが、まだ雪も降っていないし、大丈夫なはず。
というわけで、この場に集まったのは俺とケリーとお嬢様、マーシャ。
それにアルトを除く四地方公爵家子息たちとスティーブン様、ヘンリエッタ嬢。
とはいえ……このままここで話し合うにも情報が足りなさすぎる。
レオの身が気掛かりなので、なんとか会場の中の様子は知りたいのだが……。
で、こんな時のエディンである。
騎士団総帥の息子。
パタン、と扉を閉めて今し方戻ってきたところだ。
「ディリエアス、公爵様はどうされた?」
「んん、さすがにあれはないだろう。リセッタ宰相と共に陛下に確認に向かった。レオも付いて行ったようだな」
「では、会場は今王家不在、ですか?」
「そうだな」
質問後、顔を見合わせるライナス様とスティーブン様。
エディンの深い溜息。
なるほど、会場内は王家不在か。
となればさぞ、先程の件で会場は盛り上がっている事だろう。
「…………」
「お、お嬢様、でぇじょぶですけ?」
「ええ……」
返事はなさるものの、お嬢様はマーシャの訛りに突っ込む元気もないようだ。
そしてマーシャの訛りは本当に直る気配がないなぁ……そろそろ諦めるべきか?
「……そうか……城に行儀見習いに行っていたというのは、これの仕込みか……」
エディンが部屋にあったクッキーに手を伸ばしていたハミュエラを覗き込み、呟く。
ん、ハミュエラの奴一応俺以外にもその話はしていたか……。
まあ、エディンならそれ以外にも調べる伝手はあっただろうし、他の誰よりレオに近付く恐れのある者に関しては目を光らせてただろうしな。
ただ、アレがメロティスだとは思いもしない。
そして、アレがメロティスだったなら、なぜこんな事をしたのだろう?
本気で意図が分からん。
「まさか本気で……」
メロティスの『最初の主張』は人間族の国を乗っ取る事だ。
それを謳い文句に亜人の仲間を集めたという。
ただ、裏では魔法を用いて暗示や魅了を使って洗脳していた。
クレイの両親も……。
それをクレイ達は建前だと言っていたな。
あいつはただ自分が妖精の国へ行く為の足がかりにしようとしていた、と。
もしも俺がメロティスなら……まあ、確かに上手い事やって来たと思う。
前提として、奴の目的が『国の乗っ取り』、『妖精の国へ行く』どちらであっても、足元を固め、人間族の国の事を調べるのは良い手だ。
何しろ亜人族は人間族にさえ迫害されている。
まずは擦り寄るフリをして、サウス地区のハワード公爵家などに取り入り、地盤固めに使った亜人達を程よく放置しつつこの国や戦争に関して調べたんだ。
どちらが真の目的かは分からないが、少なくともそれはどちらの目的にも利になるから。
ハワード公爵は保身の為に上手い具合に取り込まれていた、という感じだろうか?
情報さえ集まれば、また更に中枢に近付ける。
その最高の足掛かりはオークランド侯爵。
クレアメイド長を襲ってその皮を被り、城の中で自ら諜報活動に勤しんでいたのだとしたら……。
「…………」
いや、違うな。
視点はそこではない。
今考えるべきはそっちではない。
考えなければならないのは
「……ヤバイな」
「ああ、ちょっと懐に入られ過ぎている。今夜中になんとかするぞ」
「え? え?」
「しかし、どうしたら……」
「少なくとも父上とリセッタ宰相も落ちたと思うべきだろうな」
「!」
「え? え? え?」
ヘンリエッタ嬢と真凛様、マーシャ、ラスティは多分俺たちの会話が分かっていない。
お嬢様は顔を上げ、瞳を不安げに揺らす。
多分お嬢様は、今ので大体察している。
意外とライナス様が付いてきているのは、あれかな、スティーブン様の教育の賜物かな?
なんかダメそうではあったけど、ちゃんと効果はのあった?
