波乱の『王誕祭』【後編】


 会場が騒めく。

 そりゃそうだ、ユリフィエ様が手招きしたのは俺なのだから。

 アミューリアの生徒枠で入場してきた、ただの使用人。

 せいぜい、戦争に送り込まれる人柱の平民。

 貴族の認識はそんなもののはず。

 そんな俺をユリフィエ様が……元王妃が『息子』と呼ぶ。

 思わず後退った。

 なんだ、これは、何が起きている?

 俺の知識の『オズワルドルート』のイベント


『ゲームのオリジナルの世界だが、ゲームの影響を受ける』


 ……エメリエラが言っていたのはこういう事か?

 ゲーム補正による『オズワルドルート』のイベント?

 分からない。

 分からないが、順番がちぐはぐすぎるし……!


「お、伯母上、この男は伯母上の息子ではありませんよ!」


 エディンが俺とユリフィエ様を阻むように立つ。

 しかし彼女の歩みは止まらない。

 遂にエディンの前まで来ると、笑みを深める。

 異様だ。

 やはり、彼女は、おかしい!


「…………」


 それとも、これが……ゲーム補正の本気?

 い、今更補正してくんの?

 余計な事しなくていい、マジで!

 つーか、なんで回避したはずのオズワルドルートでやってくんの、そういう余計な事!


「いいえ、エディン……わたくし、女神様に教えて頂いたのよ。わたくしに時折会いに来てくれる青年……ヴィンセントが、わたくしの息子、オズワルドなのだと! オズワルドは生きていたの……ええ、生きていてくれたの!」

「…………!」


 ——痛い。

 ……そうだ、その通りだ。

 俺は生きていた。

 貴女の息子は、こうして無事に生きている。

 だが……だが!


「!」


 パシン、とやけに大きな音。

 ルティナ妃が扇子を閉じた音だ。

 騒めいていた会場が静まり返る。

 ……い、威圧が……。


「ユリフィエ、淑女たる者……まして一度は王妃となった者が大声で騒ぐなど言語道断です。それもこのような場所で」

「ルティナ……でも……」

「でも、ではありません。オリヴィエ様」

「は、はいっ」


 ……あのディリエアス家のボスが恐縮してお辞儀をする。

 いや、立場的にも当然ではあるんだけど。


「別室にユリフィエを連れて行っておあげなさい。ええ、せっかく元気そうに陛下の誕生パーティーに来てくれたのだもの、すぐに帰るのはもったいないわ。でも、パーティーに参加するのは少し落ち着かせてからね」

「は、はい、その通りに……。お、お姉様もよろしいわよね?」

「でも……」

「!」


 チラッと俺を見るユリフィエ様。

 お、思わず目を逸らす。


「オズワルドも一緒に……」

「さ、さあ、義姉様」

「お姉様、こちらへ」

「伯母上、あちらに。とにかくこれ以上は我が家の威信に関わります」

「…………」


 三人掛りでグイグイと……いや、他の騎士も周りをがっちり固めて仰々しい事になっている。

 そんな状況だというのに、ユリフィエ様は俺の側を通り過ぎる時に「また迎えに来るわね〜」と手を振っていく。笑顔で。

 いや、もう、俺は全身から嫌な汗を流して顔ごと背けるしかない。


「…………さあ、パーティーの続きを」


 にっこり。

 ユリフィエ様たちが会場からいなくなったのを見届けてから、ルティナ様が微笑んでそう言い放つ。

 いや、無理だろ。

 無関係な貴族の凍り付いた表情。

 しかしすぐに、半笑いになって雑談が再開される。

 俺は無理。

 全身から噴き出した汗。

 気分が悪すぎて、無理。


「あ、あの、ヴィンセントさん」

「っ、は、はい」

「す、す、少し、お外の空気を吸いたいのですが、会場が広いので迷うかもしれません。一緒に来てくださいませんか?」

「……! ……は、い」


 気を遣われてしまった。

 だが……ありがたい。

 真凛様がそう言ってくれたら、俺もこの居心地悪い場所から抜け出せる。


「……!」


 だが、会場を出たら出たで待合ロビーはおかしな事になっていた。

 挨拶回りに行っていたはずのお嬢様とケリー、そしてヘンリエッタ嬢が、数人のアミューリアの生徒に囲まれたドレスを纏ったマリーと対峙している……?

 その様相は剣呑。

 ま、待て待て待て、どんな状況だよこれは!


「お嬢様……!?」

「ヴィニー……まあ、巫女様まで」

「どうしたんですか!? マリーちゃん!?」

「マリン様……」


 ……あれ?

 マリーが『マリン様』と呼んだだけなのに、胸が異様にムカムカした。

 なぜだ?

 つーか、アミューリアの生徒たち……学年はバラバラだし、男女問わずだがかなり敵愾心むき出しな表情だな。

 顔ぶれは辺境の貴族ばかり。

 とてもじゃないがうちのお嬢様やケリー、ヘンリエッタ嬢に喧嘩を売れる立場の者ではない。


「……実はこの者たちがマリーを会場に連れて行こうとしていたのです」

「は? いやいや、絶対ダメですよね? ……まさか、それでドレスを着ていたのか?」

「あ、いえ、これは、皆様が着せてくださって……」


 お嬢様が真凛様に説明した内容にギョッとした。

 そして、マリーはドレスを着て化粧をして着飾っている。

 俺が睨むと数人の令嬢が睨み返してくるし、マリーは俯いてなにやらオロオロした様子。

 ……いや、うん、どうなっているんだ?


