波乱の『王誕祭』【前編】



 ほぉら、やっぱりね。

 と、俺が玉座横に立たされたマーシャをニコニコしながら眺めるバルニール陛下を半笑いで眺める。

 その右隣に座るルティナ妃の表情は扇子で分かりかねるが、目は呆れ果てているので……まあ、多分引いてるっぽい。

 だが俺としては、レオが今年からきちんと王の左隣に席を用意され、そちらに座っている方がなんとなく嬉しい。

 きちんと次期王として扱われている……。

 それが非常に……涙ちょちょぎれそう。


「ヴィニー」

「はい! お嬢様!」

「レオハール様はしばらく動けないようなので、わたくし、ケリーと一緒に挨拶回りに行ってくるわ。貴方はパーティーに不慣れな巫女様のお側にいて差し上げて」

「え……、あ、はい、分かりました」


 えぇ〜、お嬢様と一緒に行きたいなぁ。

 と、顔に出ていたのだろう、ケリーににっこり微笑まれる。

 訳「その無駄にでかい図体を役立てろ」……かな。

 くっ……確かに真凛様の方を見ると側にはエディンしかいない。

 何か話しているようだが、真凛様とエディンの野郎を二人きりにするのは危険な香りしかしないな!

 こんな時こそクレイ!

 お前、真凛様に従者最後の一枠に入れてもらえるよう直談判するチャンスだろうに! ……と思ったけど……クレイはクレイで亜人の長としてめちゃくちゃ忙しく挨拶周りしてるんだよな。

 横にスティーブン様とライナス様がいるから、あいつは多分大丈夫だと思うが……無表情の中に泣きそうになっている気配を感じる。

『王誕祭』は普段来ない、少し遠出してくる貴族も多い。

 この機会にしか会えない有力貴族も中にはいるだろうから、挨拶しておくのは必要……なのだろうなぁ。

 ま、まあ、頑張れ。

 ふむ、つまり……人の多いところが苦手で、かつ体調芳しくないアルトは休み。

 ラスティは陛下に挨拶だけしてハミュエラに連れ回されている。

 ルークはルティナ妃の前に出るのがアレという事で、使用人控え室にて待機。

 ……お嬢様がああ仰るわけだな。

 エディンと真凛様だけだとマーシャの目線プラス数多のご令嬢のチラ見がもはやチラ見のレベルではない。

 これは早急にお救いしなければ後々面倒くさい事になりそう。


「何やら楽しそうですね」

「あ、ヴィンセントさん」

「なんだ、ようやく交代か」

「……」


 つい睨み付ける。

 なんだ、今更感のあるその態度。

 あと距離が近い。


「あ、あの、今エディン様に挨拶をした方がいい貴族の方々を教えて頂いて……」

「……ああ、そういう……」

「? ヴィンセントさん、なんで怒ってるんですか?」

「ああ、別にそれがソイツの普通だ、巫女殿。俺の前だとそれ以外の面が少ない。では、俺はもう少し別の角度からパーティーを楽しむ予定なので失礼しますよ」

「は、はあ……ありがとうございました……?」


 暗に『情報収集』してくるってさ。

 全く、背中すらキザとは爆発しろ。


「ではご挨拶回りに行かれるのですか?」

「……した方がいいんですかね……」

「そうですね、まあ……しないよりはした方がよろしいかとは思いますが」

「ですよね……」


 はあ、と重い溜息。

 真凛様はまだまだパーティーが不慣れな様子。

 そのがっくりうなだれた姿は年相応で可愛らしい。

 ふっ、と勝手に笑みがこぼれた。

 それでもまあ、リース家別宅で行われた練習のパーティーの時より格段に淑女らしく振る舞えるようになっている。

 日々、きちんと努力されているのだろう。

 一応、マーシャもここから見る限りきちんと振舞えているから頑張りはしているんだろうな、あいつも。

 喋らなければボロが出ない程度だろうけど。


「俺がお側におりますから」

「……は、はい……頑張りますっ」


 手を差し出して、壁から移動をする。

 エディンの助言から、まずはノース区のオルコット侯爵辺りに真凛様を引き合わせた方が良いらしい。

 腹が立つが、上げられた名前は確かに『王誕祭』の時にしかお目に掛かれない方が多いな。

 話してる間にわらわら寄ってくるだろうから、俺が牽制して……。


「?」

「どうしたんですか?」

「入り口の方が騒がしいですね。なんでしょうか」

「……あれ、本当ですね?」

「…………」

「ヴィンセントさん、顔色が悪いですよ?」

「いやぁ、うん、まあ、そうですねぇ、まあ……嫌な予感しかしませんからねぇ……」

「……あ……これも何かのイベントって事ですか?」


 察して頂けて何よりですよさすが戦巫女ヒロイン……。

 ……『王誕祭』にイベントのあるキャラなんて現時点でオズワルドだけじゃん?

