巫女殿に知られてしまった……。


「え! マーシャの誕生日パーティーを城でやる!? 誰がそんな事を……」

「ルティナ妃。陛下がテンション低いままで仕事にならないから、例年通りお城で『マリアンヌの誕生日パーティー』を行うんだって」


 ……四月も半ばのある日。

 場所は学園ダンスホール側の屋根付きテラス。

 ここはあまり人が来ないので、情報交換の場所やまあ、逢い引きとかに使われる。

 まあ、それはそれとして……なんという事でしょう。

 色々とトラウマものだった『マリアンヌ姫様のお誕生日パーティー』は、一年のお休みを経て復活するようである。

 やんなくても良くない?

 うちのお嬢様が、別荘のお屋敷のダンスホールで身内だけのこじんまりとしたものでもう少し練習させたいって言ってたし!

 俺もその方が良いと思うし!

 お城で大勢の貴族に囲まれて、お祝いを言われるなんて今のマーシャのレベルでは耐えられない!

 絶対にボロが出る! 無理!

 と、俺は主張するのだが、提案しているお方がルティナ妃であると…………なんか怖いから苦手なんだよなァ、あの人……。

 んん……だがなぁ……。


「ヴィニーはやっぱり反対かい? ローナも渋い顔してたんだよね」


 おお、レオがお嬢様の無表情の質を読み取れるように……。


「そりゃあ……マーシャがどんな粗相をするかと思うとな」

「陛下は気持ち悪いくらいテンション上がると思う」

「だろうな」


 それが容易く想像出来るのがまた嫌なんだよなー。


「あと、ルティナ妃としては巫女を貴族たちにもっと認知させたいらしい」

「? それはどういう意図だ?」

「戦争が近い事を自覚させたい。巫女が帰れるようになるまでどれぐらいかかるか分からないから、周知させたい。あと、最大の理由は多分魔法だね。巫女の存在で人間族にも魔法が使える事が立証された。その辺り、学園にいない貴族は意識が希薄なんだ。今後研究が進めば魔法は色々なところに取り込んでいける。リエラフィース家は商人の家系でもあるから、まあそういうところは魔法に目を付けて便利な感じになんとか魔法を広めていってくれるかも、的なね」

「んん? でも使い方によっては危ないよな?」

「うん。だから、その辺りの事もアンドレイやディリエアス公爵と協議して取り決め……新法だよね。を、作っていく準備を始めなければいけないだろう。ただやはり分からない事も多いし、陛下やアンドレイにもう少し魔法に関して理解を深めて欲しい……っていうのが大きいかな?」

「……んー、そう、か」


 それなら少し分かる。

 まあ、社交パーティーなんざマジで裏に色々渦巻いてるもんだからな。

 巫女殿がエグい貴族の……いや、狼の群れに放り込まれるのは、ちょっと面白くないというか……。

 しかも、マーシャの誕生日パーティーをダシに使われて。

 あれ、ムッチャ腹ァ立つな?


「まあ、魔法に関しては僕も賛成なんだよね。法は必ず必要になるだろう」

「んん、そう、だな?」


 まあ、それはそうか。

 確かにこの国の法律を作るのは王と貴族。

 巫女殿への理解というか、魔法に関して興味を持ってもらうのは必要だろう。

 戦争に関してもいつまでも無関心、我関せずってのは困る。


「さて、そろそろ教室に戻るか」

「そうだね、休み時間も終わるし……おや?」

「?」


 ダンスホールと校舎の間。

 植木が定間隔で並んでいる程度なのだが、その間に見覚えがある赤茶系の髪の女生徒。

 巫女殿じゃないか。

 んで、それを取り囲むのは……五人のご令嬢。


「え、まさか?」

「まさかね?」


 まさかだろ?

 レオと一緒に手摺から下を覗き見る。

 おお、派手に声が響くな。

 石造りのダンスホールと校舎に挟まれた、狭い場所だから反響するんだろう。

 ではなく。


「あ、あの……わたしそんなつもりは、本当に……」

「お黙りなさい! 戦巫女だかなんだか知らないけど、しょせん平民でしょう!? 毎日毎日放課後にレオハール様やエディン様……ええ、他にも婚約者のおられる殿方とばかりどこへ行ってらっしゃるのかしら?」

「非常識だと思いませんの!?」

「これだから平民は!」

「恥を知りなさい!」

「……………………」


 俯く巫女殿。

 うわあ……あれが女子の『呼び出し』というやつか。

 あんなの昭和の漫画の中だけかと思った。

 実在するもんなんだなぁ?


