レオとクレイと俺【前編】
早いもので九月も末。
ついに正式な『同盟祭』の日がやってきた。
ん? 俺の誕生日?
まあ、確かに今月だったけどそれはどうでも良い。
「……………………」
そう……た、例えあの日、目の前に困った顔のシェイラさんが花束を差し出して「あのぅ、ユリフィエ様から……」で、言葉を濁していたとしても過ぎた事だ。
忘れる忘れる。
……ユリフィエ様がラスボス。
溜息が出る。
「お」
「貴様も城に呼ばれたのか」
「……仕事を禁止されてるから、やる事がなくてな……」
「…………」
お嬢様、マジ厳しすぎ。
あれ以来本気でルークやメグ、なぜかアメルまで俺の仕事を徹底的に奪っていくのだ。
執事として生きていこうと決めているのに、執事の仕事をさせてもらえない。
仕方ないので訓練に打ち込むしかない。
ああ、お陰で色々“思い出してはいる”けどな!
しんどい。
くっっっそしんどい。
つらい。
お嬢様にご奉仕出来ないどころか!
仕事そのものが出来ない!
「せいぜい自分の部屋の掃除や飯を作る事しか出来ない……ふ、ふふ……よもや仕事がないというだけでここまでストレスを感じようとは……」
「……よ、呼ばれたわけではないのか……?」
「城ならせめてデザートのレシピ提供が出来るのではないかと……」
「貴様……。ローナ・リースにチクるぞ」
「や、やめて……」
切にそれだけは……!
「それなら一緒に来るか?」
「ん? どこへだ?」
「……城のパーティーは夜だろう? その前にどうしても見ておきたい場所がある」
「……城の近くか?」
「ああ……王墓の檻だ」
「…………」
えー……俺あそこ嫌いなんだよな〜……。
と、口にしそうになったが、考えてみるとなるほど……メグがクレイを攻略中なら、クレイはメロティスとの決戦を見据えて準備を始めているわけだな。
あの場所にメロティスの手掛かりを探しにいくのか、と聞くと鋭い眼差しが真正面を睨み付ける。
以前より殺気増し増しだな。
……でも、それならこれってメグと一緒に行くイベントとかではないのか?
クレイルートに関しては「ネタバレだから!」とか言ってヘンリエッタ嬢が教えてくれないんだよな〜。
「ネタバレ、別にいいです!」って言ってるんだけど、なんか「クレイのシナリオ教えるとヴィンセント泣いちゃいそうだし」……とか、言われて……俺が泣くの? なんで?
まあいい、ルートのシナリオに関係あるならヘンリエッタ嬢かケリーのどちらかが介入なりなんなりしてくるだろう。
「確か、あそこに行くには鍵が必要だよな」
石鍵、と呼ばれる知恵の輪のような鍵だ。
組み合わせによって開く場所が変わり、四つのうちいくつを組み合わせるかによっても開けられる場所が違うという……。
まあ、王家の者……『クレースの名』を借りている者しか入れない場所もあるし、この国って割と秘密主義がすごいというか。
しかし、五百年毎に自分たちよりも強い種と戦ってきたと思えば、こうして秘密にして隠すのも当たり前というか。
「王子に掛け合いたい。力を貸せ」
「…………。まあ、良いけど」
俺に声をかけたのはそういう事かーい。
で、パーティー準備で一番忙しそうな時間帯のレオをとっ捕まえて、いざ交渉してみた。
そしたらこいつなんて言ったと思う?
「じゃあ僕も行くね」
「え、いや、お前パーティーの準備で忙しいんじゃないのか?」
「マスターキーは『クレースの名』を持つ者しか使えないけど……」
「「…………」」
「ね? まあ、二時間くらいなら大丈夫だよ」
そうだったのか。
そういえばマスターキーは陛下が持ってたし、レオが使ってた。
むしろよく考えると当たり前かも。
「すまん」
「いや、良いよ。じゃあ先に……ヴィニー、地下に案内してあげて」
「あ。そうだな、了解だ」
「……良いのか?」
地下。
そう、地下の隠し通路だ。
手を振って、無言で一旦レオと別れる。
クレイは『自分に地下の隠し通路を教えて良いのか』と案じてくれたようだが、レオが良いっつーんだから良いんじゃないか?