少し気になるのはこれが『ゲームのイベント』ではないか、という点。
しかし、ヘンリエッタ嬢の混乱している顔を見るにその可能性は低そう。
「リース、策はあるか?」
「おや、そういうのはスティーブン様のお仕事かと思いましたが」
「今回はダメだ。宰相も俺の父上もまとめて『人質』になっている。……冷静な策が練れるとは思えん」
「…………」
ちらりと見れば、なるほど……普段のスティーブン様のお顔ではないな。
明らかに焦りと不安が滲んでいる。
頭が回るからこそ、現状を正しく理解して、そして不安に駆られてしまっているのだ。
今のスティーブン様に普段の振る舞いは無理だろう。
自己分析が出来る程度にはまだエディンは冷静に見えるが……もし、万が一……ディリエアス公爵が立ち塞がった時……ああ、それを思えばお前も見誤るかもしれない、か。
「ふーん……。まあいいですけど……まずは参加人数の確認をしても?」
「ケリー、その前に現状をちゃんと説明して頂戴。先程から、貴方方にしか分からない話し方をしていて全容が掴めません」
「エッ……!? ……い、いやぁ、義姉様たちはあの〜……」
「そ、そーださ! 仲間外れにされてるみたいでムカつくよ! わたしたちも手伝うってば! よく分かんねーけど!」
「はい! もちろんわたしもレオハール様や王様やお妃様を助けたいです! ……それに、マリーちゃんがなんであんな事をしたのか……気になりますし」
「わ、わたくしも! 出来る事があれば手を貸しますわ! ……わたくしよりアンジュの方が色々お手伝いには向いている気がしないでもないですが……」
へ、ヘンリエッタ嬢!
正しくそこに気が付いてしまわれた!?
「俺っちもその辺はきちんと説明して欲しいでーす。わけ分からないまま動くのは不安なので〜。聞いてないと俺っち知らないでなんかやらかしそう〜」
…………誰一人否定出来ない。
ハミュエラに関しては、本当に、本気で……全く、一切のフォローも出来ない……。
「ボ、ボクも! 出来る事があるなら、やります!」
「……あまり義姉様達を巻き込みたくないのですが」
「陛下達に何かあったのでしょう? それは、この国の危機です。黙ってなどいられません」
「…………」
うっ……!
ケ、ケリーよ、なぜそこで俺を見る?
俺に委ねられても困る!
思わず目を逸らすと、逸らした先には真凜様。
じとぅ、という目で見られると……う、うう……。
「…………そうですね」
観念した。
「はあ……仕方ないですね。義姉様はこの国の次期王妃としてお聞きください」
「ええ」
ケリーがそう言うと、少しマジな顔をする。
じゃあ、どこまで話すかって事になるんだが……。
お嬢様に関する『破滅エンド』はもちろん伏せるが、それ以外の情報は開示するつもりなのだろう。
まあ、な。
今ここで『乙女ゲームの影響でお嬢様は破滅エンドが待っている』なんて……まず「乙女ゲーム?」から説明しなければならない。
そんな時間ないし、理解させるまでが間違いなくめんどくさいし話がややこしくなる。
この話はなし。
そして、ケリーが厳選して話した内容は主にこれまでのマリーの動向と、メロティスの事。
「俺が把握しているのはマリーが巫女殿の世話役メイドになった後の話。メロティスに関してはヴィニーの方が詳しいと思います」
あ、しれっと巻き込まれた。
でも多分この場ではその通り……俺が一番詳しいだろう。
「そうですね、メロティスに関しては……俺の知る限りの話を致します」
「メロティスとは?」
お嬢様としてはまずそこからか。
うーん、どこまで遡って話すべきか。
それに、クレイの両親やラスティの実家の事もあるし?
この辺りは……ラスティ自身に受け止めてもらえるだろうか?