「ヴィニー、名前分かる?」

「ほぼ真上なので顔が見えないんだよな〜」

「なるほど、では仕方ないね」

「だな」


 俺は右、レオは左に少し進む。

 で、手摺に手をかける。

 ほいっと飛び降りる。

 二階程度なら——。


「え!?」

「!?」


 飛び降りても問題ない。

『記憶継承』様々だな。

 さて、俺とレオに挟まれた形のご令嬢たちと巫女殿。

 ふむふむ、驚いてはいるが顔は……なるほど、全員二年生の生徒だな。


「サウス地方のエレーナ・カホリッド子爵令嬢とリエット・スティマ子爵令嬢、ウエスト地方カリアナ・ファボッド伯爵令嬢とノース地方のミリナ・ゴールドマン伯爵令嬢、そしてノース区のマリアン・キコッタ伯爵令嬢ですね」

「!?」

「え、あ……」

「レ、レ、レオハール殿下に、ヴィンセント様……!? え? 上から……!?」


 去年オークランド家云々で散々在学中の生徒の顔と名前を調べたからな。

 お生憎だが全員の顔と名前は覚えている。

 レオも優秀なので俺が出した名前を一発で覚えた事だろう。

 大変にこやかな表情で、やや頭を傾けて「おっけー」と頷いてくれた。

 まあ、なので令嬢たちは青褪めるよなー、知らんけど。


「巫女は国賓だよ? 随分失礼な事を言っていたね? 誰の権限でそんな事を言えたのか教えてもらっていいかな?」

「「ヒッ!」」

「レオハール殿下、こちらの皆様は地方の方が多いようですから『マリアンヌ姫のお誕生日パーティー』にご足労頂くのはきっと大変でしょう。彼女たちのご招待は、今回は見送られてはいかがでしょう?」

「「え!」」

「そうだね、そうしようか。陛下の誕生日も大変そうだから来なくていいよ。わざわざ予定を調整するのも大変だろう?」

「え、あ、お、お待ちください……ち、ちが、違いますの! わ、わたくしたちはただ……!」

「残念だな。親御さんたちは良い人が多いのだけれど……親の目が届かなくて気が大きくなったのかい? ……『王誕祭』は手紙で祝いの言葉を陛下に贈るだけにしてくれる?」

「……………………」


 ぽかん、とする巫女殿。

 ああ、多分意味がよく分からないんだろうな。

『王誕祭』は陛下のお誕生日。

 その日に、会場まで来て陛下に直接御目通りして祝福の言葉を贈る事が出来ないというのは、来年の『忠誠の儀』に大変に響く。

 対して権力がない家ならば、下手をすれば没落のレベルでヤバいのだ。

 見たところ子爵令嬢が多いので、最悪三年生になる頃には『使用人クラス』の方になっているかもしれないな。

 まあ、人間族の存亡の鍵である巫女殿を囲い込んで文句を言う……国賓に対する不敬は、ある意味王家に対する不敬よりも重い。

 王族は何人かいるけど、巫女殿は一人しかいないんだから。

 まあ、この国別に不敬罪はないんだけど。


「あ、あの、ちが……お、お願い致しますレオハール様! 話を……話を聞いてください!」

「いいよ。聞こう」

「あ、ありがとうございます……、……あ、あの、この娘が……」

「うん? この娘?」

「あ、いえ、こちらの方が……その、毎日放課後に……殿下や他の、婚約者のいらっしゃる方々とどこかへ行かれるので……それで……」


 代表として話しているのはノース区のマリアン・キコッタ伯爵令嬢。

 まあ、この中では一番身分が高いかな。

 他の伯爵令嬢は地方の令嬢だから。

 彼女だけセントラルノース区の令嬢なのだ。

 まあ、ならば尚の事巫女殿の事は知っていなければダメだろう。

 他の令嬢と一緒になって怒鳴り付けた時点でアウトだよ。

 ノース区の伯爵家はオルコット侯爵の補佐で領地の管理を任されている家が多い。

 キコッタ伯爵家もその一つ。

 だが、あの近隣には騎士団で名を挙げたレイオンス男爵家があるから……には困らないな。


「いや、むしろ……はあ、知らないのかい? ええ、驚いたな……貴族たる者……まして伯爵家の者なら耳に入れておかねばならない事だろうに」

「え、え?」

「彼女は来年の戦争の為に我が国に協力して欲しい、とこちらが招いた二人といない守護女神の選びし乙女。僕らに魔法の力を与えてくれるんだ。彼女に協力してもらい、戦争に行く可能性の高いメンバーを強化しているんだよ?」

「……っえ……」


 うわ、すごい喉引きつったな?

