その手を繋ぐ【中編】
今回の試食会実現は亜人たちの協力が大きいからな。
そこんとこしっかり、国民に周知していくのが目的だろう。
という事は、側にニコライがいそうだな。
ニコライ、あいつ真凛様の側に顔を出さない気なのだろうか?
……という事は、ニコライのルートに真凛様は入ってない……。
まあな!
あいつのルートはなんだかんだで『血を吸われる』らしいのでぜっっっんぜっっっん! 入ってもらわなくて結構なんだけど!
「という事は皆、予定なりなんなりがあったんですか」
「そうですね……」
……沈黙。
なんだろう、絶妙な空気感。
町の中を歩きながら、呑んだくれて寝る『斑点熱』のおっさんに気付いた真凛様が治癒を掛ける。
すると、おっさんの体の斑点は消えていく。
お嬢様に真凛様を休ませるように言われているので、少し低い声を掛けてお引止めするが……もうおっさんは健康体で腹を掻いて寝ている。
まったく。
「うふふ」
「ふふっ」
おっさんの寝姿につい、笑い合う。
だって、なぁ?
樽の上で腹を掻いて寝てるんだ。
みっともないったらない。
その上、起きたら熱は下がって斑点も消えている。
驚く事だろう。
それを想像したら……。
「出店ってどんなものがあるんでしょうか」
「そうですね、毎年『王誕祭』では食べ物や雑貨、装飾品……様々なお店が出ますね。ああ、王都名物といえば赤レンガ焼きでしょうか。長方形の五センチ台のステーキが五枚ほど重なって、紐で縛られ、更に焼かれたレンガ並みの分厚さを誇るステーキ肉です。味付けは塩胡椒のみとシンプル。主に牛と豚の赤みの部分が使用されております。貴族には牛オンリーが好まれますが、庶民は豚オンリーも人気です」
「ワ、ワイルドですね……!」
「ワイルドですよ〜。……まあ、正直そこまでのものが売ってたら、予防食の試食会祭りとしていかがなものかと思いますけれど」
「お、そこのカップルさん! 王都名物赤レンガ焼きはいかがだい!? 王都に来たらまずはこれだよ!」
「「………………」」
マジでこの町の人間は商魂逞しすぎではなかろうか。
っていうか、アホだろ、もう。
「カ、カップル、って……あの、ち、違いますから!」
「おんやぁ、じゃあこれからかい? ほれ、兄さん、それなら尚更肉で精力付けとけよ!」
「ぶっ殺すぞ」
「「!?」」
おっと、つい口から本音が。
いや、けど真凛様に対して失礼がすぎるだろう?
この方をどなたと心得る。
天下無敵のアイドルグループ『CROWN』のリーダー、空風マオト様の妹御であらせられるぞ!
……あと、戦巫女様!
「ああ、失礼。真凛様、食べてみますか?」
「え、えーと……そ、それじゃあ一番小さいサイズの、牛と豚の……」
「ま、まいど!」
まあ、昼飯もまだだしちょうどいいか。
広場の方、盛り上がってるから今はやめておくとして……いや、それにしても、この町の奴らは本当に図太い。
『試食祭(仮)』は、確かに祭のように出来れば良いな、とは思ってた。
スティーブン様が毎年この時期に開催出来るようになれば民のストレス解消にもなるし、亜人たちも予防食の材料としての野菜生産に国費から支援が出せる。
そうなれば亜人たちの活躍の場が広がるというものだ。
祭は経済効果もあるので、祭好きな『ウェンディール』の人たちはお金を使う。
特に今月は『王誕祭』もあるから、ほぼ二週間近く騒ぎまくれる。
その経済効果は、俺が考えている以上だろう。
「……どうぞ。熱いからお気を付けて」
「ありがとうございます」
出店の近くに設置してあるベンチに座って、串を持ってかぶり付く。
うん、美味い。
……なんというか、この町の奴らの不安のようなものも、感じなくもない。
騒ぎ、笑って……『斑点熱』の恐怖を吹き飛ばそうとしている。
それは、伝わってくるけど……。
「…………」
「? なにか?」
「あ、いや、意外と豪快にかぶり付くんですね?」
「え? これそういう料理ですよね?」
「あ、そうですね。いや、あの……ヴィンセントさんは普段上品なイメージがあったので……」
「え? そうですか? ……まあ、貴族の皆様と一緒にいる時は粗相のないよう気を付けておりますが……」
俺そんなにお上品なイメージがあったの?
マーシャには「義兄さん凶暴!」とかエディンには「暴言執事」とか言われるけど。
いや、これらは奴らの自業自得であると強めに主張させて頂く。
「あのぅ、ヴィンセントさんの……前世のお話とか聞いても大丈夫ですか?」
「ええ、もちろん。なんなりと」
「お兄ちゃんたちのグループが『CROWN』になったのを知ってるって事は……2XXX年くらいにはまだ、その生きていたんですか?」
「ええ、そうですね……。事故は2XXX年の七月、だったかな」
時間の答え合わせ?
ああ、でもしておいた方が良いか。
とはいえ……マジで『その飛行機に乗るな』と言われたら俺は助かってたのだろうか?
むしろ、元の世界に帰った真凛様に行方不明になってる妹の事を探してもらえた方が……いや、なんで真凛様にそんな事を頼む?