「…………我が家が関わっているのですか?」
見つめていると、ラスティが何か察してくれた。
ライナス様が心配そうにするけれど、その知りたそうな表情に俺も覚悟を決める事にしよう。
好奇心旺盛なラスティが一度知りたいと願ったら、多分……今この場で話さずとも、自分で調べる。
「そうです。まず、事の起こりと思われるのは亜人族の長を決める決闘だと思います」
整理する事で見えるものもあるかもしれない。
お嬢様の破滅エンドの事や、乙女ゲーム『フィリシティ・カラー』の事は話がこんがらがると思うので胸に秘めるとして……。
「十年前、亜人族は三人の長候補がいたそうです。狼の亜人クレイ、熊の亜人ズズ、そして妖精の亜人メロティス。勝者はクレイでした。しかし、ズズとメロティスはそれを認めず、自分の支持者を連れて南と北に各々の拠点を構えたそうです。北のズズは人と関わらない形だったそうですが……妖精の亜人メロティスは狡猾な性格故に、ハワード家に取り入ったと」
「!」
ふむ、反応を見る限りラスティは親のやった事を知らなかったのか。
まあ、ハワード家の考えもある意味では自衛の一環としてアリな手法ではあったのだ。
ただ、それに絡んできた奴らがよろしくなかっただけで。
まあ、その辺りもさらっと説明すればみんな分かってくれるし、オークランドの事を加えれば聡明なお嬢様は理解も早い。
少々複雑ではあるものの、メロティスはオークランドの影に隠れて自分の計画を進めていたのだろう。
実にしたたかな奴だ。
「ほわー……じゃあ、ラスティの家とオークランド家はメロティスという亜人の隠れ蓑になってしまってたという事ですかー?」
「そうだったのだろうと、思われます。オークランド家を足掛かりにして中央、王都に戻ったメロティスの足取りは推測の域を出ませんが……」
「もうその辺りからクレアメイド長に入れ替わり、情報収集を行なっていたと考えるべきだろうな」
俺の言葉の続きをエディンが補足する。
ラスティの顔色は、悪い。
ハミュエラが頭を撫で撫でしても唇をきつく結んで俯いている。
……でもやっぱりハミュエラが口を挟むと場の空気が少し緩むな……。
いいのか悪いのか。
「あの、それじゃあマリーちゃんは……?」
おっと、真凜様……それを気にするのは少し早い。
その前に俺たちが去年『王墓の檻』で見たものを話すか……少々悩む。
だが話すと決めた。
特にお嬢様には知っててもらった方が良い。
この国の闇の部分。
レオと共に、完全に屠り去って頂きたいのだ。
心苦しいが——……。
けど、貴女なら。
「去年、郊外にある王墓の管理地の屋敷から王族などにしか伝えられない隠し通路を通り、とある場所を知りました。そこにマリアベル元妃が入れられていたのです。その場をレオハール殿下は『王墓の檻』と呼んでおりました」
「王墓の檻?」
「高貴な血筋の者、王家の者で重罪を犯した者が入れられる場だ。貴族の中でも知る者は少ない。例えばお前がレオと結婚後、重罪を犯せば同じ場所に入る事になるだろうよ」
「おおぃ! エディン! うちのお嬢様がそんな事——!」
「ヴィニー、構わないわ。……その説明で十分です、エディン様」
がるるるるる!
縁起でもない〜!
つーかお嬢様の場合は、下手をするとそんなルートもありえそうでほんとやめて欲しい!
「まあ、その『王墓の檻』にいたマリアベルを、メロティスという妖精の亜人は……なんらかの方法で体を乗っ取ったようだ。長殿もその意味は良く理解出来ていなかったが……」
「はい、おそらく妖精族の起源が『天神族』だから、それにまつわる事ではないか、と。ともかくそのまま奴は消えて、マリアベルに乗り移る以前に
「……あまり言葉では言い表せん姿になっていた。もう人の姿ではないような、な」
「っ……」
女性陣には少しきついかな、と思いつつ、それでもエディンはかなり優しい表現を選んだと思う。
まあ、実際人間の皮がでろんと落ちた、とかちょっとあんまり……なぁ。
なんにせよメロティスの目的も、マリアベルの体を乗っ取った結果どうなったのかも正直よく分からない。
ヘンリエッタ嬢は……あー、うん、一緒になってびっくりしてる。
やはりメロティスの行いはゲームと違うって事なのか?