 あんなにあからさまに引きつらせた人初めて見たかも。


「彼女がいなければ人間族は勝てないだろう。……この国が戦後どうなるのかも……ね」

「……………………」


 絶句かよ。

 本当に知らなかったの?

 え、マジで? ヤバくない?

 ……ルティナ妃が多くの貴族の集まるところに巫女殿を招きたい理由が……否応なく理解出来たな。

 これは、ダメだ。


「あ、あの、レオハール様! わたし、平気ですから!」

「うん、そういう問題ではないかな」

「は、はう!?」


 取りつく島なしって事はレオは激おこだな〜。

 あ〜あ、令嬢たちの顔ときたら……あ〜あ。

 それにしても、巫女殿……あんな風に詰られても相手を庇うなんて……。

 誰か思い出すな。

 誰だっけ?

 …………ああ、去年の、マーシャか。


「ヴィニー、巫女を教室まで送ってあげて。僕は先に教室に戻るから」

「はい」


 レオの背後に『処分検討決定』の文字が見える。

 ははは、ルティナ妃が一月に色々手を回してオークランド家に近い家は根こそぎ排斥されたと聞いたが……そこで生き残ってもこんな事になるんだから日々の情報収集は怠ってはいけないな〜?

 お疲れ様でした。

 の、意味で頭を下げて、巫女殿をエスコートする。


「あ、あぁあの、あの人たち……」

「大丈夫ですよ、さすがにお取り潰しにはなりません」

「お取り潰し……ってなんですか?」

「家がなくなる事ですね」

「ええ!?」

「だからそれはさすがにありませんよ?」

「あ、よ、良かったです」


 それに近い事にはなるかもしれないけど、すぐにはならないよ。

 引き継ぎとか手続きがあるから来年どうなるか、だろうなー。


「で、まさかとは思いますがああいうのは何度かあったりします?」

「いえ! 今日が初めてです! ……クラスでも、その、ハミュエラくんやケリーさんやルークくんが良く話しかけてくれるから……女の子たちにはあんまり、好かれてはいなさそうだったんですけど……」


 しょんぼりする巫女殿。

 ……うんまあ、その様子がありあり浮かぶなぁ。


「あ、でも寮に帰ればローナ様やヘンリエッタ様や、マーシャちゃんやメグちゃん、あとマリーちゃんが仲良くしてくれるんです!」

「そうですか」


 そうか、クラスでは浮き気味になっちゃってるけど、お嬢様たちとはちゃんと交流してるんだな。

 寂しそうでなくて良かった。

 お嬢様が巫女殿と関係良好そうで良かった。

 これなら破滅フラグは…………いや、待て……お嬢様には、新たに『友情ルート』が追加されているとヘンリエッタ嬢が言っていなかったか?

 ああ、ヒロインとお嬢様の友情ルート!

 友情ルートなのにお嬢様はお顔に消えない傷を受け、ご令嬢としての破滅を迎える——!


「っ…………」

「? ヴィンセントさん?」

「い、いえ、な、仲良くされているのでしたらとても良い事だと……」

「はい! 今度の日曜日は女子寮でお茶会を開いてくださるそうです! わたし、貴族のお茶会のマナーとかよく分からないですって言ったらローナ様が開いてくださる事になって……。そこで勉強してきます!」


 ンンンン〜〜〜〜〜〜!

 何その素敵イベント俺もご奉仕に駆け付けたいぃぃぃぃぃ!


「…………女子寮で」

「はい! 女子寮で…………あ、はい……女子寮で…………」


 巫女殿に察せられてしまった!

 二回言われた!

 女子寮! 男子禁制! 俺、立ち入り不可!

 ぐああああああああぁぁぁ!


「お、お嬢様への奉仕時間が足りない!」

「うわ……」

「お嬢様にご奉仕がしたい! お嬢様のお弁当だけでなく! 朝昼晩お側でお茶をお淹れして差し上げたいしお部屋をお掃除して、花壇のお世話をするお嬢様の道具を揃え、新しいドレスや靴や装飾品などを揃えて差し上げたいぃ!」

「落ち着、落ち着いてくださいヴィンセントさん!」

「お嬢様に! ご奉仕するご褒美があってもいいと思いませんか!?」

「は、はい!」


 なんか! これ去年も言ってた気がする!

 ああぁ! 自覚したら一気に禁断症状がぁぁ!



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