背負わせてはいけないだろう、そんなの。
もし、万が一死んでいたら……本当に余計なものを背負わせてしまう。
「わたし、その事故知りません。……多分、わたしにとっては未来の話、なんだと思います。2XXX年なら……来年ですから」
「え、そう、なんですか? ……あ、じゃあ……いえ、やめておきます」
「え、なんですか! 途中でやめられたら気になります」
「んー、いや、本当に大丈夫です。もう、俺にとっては昔の事なので」
色々……色々と、あるにはある。
妹が行方不明になるのを止められないだろうか?
行方不明になった妹を探してはもらえないだろうか?
両親に俺はあの世で上手くやってる……なんてこれはさすがに真凛様に言わせるわけにはいかないだろうから……まあ、元気にやってる。
特に前世の母に、あまり気落ちしないで欲しい。
そう言ってもらえたらと、思うけれど……。
これは俺の前世の話。
過去の話。
……前世の想いを未来に、次の『転生した自分』に背負わせる事は——……それは、呪いだ。
一言、先に死んでしまった事は謝りたいし、みすずに関しても本当なら探してやりたいが……この無念を『次』まで引きずれば確実に『鈴流木ライレン』という男の二の舞になるだろう。
王家の血筋に生まれた事で、『記憶継承』の発現が強く出過ぎて『水守鈴城』の人格の方が強く出現した……とするのならば……俺は……『ヴィンセント・セレナード』を早々に食い殺し、塗り潰してしまったのかもしれない。
そんな俺が遙か過去の存在であるはずの『鈴流木ライレン』に侵食された、あの瞬間。
報い、なのだろう。
ヴィンセント・セレナード。
お前ならば、鈴流木ライレンの呪いに打ち勝てたのだろうか?
無理だ。
ああ、答えは無理だ。
俺如きに塗り潰されたお前では、絶対にこの呪いは抑えられない。
じゃあ、俺は?
あのどす黒い衝動を、飲み干せるのか?
微妙だな。
「ヴィンセントさ、鈴城さん?」
「うっ。不意打ちはやめてください」
「え、すみません? なんだかぼーっとしていたから……。あの、気になる事があるなら、やっぱり帰った時に、わたしが!」
「いえ……」
前世。
前世ね……こんな形で、俺は、俺の前世は、俺を追い掛けてくるのか。
『記憶継承』、便利だが、やはり考え物だな。
「とりあえず、悔恨は残すべきではないようなので……」
「どういう事、ですか?」
「…………。お嬢様たちには、黙っていて頂けます、か?」
「はい?」
なぜ話そうと思ったのか。
……まあ、多分理由は簡単だ。
クレースが、戦巫女だった。
そして、五百年前の『俺』はクレースの従者だった。
五百年後にまた、こうして戦巫女の従者候補になったのだから、多分……誘われている。
五百年前の『俺』……鈴流木ライレンという剣士に。
「…………『記憶継承』の弊害……そんなものが……」
「ある意味スティーブン様も同じだと思いますよ」
「あ! ……前世の記憶のせいで、人格が変わる、みたいなやつですね」
「俺もその典型例なのでしょう。ただ、影響が出ているのは一つ前の前世だけでなく、五百年前の悔恨……鈴流木ライレンという異界の剣士のものも含まれている。……俺は……奴がやり残した事を、やらされるんでしょうか」
「やり残した事?」
主人を、守れなかった。
だから今度は、守りたいと。
なんとなくそれ以外にもありそうな気はするけど、ハッキリしたのはその辺り、かね?
お嬢様を、守りたい。
いや、守る。
お救いする…………破滅エンドから、救済を………………。
「…………真凛様ってゲームとかします?」
「え? い、いえ、うちゲーム禁止で……」
「あ、厳しいお家なんですね?」
「は、はい。あ、でもお兄ちゃんがゲームの声優さんをしたよってゲームを本体ごとプレゼントしてくれたんです。なんか乙女ゲームの新作って言われて……」
「え……マオト様が乙女ゲームの声優?」
「……。『CROWN』メンバー全員でやったとか……」
「それって『覚醒楽園エルドラ』ですか?」
「え? あれ? 知ってるんですか?」
ヘンリエッタ嬢っつーかあれは佐藤さんだな。
佐藤さんが発売延期を経てようやく発売したら『CROWN』メンバー全員が攻略キャラのCVやってて、あれをクリアするまで死ねないってよく分かんない事宣言してた。
正直言ってる事は分からないけど言いたい事はとてもよく分かる。
そ! れ! か!
『フィリシティ・カラー』の続編と言われるゲーム!
それに『CROWN』全員!
つまりリント様も!
くぁぁぁああぁ! 俺もやりたかったそのゲーム!
乙女ゲームだろうとリント様が喋る声を毎日聞けるのなら何度でもそのキャラを周回し尽くしたかった!
「こほん! ではなく……」
「(多分リントさんの声のキャラ攻略したかったとかそんなだろうなぁ……)……はい」
「……それなら話は早いです。実は真凛様、この世界『ティターニア』は、その前作『フィリシティ・カラー』の舞台なんですよ」
「…………。……ん? はい?」
「つまりですね、ここは乙女ゲームの世界。……あなたはヒロイン。そして俺はその攻略対象。うちのお嬢様は悪役令嬢なんです」
「…………。…………。…………そんな事あります?」
あります。
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