一階の応接室、その暖炉の右側の石壁を押してずらす。
そこから地下へと降りる。
降りてから持ってきておいたランプに火をつけ、しばらく待っているとレオが軽装になって降りてきた。
合流し、三人で地下通路を進む。
王墓の檻までここからだと徒歩十五分で着くらしい。
さ、最短距離すぎやしませんかね……?
「…………」
「レオ、気分はどうだ?」
俺はまだ……そこまでではないが。
レオの顔色は暗がりでも分かる程悪くなってきている。
肩を叩くと、少し驚いたように振り返られた。
「あ……ああ、うん、大丈夫……。このルートは小さい頃によく通っていたから……ちょっと懐かしくてぼんやりしちゃった」
「……小さい頃に通った?」
「うん……城の地下で、『記憶継承』の能力を今以上に発現させる実験をしてたと話した事があるだろう? 僕は……兵器だから」
まだ言うか。
と、思うが……一度刷り込まれたその意識は、きっと王として戴冠しなければ治らないだろうなぁ。
きっと俺が『お嬢様の執事』なのと似たようなもの。
自分でそれを望んでいるのと他人に刷り込まれたのはわけが違うけど……。
「実験……王墓の檻で、か?」
「うん。あそこは城から行けるのに程良く離れているし地下だし広い。何よりうっかり死んでしまえばそのまま王墓に捨てに行ける。便利な場所だったんだろう」
「……気分の悪い話だな」
「…………」
あれ?
なんだろう……なんか、今引っかかったな……?
便利な場所……まあ、うん?
確かに……いや、違うな?
何に引っかかった?
「どうした?」
「あ、いや。……えーと、そういえばクレイは王墓の檻に何の用なんだ? メロティスの手掛かり探し……だとしても何も残ってないんじゃあ……」
「いや、一つ気掛かりな事があった。あの場所は大穴が左右に空いていたな」
「ああ、そうだな」
俺たちは前回墓地側から入り、その左側の大穴に収容されていたマリアベルをメロティスが取り込んだ。
そして、マリアベルを取り込んだメロティスは天井の穴から逃げ去ったんだっけ。
天井の穴は、地上からだとガゼボに覆われた井戸のようになっている。
あそこから罪人に食事を届けるのだそうだ。
大穴の下には地下水……城からの下水が流れていて、用はそこで足す。
一応綺麗な地下水が豊富に溢れるところがあり、飲み水には困らない。
しかし明かりなどは与えられず、食事も日に二回。
いつ食事が来るのかも分からず、暗闇の中で孤独に苛まれ、ものの数ヶ月で発狂死する。
その死に方は壮絶で、王家に連なる高貴な身分の者にとってはあまりにもおぞましいものとされ、服毒自殺はそれに比べて実に『楽』だという。
……元王妃でありながら、そんな場所に閉じ込められていたマリアベル。
元々かなりぶっ壊れていたらしく、一年近くあの場に閉じ込められていてもその精神面に大きな変化はなかったそうだ。
いや、まあ、聞いててかなりゾッとする話だよな。
「反対側の穴の中は僕の『記憶継承』の実験に使われていた。調べても何も出ないんじゃないかな〜」
「ふむ……しかし、あの場所をメロティスが調べていたのは恐らく間違いない。でなければあの場にマリアベルがいたとは分からないはず」
「……クレアに擬態して、マリアベルの場所を探っていた……から?」
「そうだ」
「ふーむ……? けど、マリアベル以外にあの場所を調べる意味って何にもないと思うんだけどな〜」
確かに。
たが、あの場所の構造について詳しかったように見えたのは間違いない。
初見であの脱出方法は賭けだろう。
クレアメイド長に化けて王墓の檻を探っていたのは確実と見ていい。
城からの王墓の檻まで徒歩十五分と聞くと尚更だ。
ああ、だが……胸が苛々する。
変な脂汗も出てきて、妙に暑い。
タイを弛めつつ、進む。
そしてたどり着いたのは石扉。
この先が……王墓の檻?
