どえらい事になりそうだ。



「「…………」」


 隣の真凛様と、うっかり視線がかち合う。

 あわてて逸らした。

 このまま、進む。

 こ、ここここここのまま『オズワルド・クレース・ウェンディール』のルートを突き進むという事は、つつ、つつつつつまり……俺と真凛様が結ばれなければならないという事——!

 あれ?

 なんで?

 おかしくない?

 お嬢様を破滅に導くヒロインなんかに、俺は絶対負けない。

 そう……思ってたのに——!


「ふむ……ルートに関しては補正が少し不安だが……問題はなさそうだな」

「そうねー」

「なっ」

「じゃあ次だな。昨日の件……俺とヘンリと義姉様が遭遇したマリーの件だ」

「!」


 あ、ああ、そういえば……そこもあまりうやむやにしておかない方がいいだろうな。

 マリーには明日表舞台から完全撤収してもらうが、昨日の件はマリーだけでなくアミューリアの生徒も絡んでいた。

 なぜ?

 まるで全員が『マリーの為に』動いているようだった。

 ありえないだろう、一介のメイド……それも、『元マリアンヌ』に。

 まだ城に仕えていなくとも、特に同年代の令嬢は『友人』候補時代からどえらい目に遭わされていたと聞く。

 昨日の騒ぎには令嬢もいた。

 どの令息令嬢もセントラルの貴族ではなかったが……。


「巫女殿、マリーに事情を聞いたと言っていたな? なんて言ってたんですか?」

「は、はい! 昨日帰ってからマリーちゃんに聞いたところによりますと……」


 以下は真凛様の回想。



「マリーちゃん、さっきは何があったの? 貴族の人たちに囲まれて、会場に入ろうとするなんて!」

「あたくしはお断りしたのですが、親に紹介したいからと着飾って頂いて連れていかれましたの。なんでも皆様、あたくしを義妹にしたいとか仰って……」

「ぎ、義妹!? よ、養子にしたいって言われてたって事!?」

「ええ……。あたくしがしてきた事を思えばありえませんので……何か思惑があったのだと思いますけれど……あたくしごときには、あの方々が何を思ってあのような強行に出たのか分かりませんわ」

「け、けど、それが分かってたなら付いて来ちゃだめじゃない?」

「五人もの貴族の方々に囲まれてしまったら、抵抗など出来ませんわ。マリン様もお側におられませんでしたのに……。他の使用人達も見て見ぬ振り……。あの時ローナ様たちに見付けて頂けて命拾いしましたわ」

「………………」



 回想終了。

 ……と、いう事だそうなのだが……。


「貴族がマリーを養子にする利点なんかないだろう。なんだ? その貴族たち」

「だよな? どういう事だろう?」


 俺とケリーは腕を組み、唇に指を当てて考え込む。

 しかし、見当も付かない。

 平民出身で『記憶継承』の力もないマリーを引き取る……養子に迎え入れる利点が、貴族には一切ないはずなのだ。

 それなのに、昨日の貴族たちは『義妹に迎え入れたいから親に紹介したい』とマリーを城へ連れて来たと?

 はあ? なんだそりゃ。


「アンジュ、何か分かる?」

「…………」

「アンジュ?」

「! っ……あ、ああ、一つ……」

「何か心当たりがあるのか?」


 ケリーもヘンリエッタ嬢の後ろに控えていたアンジュを見上げた。

 しかし、アンジュの顔色が悪い。

 なんだ?


「……あ、あまり歳若い皆様のお耳には入れたくはないのですが……その……『養子縁組商法』というものを一部の貴族が行なっているという話は……聞きますね」

「……な、なぁに? その聞くからに怪しげな……しょ、商法?」


 ヘンリエッタ嬢がものすごく不審なものを見る目でアンジュを振り返った。

 俺もついケリーと顔を見合わせる。

 確かに聞くからにヤバそうな……。


「主に辺境の貧乏な貴族が、土地の豪商に養子縁組で手に入れた平民の娘を『記憶継承』を持っていると偽って嫁がせるんです。平民の娘はある程度教養を身に付けさせた後に嫁に出されるので簡単にはバレません。でも、バレた後は……」