 嫌な予感しかしねーよな?

 つーか、『オズワルドルート』の『王誕祭』イベントで起こるのは『実父にシカトされて落ち込むオズワルド』ってヤツだろう?

 俺、陛下にシカトされたところで心はまっっっったく痛まないぞ?

 むしろ構われても困る。

 困るっつーか気持ち悪い。

 無視、万歳。

 こちらこそそういうスタンスでよろしくお願い申し上げます。

 それとも、他のヒロインの他のキャラのルートか何かだろうか?

 と、見回すがメグは「尊すぎて死ぬから無理」という分かりみの深い理由から、メイドとして使用人控え室にてルークと待機。

 マーシャ……はエディンと婚約済みなので、多分違う?

 ヘンリエッタ嬢を探して情報提供を、と思ったが、それよりも前に事態のヤバさを理解する。


「オズワルド! オズワルドはどこかしら! わたくしのオズワルド!」

「っ——!」


 ああ、うん、まあ、血の気が引くよな。

 そりゃあもう、未だかつてない程に頭から……いや、全身から血の気が引く音を聞いた気がする。

 会場の出入り口から艶やかな深紅のロングドレスを纏った女性が入ってきた。

 城の使用人とメイドが慌てて彼女を引き止めようとするが、何人かのアミューリアの生徒がそれを阻む。


「……っ」


 その光景の異様さ。

 会場を見回すその女性。

 真っ直ぐに会場の中央まで歩いて来て、絶句する貴族の顔、一人一人確認するようにぐるりと一回転する。

 バルニール陛下が驚きの形相で立ち上がり、ルティナ妃が目を見開く。

 鎧の音を立て、駆け寄ってくるのはディリエアス公爵とエディンだ。


「ユリフィエ様!」


 ああ、なぜだ。

 なぜあの人がここにいる?

 どうやってここに来た?

 いやいや、いやいやいやいや。

 意味が分からない!

 なぜ!


「……! ああ、オズワルド! ようやく見付けたわ!」

「!」


 目を背けて、こそっと他の貴族の集団に隠れるようにしていたのに!

 ユリフィエ様は満面の笑みを浮かべ、俺を真っ直ぐ見据えて、あまつさえ、一直線に歩み寄ってくる。

 厄介な事に関わりたくない貴族の壁はあっさり左右に割れ、ユリフィエ様と俺を隔てるのは真凛様のみ!

 嘘だろ、どういう事だよこれは!

 ありえない!

 なぜ彼女は『俺』を『オズワルド』などと認識している!?


「伯母上!」

「まあ、エディン……そんなに怖い顔をしてどうしたの?」

「お、お姉様、お待ちになって! い、一体なぜ、ど、どうやってここに!?」

「!」


 駆け付けたのはさっき去っていったエディン。

 まだ側にいた、というより入り口付近に移動中だったらしい。

 そして反対側からはエディンの母で、ユリフィエ様の妹、オリヴィエ様。

 身内の足止めで、ディリエアス公爵が駆け付ける時間が稼がれたわけだが……。


「ユリフィエ義姉様、いけません! 本日は陛下の誕生祭でございます。まして会場の中でそのように大声を出されるなど淑女として……」

「まあ、そうでしたの? 本日は陛下のお誕生日だったのね? そうでしたの、すっかり忘れておりましたわ」


 そう言ってユリフィエ様は玉座の方へと向き直り、その場でお辞儀をした。

 笑みを浮かべて。

 ……美しいが、恐ろしい光景だった。


「お誕生日おめでとうございます、陛下」

「……ユリフィエ、なんのつもりだ……」

「息子を迎えに参りましたの。すぐ帰りますわ。……さあ、帰りましょうオズワルド」

「……っ」


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