「まあともかく、そんな能力がメロティスという妖精の亜人にはある。そして、それ以外にも『暗示』や『魅了』で洗脳して操る能力もあるそうだ」
「な、なんという……! それではまさか陛下やルティナ様は……!」
「はい、義姉様が今考えておられる通り……。そして最悪の状況を思うとレオハール殿下や宰相様やディリエアス公爵もまた、今頃は……」
「!」
各々、ケリーの言う『最悪の状況』を理解してもらえたようで。
……そして、真凛様が知りたがっていたマリーの事だ。
「真凜様」
「! は、はい」
「マリーの事なのですが……もしかしたらメロティスが……その、乗り移ったかもしれない、と俺は案じております」
「……! ……、……クレアさん、という人と、同じ事に……という、意味、ですか?」
「はい。王都に……いや、魔法に関してより深く探る為に真凜様に近付き、この国を乗っ取る目的で城に出入り出来る位置……それに都合の良い者として……あるいは、ですが……」
まだ確定ではない。
しかし、可能性としては十分考えられる。
あのマリーは……ずっとメロティスだったのかもしれない。
クレアメイド長の中にいたのなら、マリーのしてきた事や俺との関係性など話を合わせる事は最低限できるだろうし、もしも乗っ取った相手の記憶も得る事が出来るなら造作もなかっただろう。
「マリーちゃん……」
「今、その辺りも調べてもらっておりますので……」
「だが、急務なのは陛下たちの身の安全。あんな無茶苦茶を言い出したところを見る限り洗脳はすでにされている。殿下たちまで洗脳されれば奴の国獲りはあっさり成功した事になりかねない。今夜中に『マリー』の皮をかぶった何かを取り除かないと取り返しがつかなくなります」
何気にボロクソ言ってるケリーだが、言ってる事は正しい。
まあ、つまりそんな状況、という事だ。
ふむ……整理して考えてみて、違和感を覚えるのは『いつメロティスがマリーを乗っ取ったか』だな。
去年の年末に真凛様と引き合わせた日……出会いの日はなんとなく『本物のマリー』のような気がする。
なんとなく……本当になんとなくだ。
それ以降やたら腹の立つ小娘のイメージ。
ほとんど気にした事はなかったけど……。
「状況は、だいぶ分かりました。ケリーは何か良い案があるの?」
「まあ、いくつかは。なので参加人数を……」
「参加しまーす」
「もちろんわたくしも出来る事をするわ」
「わたしも! わたしも!」
「はい! もちろんわたしも手伝います!」
「わ、わたくしも……」
「ボクも!」
おお、全員参戦宣言。
ラスティまで。
スティーブン様とライナス様、エディンはハナからそのつもり。
俺もだけど。
「……分かりました。でも、何人かは長殿待ちとマリーの安全確認待ちをしてもらいますよ。それによって後々の動きも変わるかもしれませんから」
「むっ……」
「…………」
もちろんその『安全なところにいる』役をケリーはお嬢様に頼みたいんだろうが、お嬢様はそれを察して睨み付けておられる。
いやぁ〜、頼みますからそこは……そこは了承してください〜!
「それならば、私とライナス様、ヘンリエッタ様、ローナ様が残りましょう。何かあった時は我々で対応します」
「スティーブン様っ」
「その方が良いと思います、ローナ様。ヘンリエッタ様にはアンジュという札がありますし、ローナ様はレオ様の弱点となりかねません」
「!」
「本当はそんなローナ様を『弱点』にさせぬ為にもアンジュのような
ちら、とマーシャを見るスティーブン様。
確かにアンジュがいるという安心感はパねぇ。
だが、スティーブン様よ、それをマーシャに求めるのは……。
「ハッ! わ、分かったべさ! わたしがお嬢様をアンジュみたいにカッコよく支えればええんだな!?」
……カッコいいとか付けちゃう時点でお前にはまだ無理だ。
「任せて欲しいさお嬢様! わたしがお嬢様を守るから!」
「マーシャ……」
「そうね……動ける人間は多めに確保しておいた方がいいと思うわ、ローナ」
「ヘンリ」
ヘンリエッタ様、ナイスアシストです!
ありがとうございます!
「メロティスという者が洗脳をしてくるのなら、貴女を使ってヴィンセントに命令とかしたらと思うとゾッとするし」
「…………。大人しく待っているわ」
「ありがとうございます! 俺もそれで心置きなく動けます!」
若干その理由は解せんが!
「で? 具体的にどう動く?」
「そうですね、では…………」
なお、この時のケリーの笑顔は激悪だった。
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