「……な、なんでそんな事をするのよ?」

「平民の、特に商人は貴族になる事へ憧れを抱く者が多いのです。そして、貧乏な貴族は我が子を売ってでもお金が欲しい。……しかし、中には子どもを育てるのも大変、という貴族もおります。そういう者は自分の家の使用人や、そうして養子にした平民の娘を最低限教育してそれっぽく仕立て上げる。そして金銭的援助と引き換えに商人に嫁がせるんですよ」

「…………」


 えぐい。

 ……貴族間の政略結婚はあるあるだが、貴族が商人に『記憶継承』持ちの我が子を『売る』のを惜しんで、よそから平民の娘を連れてきて教育。

 美味しく育ったらドナドナ。

 こ、これは……えっぐい!


「……確かに、一緒にいたのは辺境の貴族のご子息ご息女が多かったですね」

「なら、やはりその可能性が高いかと。平民を養子にする事も、その平民が貴族になった後誰の元へ嫁ごうとも違法ではありませんから……。マリーは王族として所作は叩き込まれておりますので、下手をすれば一生バレる事はないでしょうね」

「ぐっ……」

「そ、そんな……じゃあ、後少しでマリーちゃんは……」


 あ、あの小娘!

 マジでお嬢様に感謝しろよ……!?

 二重の意味で助けられてるじゃねーか!

 あいつ、お嬢様に助けられるの何度目だよ。

 全く! うちのお嬢様本当女神。


「だがそんな身売りが横行していたのは初めて聞いたな。昔からある事なのか?」

「そうですね、比較的……。平民から時折強い『記憶継承』を持つ者が現れるのは、それが理由と言われています」

「なるほど……そう、か……」


 ケリーも不快そうな表情。

 平民から現れる『記憶継承』。

 そんな経緯からだったのか。


「なら、尚の事マリーは王都から遠ざけた方が良さそうだな。本人も今の理由を聞けば納得するだろう」

「そ、そうですね。完全に鴨がネギ背負って歩き回ってるって事ですからね」

「鴨がネギ?」

「あ、わたしの世界の諺で鍋の材料がセットでやってきたという意味です!」


 微妙に違いますが概ねそんな感じなのと言いたい事は分かるし、可愛らしいのでまあいいか。


「け、けど、本当にマリーを遠ざけて大丈夫かしら。補正力でマーシャがレオ様を監禁したり……いや、さすがにそれはないと思うけど?」

「そうだな、そんな権限はマーシャには与えられない。……若干殿下のシスコンぶりにその不安は感じない事もないが」


 あ……。

 察してしまった俺はケリーのように目が遠くなる。

 あの地味なシスコンなら、マーシャが本気で頼めば自主的に監禁されるのではないだろうか。

 自主的に監禁って自分で言っててわけ分からんけど。


「とはいえ、動きが不審な事に変わりはない。自ら再就職先探しでもしているんなら話は別だが、間違っても陛下やルティナ妃、レオハール殿下に合わせたら連れてきたアンジュやリース家にも……」

「? ケリー?」

「ああ、なるほど……この情勢下でリース家に損害が出ても『公爵』の打診が消えるくらいか?」


 あ……こいつ『侯爵』の爵位でいいやー、とか考えてる。

 笑顔がドス黒い。


「……。ケリー様、残念ですがその程度ではリース家が公爵家になる事は揺るぎませんよ。貴方も俺も『従者』なのですから」

「あ……」


 忘れてたな、珍しく。

 そう、例え今の打診を断っても、戦争に参加が決まった時点でリース家は『公爵家』の爵位が与えられるのは決まっているも同然なのだ。

 それこそケリーが帰ってきても、来なくても。

 舌打ちしても遅い。


「……公爵家っていっぱいありますね」


 と、何を思ったのか真凛様が首を傾げてそう仰る。

 あー、と何とも言えない声が出る俺とケリー。

 目はもちろん泳ぐ。


「……戦後は今の公爵家が減るだろうな」

「え、減る……? 減るんですか?」

「え、減るの?」

「お前もかヘンリ……」

「え、だって……なんで?」

「簡単な話、うちの国の爵位は王家への貢献度で変動するんですよ。一年間査定され、翌年の一月半ばに『忠誠の儀』というのがあって、そこで変動があれば申し渡されるんです」