「開けるね〜」
とゆるくレオが告げ、マスターキーが差し込まれる。
ガチャリ、と開く石扉。
その先に今度は鉄格子の扉があった。
それも、五つも。
「……げ、厳重だな」
「まあ罪人を捕まえておく場所だしね。僕が実験を受けてた頃は開けっ放しになっていたけど……」
石鍵とは別の普通鍵をレオは取り出した。
輪っかに繋げられた数字の彫られた細い鍵を、順番通りに差し込んで開けていく。
全ての格子扉が開いてから、今度は五メートルはありそうな大穴が行く手を阻む。
ま、まだ墓地側から来た方が楽だったような……?
「我が名はレオハール・クレース・ウェンディール。道を開けろ」
そうレオが言うと、断崖絶壁から向こう岸まで光の橋が現れた。
これは……禁書庫と、同じ?
「これは……!?」
「クレース様の名を借り受けていると、城内の特定の場所ではクレース様の魔法が起動する。主にクレース様のご加護の範囲で、王家の血筋の者にしか反応しないそうだよ。……僕も初めて使うんだけど、うまくいくものだね……」
「初めて!?」
「だって用事とかなかったし。小さな頃は普通に吊り橋が掛かっていたもの」
「……」
と、いう事はまさか……ここもクレースの加護領域なのか?
え?
じゃあまさか?
そう思って周りを見回してみると……気配のようなものが段々と濃ゆくなっていく。
いかん、あの満面の笑顔で『バッカ、お前アタシはアンタに影響及ぼしちゃうんだからさっさと帰りな!』と親指を下に向けられている感覚がする。
姿を見せはしないが、多分!
……もしかして、初めてここに来た時のあの異様な気持ち悪さは『記憶継承』の弊害だった……?
だ、だとしたら合点がいくなぁ。
「……女神と契約した女王の加護。仕掛けられた魔法か……」
「他にも何か仕掛けられているのかな? 僕はこれ以外、何にも感じないんだけど」
「!」
……レオは何も感じない?
俺は辺りにクレースの気配をひしひし感じるんだが……。
レオはエメリエラとの相性が良くて、俺はクレース……じゃなく女神プリシラと相性がいい?
でも一応、クレースはエメリエラと契約していたんだよな?
姿も見えたし声も聞こえた、と。
結局は別の存在だから?
いや、女神になったクレース……プリシラは、幽霊的なものだからもうエメリエラとの相性が別枠になったって事?
あー、ややこしい! わけ分からん。
何にしても、あまり強めにクレースに出て来られると発作が起きそうだから、このまま素知らぬ顔で過ごそう。
今の時点でもちょっと胸がモヤっとする。
「炎よ」
レオが手のひらを手前に掲げると火玉が現れて周りを照らす。
これはレオの魔法。
ふんわり太陽のように宙へ登らせれば、かなり辺りは明るくなる。
うーん、レオも随分魔法の使い方が安定してきたな。
「…………っ」
だが、お陰でマリアベルがいた大穴の反対側をもろに見てしまった。
手枷が下がった磔台。
何に使うのか考えたくもない器材が載った机。
薬品棚や、穴の空いたマットレスの載ったベッド。
地面には黒い血痕のようなものが多数。
「なんだ、これは……」
クレイも目を見開いた。
レオは顔を背けたまま。
まさか……まさかだろう?
あ、あの王……。
「…………外道めっ……」
「クレイが調べに来たのはこっちじゃないの……?」
「レオっ」
「もう大丈夫だよ、僕は。それに……だからこそこれで終わらせるんだ」
「…………」
「五百年後の子孫に、僕と同じ経験をさせない為……五種族……そして亜人を加えた六の種族と平和条約を結ぶ。僕はその為に戦争に行く」
「!」
ふんわりと、笑う。
クレイはこの話を初めて聞いたのか、目を見開いた。
「あ、そういえばクレイにはまだ言ってなかったね。……えーと、僕はこう思ってるんだけど……クレイはどう思う? 賛成、してくれる?」
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