「皆様、やはりあたくしは使用人ですので……」

「まあ、殿下もきっと貴女にお会いしたいはずよ」

「そうよそうよ。ねえ、ローナ様? 彼女をレオハール様に会わせて差し上げてもよろしいでしょう?」

「なりませんわ。そういう約束なのです。……もし、それ以上仰るのでしたら今度こそマリーには我が領内に帰ってもらう事になります」

「「…………」」


 顔を見合わせる令嬢、令息たち。

 その表情には不満がありありと現れていた。

 対するマリーは困り果てた顔。

 なんなんだ、一体。

 ユリフィエ様といい、今のこいつらといい、アミューリアの生徒は、どうしてしまったんだ?


「マリーちゃん……」

「ふん、仕方ありませんわね。参りましょう皆様」

「ああ、次期王妃様がそう仰るのなら我々には逆らいようもないからな」

「……」


 などと口々に言いながら去っていく。

 しかし、明確な悪意、敵意は向けられたまま。

 ケリーの笑顔は邪悪なそれなので、報復は免れないだろうけど……だが……。


「ふう……」

「お疲れ様です、ローナ様。……しかし、一体彼らはどうしたのでしょうか」

「ええ。ただのメイドにあそこまで肩入れするなんて……」

「それも『元』マリアンヌ姫に」

「ケリー」

「失礼」


 相変わらず一言多いケリー。

 だが、実際お嬢様も同じ事を考えているはず。

 ドレスを着せ、化粧を施し……『王誕祭』の日に城のパーティーに参加させようとするなんて……異常だ。


「お嬢様、実は会場でもおかしな事が」

「? 何かあったの?」

「あ、そうなんです。あの、ヴィンセントさんを『息子のオズワルド』って言う女の人が入ってきて……」

「「「!?」」」


 驚いた表情の三人。

 どうやら、あの騒ぎの前に会場に入ろうとしたマリーたちを見付けたらしい。

 顔を見合わせ、静まり返る。

 そして奇妙なのは、その時にユリフィエ様を騎士たちから庇っていたのもまた、アミューリアの生徒だった事。

 それを告げるとますます困惑した表情になる。

 まあ、ですよね。


「……ヴィニー、貴方は今日このまま帰りなさい」

「え、し、しかし……」

「帰り際にユリフィエ様と遭遇したら面倒でしょう? ……今後の事は……わたくしがルティナ様と相談してきます。でも恐らくは……」

「…………」


 お嬢様はそれ以上言わなかった。

 ユリフィエ様が『精神を病んでおられる』という話は貴族中の常識としてすでに認識されているからだ。

 まして今回の件は『女神のお告げ』とか言っていた。

 ……それが真実であろうとも、誰も彼女の正気と、この真実を信じない。

 悲しい事だが、俺自身もそれを認めるわけにはいかない。


「分かりました。お先に失礼致します」

「あの、わたしも帰っていいでしょうか? ……マリーちゃんに事情を聞いておきたいんです」

「分かりましたわ。他の方にはお伝えしておきます。よろしくお願いします、巫女様。……それと」

「はい」

「……さすがに限界です。マリーはルコルレに戻します。……新しいメイドは早急に手配するように致しますが、その間のご不便はご容赦くださいませ、巫女様」

「! ……、……それは……」


 賢明な判断……遅すぎるくらいだが……。

 真凛様を見ると悲しげで、しかしお嬢様から目を背ける事もなく見据えておられる。


「それは、マリーちゃんの身を守る為でも、あるんですよね?」

「そうですね。……最悪、陛下やルティナ様の前に現れれば、その時は……その場で取り押さえられて処刑が決まります。再三説明したはずなのですが……どうやら分かってくれないようですから……」

「…………分かりました、大丈夫です! 自分の事は自分で出来ます!」

「巫女様……」


 安堵したようなお嬢様。

 俺も、とりあえず一安心。

 マリーがいなくなると思っただけでこの脱力感とは……。

 ユリフィエ様の言う事も、貴族たちは信用する事はない。

 こ、今回の事、騒動であってイベントとは呼べないだろう。

 だから……大丈夫、なはずだ。


「ヴィニー、顔色が悪い。大丈夫か」

「……あ、ああ、ちょっと……な」

「早く休んだ方が良いわ。……そ、それにしても、これってまさか『あの方ルート』の代わりのイベントなのかしら?」

「その話は明日しよう。……いいな、ヴィニー」

「あ、ああ……」


 明日か。

 本来なら夏季休みで実家に帰省する予定だが……お嬢様の様子を見るにマリーを一緒に連れて帰るつもりだろう。

 となれば、明日一日は帰りの準備をさせるはず、か。


「分かった」


 ちょうどいい。

 二人に真凛様に協力してもらう事になったと話そう。


「うっ」

「だ、大丈夫ですか、ヴィンセントさん!?」

「す、すみません、ちょっと胃痛が……」

「だろうなぁ」


 ふおおおおおぉぉ……!

 キリキリするううぅ!



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