 と、言うとヘンリエッタ嬢がヒョエ……みたいな顔をする。

 貴族である以上永遠に付きまとうものだ。

 前世の世界の中世貴族がモデルの世界だろうけど、この世界はこの世界独自、そしてこの国はこの国独自の貴族文化があるわけで……。

 それは俺の前世の中世貴族よりは公平であるように思う。

 何しろ査定は一年事なのだから。

 まあ、戦争の為に優秀な人材を優先的に育成したい、『記憶継承』に遺していきたいというこの世界ならではの事情もあるんだろう。

 一度絶滅し掛かっているし、冬場が厳しい国なので人口が思ったよりなかなか増えないせいもある。

 その中で特に優秀な人材、一族を確保していくのは課題なのだ。


「えっと、じゃあ今の公爵家の……」

「落ちたとしても地方領主の公爵家はせいぜい『侯爵』止まりだと思いますが……ハワード家はラスティ様が『従者』にならない限り現状維持は無理でしょうね」

「え! ラスティくんち、爵位下がるんですか!?」

「爵位が下がるだけで地位はさして変わらないと思いますよ」


 周りにはかなり馬鹿にされると思うけどな。

 仕方ない、亜人の一部を戦後の勝利国に応じて盾にしようとしていたのだ。

 ある意味では謀反……爵位剥奪もやむなしのレベル。

 穏便に済んだから良いものの……。


「そう言うヴィニーだって『従者』に決まったんだから、帰ってきたら最低でも『男爵』の爵位は与えられるんじゃないか?」

「…………辞退……」

「出来るわけないだろう」


 ……そうだった、俺もその射程内になっていたのだ。

 くっ、爵位なんて貰っても扱いに困る!

 面倒くさい!

 いよいよ以って執事として生きていきづらいな!


「で、笑ってる巫女殿。貴女も帰還後は帰る方法が分かるまでこちらで生活するのでしょう? 爵位を与えられて祭り上げられますからね?」

「っええ!?」


 あ、そういえばそんな設定あったな。

 ただゲームだと戦巫女は帰る術がなく、戦争を勝利し人間族を初の優勝に導いた功績を称えられて『公爵』の爵位を与えられる……。


「そしてそれ程の爵位があれば群がる有象無象。胡麻擂り、依怙贔屓、見知らぬ誰かからのヨイショの日々……。仮面のような笑顔で巫女殿から搾り取れるものを全て搾り取ろうと異様な程に尻尾を振って擦り寄ってくる奴らが掃いても掃いてもわらわらと……」

「ひい!」

「こ、こら、ケリー! いきなり真凛様を脅しに掛けるんじゃない! なんなんだ急に」

「事実だろう、避けようもない」

「…………」

「だ、黙るんですか!?」


 すみません、真凛様……絶対そうなると思います。


「特にすごいのは婚約の申し込みだろうな」

「え! こ、婚約!? そんな、わたし!」

「ああ、そういえばゲームのノーマルエンディングも『婚約の申し込みで埋もれそう』ってモノローグに書いてあったわね」

「っ!」


 え、そんなモノローグあったの?

 記憶に全くございません。

 ……まあ、モノローグ部分は『早く読み終わって返したい』気分になってたからほとんど覚えてないや。


「というわけで俺にとても良い考えがある」


 にこり。

 お分かり頂けるだろうか、皆様。

 ケリーのこの笑顔。

 絶対ロクなもんじゃねぇ。


「巫女殿、もう今のうちにヴィニーと婚約してしまいません? 虫除けついでに攻略もなんの邪魔もなく進められますし、一石二鳥だと思うんですけど」

「「し、しませんから!」」

「じゃあその方向で手続き進めておきますね」

「「聞いてください!?」」



 この後、三時間掛けてごねまくって一旦保留にしてもらった。



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